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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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46 トイロソーヴ

「で、で、できた!これを、そうだ、トイロソーヴと、名付けよう!」

フシミは二頭身のアバターを前にして歓喜の声を上げた。研究員の一人が最初の人体実験に参加してくれた。研究員はたった今得たばかりの自分のバランスボールのように大きな頭に、まだバランスが取れずによたよたしている。

「気分はどう?」

一日は研究員に尋ねる。一日は27歳になっていた。

「悪くないですね」

研究員はいくらか高い声で言った。大きな目がきょときょとと動いている。

「少しバランスを取るのが難しいですが、そのうち慣れる程度だと思います」

「さあ、これでどんどん、日本人たちを、トイロソーヴ、に、していこう!さあ、次は、誰かな?」

フシミは拳を天井に向かって突き上げて叫ぶ。

『お待ちください。実験成功は喜ばしいことではありますが、選考がまだ終わっておりません。今しばらくお待ちを』

「ああ、選考?」

カプセルは、楽園に住む最初の住民を決める選考を数年前から始めていた。楽園とは人間とその知識の保存のための保存都市であるため、できるだけ優秀な頭脳を持った人を優先的に住民にしたいとのねらいだった。箱舟に乗るための選抜が行われているのだ。カプセルの審査のもと、特に優秀だと認められた人から順番にトイロソーヴに同調させていくように言われていた。

『はい。今年中には選考は終わるでしょう』


「で、どう思う?住民の選考について」

アマハラは隣に座る一日に聞いた。カドにおけるアマハラのアバターは黒髪だが、ビルの事件の後からアマハラの髪の色が白から黒に戻ることはなかった。あの事件の後、アマハラは一時は再起不能なのではないかというほど精神を壊した。しかし、一日のサポートの成果もあってか、少しずつ感情を取り戻し、抜け殻のようだった状態から回復していった。一日にとってアマハラはもう、単なるよく話す同僚ではなく、親友、かけがえのない存在にまでなっていた。そして、それはアマハラにとっての一日の存在も同じだということに気付いていた。

一日はテレビを消す。

「カプセルの意志は固いよ。私たちが何か言ったところで選考を止めることはないと思う」

「それはわかってる。カプセルは一度決めたことは決して曲げずに最後までやる。そういう組織だってことはもう痛いほど知ってるよ。その上で、ハナシロがどう思うのかを知りたいんだ」

「賢さの定義を急いでいるのかもしれないね」

一日は少し考えてから言った。アマハラは頷いた。

「君が俺と同じ気持ちでよかった」

「別に不満だってわけじゃないよ。そういうやり方もある。私たちには何が長期的に見て正しいのか検証する力を持たないから、今はそのやり方を認めるだけ」

「わかってるよ」

ギフテッドだのなんだのと言われているが、私たち12人も、単なる大きな組織の中の歯車の一つなのだ。

「お茶淹れるけど何か飲む?」

一日はソファーから立ち上がってキッチンへ足を向ける。

「なあ、俺たち、結婚しないか」

アマハラが言った。驚くほど普通のトーンで、平然と、雑談の延長のように言う。一日は振り返る。

「私と、アマハラが?」

「それ以外に誰がいるのさ」

「冗談でしょう」

「俺が今まで冗談を言ったことがあったか?」

アマハラは極めて普段通りの態度だったが、目だけは真剣に一日のことを見ていた。

「責任を取るんだね」

一日は言った。一日はアマハラの考えていること、見ている未来がわかった。

「私たちがこれからすることへの責任を果たしたいんでしょう。楽園というものを生み出した張本人として」

アマハラは頷く。一日の前に跪いて手を取る。そして、口を開きかけて困ったように笑った。

「困ったな、そうだった。俺たち、互いの名前を知らないね」

「意外と緊張してるんだね」

一日も笑った。

「あなたの、名前を呼んでもいいですか?」

「はい」


「これで未来は変わる」

一日は一台のロボットを前にして言った。白くてつるりとした丸いボディに、瞳のような位置にオレンジ色のレンズ。

「そして過去も」

天原が言った。

「そうだといいね」

一日が言うと、天原は少し笑う。

「俺の願望だよ。俺よりも、君のほうが先の未来が見えてる。君の見ている未来が知りたいよ」

一日は居間のソファーに腰掛け、その隣をぽんぽんと叩いて天原を座らせる。

「これは私の願望。あるいは未来予想。このロボットは100年経っても999年経っても壊れないでずっとここにいて、で、来たるべき時に目覚める。そして、タイムトラベラーと話をする」

ロボットに積んだ装置は、時間移動の失敗をなかったことにするおまじないのような機能が備わっていた。上手くいくかは決して観測できないから、一日と天原にとってのおまじないだった。そのおまじないとは、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という機能だった。ロボットは今からきっかり千年後までスリープ状態に入る。そして、千年後の遠い未来の世界に、遠い未来の楽園に、これまでタイムマシンに乗って時間を移動した、奏と伊尾を強制的に到着させる。そうすれば、二人が死んだこともなかったことにできるのではないか、とそういうことだった。

「メッセージは何か言わなくていいの?」

一日は天原に聞く。天原は首を振る。

「伊尾が時間移動したのは、俺との仲が最悪だった瞬間だ。別のわけのわからない時代に飛ばされたと思った次の瞬間、嫌いなやつからのメッセージが届いたら気持ち悪いよ」

「そっか。じゃあ、私が何か言っておこうかな」

一日は腕を組んで考える。

「あまり詳しすぎても、もしうまく伊尾に届かなかった場合に困ったことになる。暗号みたいに、他人にとっては意味がないような言葉だけど、お互いならわかるみたいな、合言葉がいいな。――そうだ。『桜はすべてを解決する』。これとかいいかも」

天原は首をかしげる。

「桜はすべてを解決する?伊尾に意味がわかるのか?俺もよくわからないのに。もっと、〇〇を目指せとか、〇〇をしろ、みたいなことの方がいいんじゃないか?」

一日は意味ありげに笑った。

「いいんだよ、これで。頼んだよ、ホープ」

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