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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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44 脳のタイムスリップ

戦争が始まって2年後、天原は25歳になっていた。

「これでもう、大丈夫なはずだ。いや、絶対大丈夫」

天原はもう何度やったかわからない確認作業をもう一度始めようとする。

「アマハラ、もういいだろう。確認は十分やった。これ以上確認して決行の時間がずれれば、さらに確認しなければならない事項が増えるだけだぞ」

大きな機械の前に立つのはヨコイだった。二人はカプセルの本社のビルの研究施設で直接顔を合わせて作業をしていた。ヨコイはひょろりと背が高く、分厚い眼鏡をかけて白衣を着た、どこにでもいそうな中年のおじさん、と言った風情だった。

「わかりました。始めましょう」

天原は確認をもう一周するのは止めて言った。ヨコイはそれを聞くと浅く頷き、レバーを押した。複雑に組み合わされた機械が一斉に動き出す、うなり声のような音が鳴り始める。

二人はその部屋を出て、重厚なドアを閉め、強化ガラスが張ってある場所からその部屋と機械を眺めた。ヨコイは腕時計を見ている。

「タイムスリップまであと1分。59、58、57……」

天原は無意識のうちに祈るように指を組んでいる。

「……3、2、1、ゼロ」

青白い閃光が閃いた。衝撃波が辺りへと広がり、ビル全体が少し揺れ、二人の目の前の強化ガラスに薄くヒビが入った。

「終わったみたいだ。見に行こう」

二人がやや速足になって、機械の中心へと歩いていく。機械の森のようになったその真ん中には、穏やかな顔をして目を閉じている桜田奏が横たわっていた。

「桜田さん、聞こえますか?」

天原は桜田の顔を覗き込んで声をかける。

「そんなにすぐには起きないか。まだ、取り換えたばかりの脳が正常に動かないだけかも」

ヨコイはぶつぶつと独り言のように言いながら、デバイスにメモを取っている。

「まさか。たくさん計算したじゃないですか。時間移動の本質は『再構築』。もし成功しているのなら、今すぐ起き上がってこの状況に悲鳴なり笑いなり、なんらかのリアクションを起こすはずなんですよ」

天原は言う。少し声が震えてきている。奏は穏やかな表情のままピクリともしない。

「桜田さん!起きてください!桜田さん!」

何かおかしい。不安が急激に膨らんでくる。天原は先ほどよりも大きな声で奏に呼びかけた。

「うーん、何がいけなかったんだろう。計算は完璧だと思ったけれど、機械の方かな?」

ヨコイは独り言のように次回への改善点を呟きながらうろうろとそのあたりを歩き始める。

「いけなかったはずないですよ!成功したハズです!」

天原の声は上ずった。

「桜田さん!桜田奏さん!起きてください!お願いだから、お願いだから起きてくださいよ!」

天原は奏の両肩を掴むようにして揺さぶった。その時、奏の穏やかな顔が歪んだ。少しの振動で、今まで穏やかに形を保っていた頭蓋骨が、まるで腐った西瓜のようにぐしゃりと陥没するようにつぶれて、つぶれた、と思った瞬間、赤黒いどろどろしたものが顔中の穴から噴き出した。

「う、うあああああああ!」

天原は腰を抜かし、尻もちをつく。

奏の頭蓋骨はグズグズになり、紙風船がしぼむように液体を外に垂れ流した。天原の白衣に赤黒い液体が落ちる。

桜田奏は、――死んだ。


「久しぶりだな、伊尾」

久しぶりに見た伊尾は、ずいぶんと『普通』の人みたく生きているようだった。俺が、お前から研究を取り上げたから、お前は『普通』になってしまったのだろうか。路地には天原と伊尾の二人しかいなかった。

「僕の前からいなくなってくれ」

伊尾はすぐに天原のことがわかったようだった。尾は天原から逃げるように目を逸らした。

「謝りたいんだ」

「昔のことなら、もうどうでもいいよ」

伊尾は天原の横を通って歩いていこうとしたが、天原はそれを妨げるように地面に膝をついた。

「何?」

「ごめん。研究は失敗した。……桜田奏は死んだ」

天原は、コンクリートに頭をこすりつけて言った。これくらいの謝罪で足りるわけがない。俺は有害な人間だった。

「……何?」

「何が悪かったのかわからない。事故だったんだ。時間移動は失敗だ」

視界が揺れて、殴り飛ばされたのだとわかる。顔から血が出ているのがわかる。ゴミ箱に突っ込んだらしい。

「ごめん」

桜田を死なせてごめん。研究を奪ってごめん。カプセルの席に座っててごめん。

「……お前っ!!」

「本当にごめん」

伊尾は天原の胸倉をつかみ、殴る。その目には涙が浮かんでいる。

「お前が、お前が救えると言ったから、僕は手を引いたんだ!俺は天才だから全部俺に任せておけばいい?そんな風に思ってたんだろ?その結果がこれか!天才なら、ギフテッドなら、責任をとれよ!」

「ごめん」

自分勝手でごめん。

「くそ、……くそっ!なんでだよ!返してくれよ……」

伊尾は悲痛な哀哭を上げる。もっと、もっと殴れよ。俺を殺してもいいから。だんだん近づくパトカーの音が邪魔をしている。

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