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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
155/172

42 決裂

『……残念な報告になりますが』

天原のマネージャーは言った。

「嘘だ」

天原はパソコンの前で拳を握りしめた。この日は天原は一日中パソコンの前に座り、マネージャーから新メンバーの加入面接の結果を聞けるのを待っていた。

『本日面接を行った結果、伊尾鈴也さんはカプセルのメンバーになる適正がないとの判断のようです』

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!」

天原はディスプレーに向かって叫んだ。ディスプレーにはただマネージャーという無機質な文字だけが表示されている。

「なんでわからないんだ?あいつはすごいのに!俺の何倍も、何十倍もすごいのに!」

『そう言われましても、採用担当の判断ですのでわたくしには何とも。採用担当は最新の技術と注意を払って、ギフテッド、すなわち持つ者と、ギフテッドでない者、すなわち持たざる者を見分けています』

「なんにもわかってない!」

天原はディスプレーを殴りつける。少し液晶にヒビが入り、文字が乱れる。

「ギフテッドだからすごいことができるわけじゃない。ギフテッドだけど普通の人より全然だめな奴もいる!優秀な人材が欲しいんじゃないのかよ!あんたらの目は節穴だ」

『ノルアドレナリンが過剰です。一度、深呼吸をしてください』

天原はトラッキングスーツを着ており、そこには天原の体調を観測するセンサーも数多く取り付けられているおかげで、マネージャーには数値として天原の興奮状態が見て取れた。

「うるさい!」

天原は乱暴にスーツを脱ごうとして足がもつれて、PCデスクに額をぶつける。

「ああ!!」

天原は吠える。床に赤いしずくがパタパタと音を立てて落ちた。

「こうすればいいんだ!俺の頭なんか大したことないんだよ!おい、見えてるんだろ?!まだわかんないのかよ馬鹿!」

天原はデスクの角に自分の頭を激しく打ち付けながら叫んだ。

『落ち着いてください。自傷行為は契約違反になりかねません』

「交代させろよ!俺じゃ駄目なんだよ!」

『……仕方ありませんね』

マネージャーは叫び声を上げながら奇行に走る天原と、話が通じないと判断し、ため息交じりに言った。直後、天原の視界はぼやけ、身体が重くなったかのように動かなくなった。天原は床に崩れ落ちる。

「な、なにをした……?」

『自傷行為を止めていただいただけです。なぜそこまで伊尾鈴也に執着するのかよくわかりません。優れた研究のアイデアがあるからでしょうか?それを実現させたいのならばあなたが実現すれば良いではないですか。あなたはカプセルのメンバーなのだから』

「お、れは……」

天原の意識は遠のいていった。


目が覚めると、天原はカプセルの本社のビルらしき場所にいた。会議室のような、蛍光灯が付いていて、無数の穴の開いた天井だった。簡易ベッドというより、診察用の台のような場所に天原は横たえられていた。現在着ている服は部屋着で、赤黒い血が乾いて染みついていた。天原が自宅で倒れた後、すぐにカプセル本社のスタッフか誰かがやってきて強制的に天原を連れてこのビルに戻り、治療をしたのだろう。

天原は自分の額を触る。現代の最先端医療のおかげか、傷があったことさえ注意して探してもよくわからないほど、きれいに完治していた。

部屋の出口の前の籠にスーツとワイシャツがきれいにたたんで置いてあった。これに着替えろということなのだろう。天原は今着ている血濡れの部屋着を脱ぎ、それらに袖を通した。

『お目覚めになられたようで安心しました。どうぞご自由にお帰りください』

部屋の壁に映像が現れて、マネージャーの機械音声じみた声がした。

「今、何時だ?」

天原はワイシャツのボタンを留める手を止めないまま聞いた。

『現在、17時です。――カード、マネー類はそちらに』

天原が準備が整って部屋から出ようとするので、マネージャーがカードの位置を知らせる。

「いい。歩いて帰るから、俺の家に後で送っておいてくれ」

『かしこまりました』


天原はビルから出て街を歩いた。暦の上では夏が終わると言うのに、地球はバカみたいに蒸し暑く、冬というものを完全に忘れてイカれてしまったかのようだった。様々な有害光線を含む西日が天原を刺したが、どうでもよかった。

数分でシャツの中は汗でぐっしょりと濡れた。天原は腕をまくることもせず、ジャケットを脱ぐこともせずに、ポケットに手を突っ込んで歩いた。

いつの間にか、大学病院の近くまで来ていた。

伊尾にちゃんとした研究の環境がありさえすれば、伊尾は伊尾の力だけで桜田を助けることができたろうに、と考えると、自分の情けなさが耐え難かった。無能が地位を得て、有能を殺す。有能が救うはずだった多くをも殺す。

天原は公園に入る。もはや、公園などという危険な場所に遊びに来るような子供などいない。熱中症や、大気汚染による肺への悪影響、日光からの有害光線、汚い土壌は、東京のみならず、世界中をあまねく侵していた。いつからか、公園というものは自暴自棄になった大人の居場所でしかなくなっていた。天原は何年も誰にも触られていなかったであろうブランコに腰掛けた。ブランコはギシッと音を立てたが、それ以上は何も言わず、公園の静寂を守り続けた。

カプセルは本気でギフテッドだけを集めた頭脳集団を作り、ムーンショット計画を進めるつもりであり、その中に一人たりともギフテッドではない者を入れるつもりがないようだということは今回の件で認めざるを得なくなった。

「俺に、できるのか……?」

天原は自分の手のひらを見下ろした。その手は少し震えていた。

「いや、やるしかないんだ」

伊尾の純粋でまっすぐな意志、一人の他人を助けるためだけの研究。それを引き継ぎ、成功させることができたなら、俺も、崇高な何かになれるはずだ。――伊尾に、近づけるはずだ。

ふと、視界の端に人影が写る。病院から出てきた人のようだった。人影はまっすぐに公園の方へ向かってくる。駅までの最短経路なのだ。

歩き方でわかった。あれは、伊尾だ。

「久しぶりだな。伊尾」

天原は片手を上げて言った。声が震えていないか心配だった。伊尾は立ち止る。

「ああ、久しぶり。天原」

無感情に、決まり文句を言うように伊尾は答えた。

「話を聞いたよ」

天原が言うと、伊尾はあからさまに不快そうな顔をした。

「それがどうかしたのか」

「伊尾のやりたい研究がわかった。その研究、俺に引き継がせてくれないか」

天原はなるべく伊尾の目を見るようにして訴えた。

「僕が落ちたことはもう組織内では周知の事実か。情報が回るのはずいぶん早いんだな」

「だから来たんだよ。俺ならその研究を続けることができる。あの子も助けられるかもしれない」

天原は伊尾のカバンを見つめる。

「……嫌だ。僕のことはもうほっといてくれ。住む世界が違う、と勝手に線を引いて出ていったくせに。上から目線で手を差し伸べるのか?僕はお前を上だとは認めていない」

天原はため息をついて立ち上がる。そりゃあそうだ。俺だって、自分が伊尾より上だと思ってない。その事実に今更指摘されて笑ってしまうくらい絶望してるんだ。

しかし、放ってはおけなかった。伊尾の研究が実らないことが一番避けなければならないことだった。カプセルの技術と設備があれば、可能性はある。

「意固地になるのはやめろよ。俺の組織は日本一の研究施設があるんだぜ」

「僕だって勉強してきた。僕の大学でも同様なことができるはずだ」

伊尾は頑固に言い張った。右手に絆創膏を貼っているのが見える。ずっとペンを握ってきた証拠だった。桜田を助けたい、それがお前の望みだろ。俺が叶えてやる。

「お前は、プライドのために勉強しているのか?」

違うだろ。お前は桜田のため、他人のために勉強できるやつだ。俺のプライドのために、もうこの研究は休憩して休んでくれよ。

伊尾の手からカバンが落ちる。伊尾の唇が何か言いたげに震えたが、天原は目を逸らした。

天原はカバンを拾い上げ、公園から出た。

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