40 サクラ伝説
第二回のカプセルメンバーの交流会は大いに長引き、七つの目標について様々な意見が飛び交い、二週間ほどにわたって毎日のように議論がされた。
ホワイトボードには付箋が増えた。この二週間の間、フシミは一度もカドにログインしていなかった。
「フシミさんにこの議論の概要とか、それぞれの立案の様子を伝えたいんだけど、資料とかってあるかな」
一日はアマハラに言った。
「もちろん。議事録は自動で保存されているからそれを渡すといいよ。皆からスライドや資料のデータももらって後で送るでもいいかい?」
「ありがとう」
フシミはおそらく、現在開発中のアバターの制作にのめり込んでいるのだろうということは予想できた。何か夢中になると、他の事がすべて煩わしくなってしまう性分らしいということはもうわかっていた。
「次の会では、私だけじゃなくて彼の口から、今よりさらにブラッシュアップされた案を提案できるように話してみるね」
アマハラはすぐにデータのファイルを送ってくれたので、一日は、それをフシミに簡単なメッセージとともに送信した。
二回目の交流会がひと段落してから二か月ほど経った時だった。
一日のパソコンにフシミからメッセージが届いた。そのメールは一言だけだった。
『すごいことに気付いた』
「で、すごいことって何ですか?」
数か月ぶりに一日はフシミとルームで向かい合った。今日は珍しく、フシミの方が一日よりも先にロビーで待っていた。一日がログインすると、一刻も早く話したいという気持ちなのか、手がいつもよりも忙しなく動いていた。
「僕、気付いた。皆の、提案、全部見た。全部、繋げられるんだ。全部を、いっぺんに組み込んで、解決できるプラン」
「全部をいっぺんに解決できるプラン?」
フシミはぶんぶんと頭を振って頷く。
「そうそう。これを使えばね」
フシミが一日に差し出してきたのは、ソフトだった。一日が作ったゲームのソフトだ。
「町一つを、包むような壁で覆って、人を、アバターにして、その場所に住まわせる。その間に世界の時を戻す。出てくるころに、地球はまた、緑になっている。その地域で、住む人はみんな、勉強をしてる。勉強が楽しく、て、やりたくなる、ような仕組み、それがまさにこのゲーム。ゲームなら、皆やる。ゲームと同じような、世界を現実に、造るんだ」
フシミは目をキラキラさせていた。
「まるでノアの箱舟ですね」
「そうそう!そうなんだ。都市一つ、壁で覆って、保存する。また地球が、使えるようになるまでの、保存都市」
ぞわりと鳥肌が立つのを感じる。すべての歯車が完璧に今、噛み合った気がした。目の前の天才は、無邪気な顔で語る。
「すぐに皆にこれを提案しましょう。きっとうまくいきます」
一日は言った。歯車はゆっくりと回り出した。
ゲームの世界を現実の世界に作り上げるという提案は受け入れられた。メンバー全員が一日の作ったゲームを一通りプレイし終えたころには3月になっていた。
「このゲームのタイトルはなんて言うんだい?」
アマハラに聞かれて一日は自分がまだこのゲームのタイトルを決めていなかったことを思い出す。
「うーん、そうだな。アマハラは何がいいと思う?」
アマハラは少し考えてから言った。
「『サクラ伝説』とかどうかな。ハナシロが作ったフィールドの王城には大きな桜の木が植えられているだろ。けっこう象徴的だし、もし名前を付けるのならサクラって入っててほしいかもしれない」
「いいかも。じゃあ、それ採用で」
「軽いな」
アマハラは笑う。
「ところで、このゲームの街並みは明治辺りの風景を取り入れているけど、その辺の年代にしたのはわけでもあるの?」
「ああ、そのあたりの年代にしたのは、単純に残しておきたかったって思う街並みだから。私の好み。平成とちょっと迷ったけど、まあ、明治かな」
「それから、街にはいっさい植物がないのに、王城にだけ、すごく立派な桜の木を植えたのはなぜ?」
「それも気まぐれだよ。クリエイターはそういう気まぐれとかしょうもないユーモアを大切にする傾向があるものなの。……まあ、強いて理由を言うなら、桜って花が好きだったからかな」
「桜が好きなんだ」
「うん。一年のうち、たった一週間くらいしか花が持たない。雨が降れば簡単に流れるような花びら。雨風を運よく耐えても、一週間後には潔く風に身を任せて散ってしまう。もろくて、儚くて、美しい。すべての物がこういう美しい姿勢に敬意を払うべきなんだと私は思ってる」
アマハラは微笑む。
「なるほど、美学だ」
「個人の感想だよ」
「立派な美学さ」