39 12人の創造主
カプセルの二度目の交流会は8月に行われた。
「それじゃあ、現段階での計画を一つずつ順番に発表していきましょうか。批判よりも先に改善案を出すような形で意見を交換しましょう」
天原は集まったメンバーに呼びかけた。最初に自分から仕切り役を買って出たのは、伊尾のためだった。伊尾がいないのならばこんな組織に入ってもやりたいことなど見つかるはずもない。伊尾ともし入れ替わりになったとしても、プロジェクトに穴が空かないように最初から深く関わらないように心掛けていた。
「じゃあ、目標①の私たちから」
ハナシロがひょいと手を挙げて立ち上がる。今回も、同じ目標を担当しているフシミは遅刻しているようだ。ハナシロはプロジェクターを出現させ、スライドを表示した。
「私たちが取り組む、『仮想空間における人類アバター化計画の推進』ですけど、まず前提として、この目標のねらい、達した時に起こるであろうメリットを説明します。現在、地球の大気と水は汚染されており、食料資源も限られています。将来、人間が絶滅せずにいられるにはどうしたらいいか。方法は二つです。一つは、地球環境を昔のような状態に復元すること、二つ目は、人間がこの環境に適応すること。私たちは、二つ目の方法を提案します。人間にアバターという新しい身体を与え、現環境に適応できるようにします。限られた資源しかなくて、それでも生きるのならば、生きるために必要なコストを押さえられればいいのです」
ハナシロはスクリーンに、ゲームのアバターのような二頭身の新人類の3Dモデルを映す。
「私たちが制作を目指すのは、省エネで丈夫な身体です。仮想空間という縛りを取っ払い、現実の世界で使用できるスキンの発明を目指します。御覧の通りアバターは小さく、そこまで大量の空気やスペース、食料、エネルギーを必要としません。今後の詳しい計算をしてみてから考えますが、必要であれば、このアバターの姿になった人たちが集まって暮らすために調節された、小さな区域を作ることも考えています。私たち人間が小さくなってコストをカットする、それがアバター化のメリットです」
ホシノが手を挙げた。
「アバター化のねらいがコストカットならば、今現在アバター化と言われてすぐに思い浮かべるような、仮想空間上のアバターになるほうがよっぽどコストカットではないですか?SF映画じゃないですけど、本物の人間は昏睡状態とかにしておいて、脳波だけで仮想空間で暮らせば、そのほうが楽だ。インターネットは場所を取りませんから、ずっと寝てるためだけの居住区域もビルがいくつかあればいいですし、ゴミや循環系の問題も解決ですよ。仮想空間じゃなくて、あえて現実世界で使えるアバターを作る理由を教えてください」
ハナシロは頷く。
「たしかにその指摘はもっともです。しかし、人間という生物が絶滅しないでいるという観点から見ると、ずっと寝てるだけの本体はどうなんだろうと考えました。ただ心臓が動いて息をしてるだけでもまあ、生きてるといえば生きてますが、インターネットに何か起きた瞬間、生命を維持するための機械に不具合があった瞬間、退化した身体ではなすすべなくみんな死にます。精神と身体は常にひとところにあったほうが様々なリスクが減ると判断しました」
「素人質問で恐縮ですが、」
タシロが手を挙げる。
「人間の絶滅を避けるとおっしゃいましたが、アバターに生殖能力を積む予定なんですか?」
「確かに。それは気になる。ていうか、二頭身の身体で欲情できるの?」
アメカワが言った。質問はどれもまっすぐで遠慮がなく、的確だった。
「すみません、そこまではまだ考えていません。今後の立案の参考にさせていただきます」
「一つ目からかなり充実した発表になりましたね。とりあえず次に進みましょうか。発表が一巡した後にでもじっくり意見を伝えあいましょう」
天原は②の目標へと進むことを促した。ヤマウチが立ち上がった。
「私が立案するのは、『②高速ネットワークの普及』についてです。私は今までの人生で約20年ほどかけて、現在東京に立っている巨大電波塔設立の事業に関わってきました」
ちょうど天原が生まれた年に東京にできた、下から見上げれば雲を貫き、天に届くのではないかというほど巨大な電波塔は、世界一の高さを誇っている。昔、東京に立っていたスカイツリーをはるかにしのぐ高さで、今や日本の通信にとって必要不可欠な重要な役目を負っていた。
「もはやこの塔がなければ、日々の生活もままならない。しかし、こちらのグラフをご覧いただきたい。電波塔がいかに莫大なエネルギーを毎秒消費しているかお分かりになるでしょう。電波塔では電波の発信だけでなく、発電の役割も担っており、下層には大量のコンデンサー、電気の貯蓄があります」
ヤマウチはスクリーンに電波塔の画像を映し出した。そして、ペンを手に取ると、大きくその電波塔にバツ印を書いた。
「私は、この電波塔を稼働中止にするという計画を提案します」
皆、少し驚いた様子を見せた。
「日本人はこの電波塔に依存しすぎた。しょうもない情報をやりとりするためだけに、限りある資源を利用して生み出したエネルギーが浪費されています。今、日本人はインターネットや機械に身の回りのほとんどのことを任せていて、よく考えれば全く機械がやる必要のないことまで機械を使っている。それらを人力に回帰させることで、電波塔がフル稼働しなくても済む社会を作り、無駄なコストをカットします」
人類の科学技術は発展するところまで発展し、原点に戻るように人力の大切さを学ぶ。
「稼働中止と雖も、すべてバツンと電源を落とすのではなく、稼働率を少しずつ下げていって、ため込んでいる無駄なデータを消去し、ゆくゆくは発電しないで、コンデンサーに溜まった電気を少しずつ消費していこうという計画です」
ここでもいくつか質問や意見が出る。
「次に③をカワキタさん、ハスダさん、お願いします」
「はい、『③AIの普及』についてですが、現在、かなりの数のAIが既に社会で活躍していますよね。皆さんの家庭にもおそらく一つか二つは人工知能を積んだロボットがいるんではないかと思います。私たちは、『やさしさ』を理解するAIを目指すということ提案します。AIと感情については長年議論が戦わされていました。皆さんの中にも、反対派の方はいるのではないかと思います。しかし、少し私たちの計画を聞いてください」
カワキタはそう話し始めた。ハスダはスクリーンにスライドを映し出す。
「私たちもそれが可能かどうかわかりません。なんなら個人的な興味の追求という面が強い。しかし、この時代、このタイミングで、『やさしさ』というものを解すAIを生み出せたとしたら、後世の科学の発展に大いに役立つことは間違いありません。また、この研究が失敗に終わったとしても、得るものは大きいでしょう」
アイダが手を挙げる。
「地球がそろそろひどいことになって、今後まともな環境で研究ができるタイミングが来ないかもしれないという予測からですか?」
「個人的な予測にはなりますが、まあ、そういうことです」
カワキタはぼやかさずに本音を言った。
「まあ、いいんじゃないですか。とことん研究すれば得られるものもありますよ。ムーンショット計画にあるんだから政府も文句言いませんよ」
ヨコイが独り言のように言った。
「次に④をタシロさん、お願いします」
「『④地球環境の改善』ですが、ここ数十年のすべての研究の結果を見ても、地球というものの現在の状況を好転させられるような見込みは薄いようだということしかわかりませんでした。そこで私は、ハナシロさんの案と似ていますが、人間の安全な居住地域を作り上げ、壁でその地域を囲い、その中で暮らせるようにする、ということを提案します。居住地域はあまり広くは取れないので、ある程度住民の選別は最初の段階では必要になるかと思いますが、そこをまあ、何とか倫理的問題をクリアすれば実現は十分可能です」
タシロは丸く並べられている机の真ん中にホログラムを出現させる。透明なアクリル板のように見えるが、均等なサイズの三角形が整然と並べられているような妙な模様が見え、角度によってその透明な板は七色に、虹のような色をしているように見えた。
「これは私が開発している新素材で作った板です。これは、軽く、ものすごく強度が強く、並大抵の力を加えた程度では決して割れません。また、有害な光線や気体を全く通さず、さらにすごいのは、太陽光をキャッチして、この板内だけでまるで発電のように電気エネルギーを生み出すことができます。取り出しも簡単で、使いやすいエネルギーです。滅多に壊れることはありませんが、恐ろしく強大な力を加えたとき、割れます。割れるとき、つながっている板がすべて一瞬にしてこの小さな三角形一つ一つにばらばらになります。そして、板に溜まっていたパワーを一気に放出します。地球環境に悪影響を及ぼすものは全く使われていないのでこれ以上地球を壊さずに済むという利点もあります」
「これを居住区の壁に使うんですか。万が一壊れた場合、甚大な被害が起こりそうですけど」
ハスダが言った。
「だいたいミサイルくらいの力だと壊れますが、何層も囲うことでそのリスクはかなり回避されると思います」
「修復は出来るんですか」
「ドローンなどがあれば問題なくできるはずです。簡単でありふれた元素しか使っていないので、特殊な機械さえあれば地球上どこでも作ることができます」
「次に⑤をアイダさん、ユキムラさん、お願いします」
「私たちは『⑤異星への移住計画の推進』についてです。私は海洋の研究をしていまして、前回の交流会でも述べたと思いますが、地球の海は後戻りができないほど汚れています。そして、天体を研究をするユキムラさんによると、地球の代わりになるような星は近くに無いらしいです」
アイダはスクリーンにピンク色のクラゲの写真を映し出した。
「このままでは、異星への移住は果たせそうにありません。そこでまず私たちが考えたのは、移住のねらいです。要は人間が住める土地、今の地球はもう駄目そうだから、どこか新天地を見つけることです。今の地球じゃなければむしろどこでもいいまであります。ところで、この写真のクラゲが何かわかりますか?これは、最近日本の近海で発見された新種のクラゲ、クレナイクラゲです。私はこのクラゲのある驚くべき習性に目をつけました。このクラゲは、時を戻す力があるのです」
「時を戻す力?」
ハナシロが声を上げた。
「そうです。今の地球にもう住めないのなら、過去の地球に住めばいいのです。まだ粗削りですが、これが私たちの提案です。クラゲの力を利用して、地球全体、いや、それは贅沢としても、せめて限られた地域だけでも昔の状態に時間を戻すんです」
「時を戻すってどの程度?結構非現実的に聞こえるな。ファンタジーの域を出てないよ」
アメカワが言った。
「そうだ、ヨコイさんって時間移動の研究をしてたよね。ヨコイさん的にこの案はどうなの」
アメカワはヨコイに話を振った。
「そのクラゲの力って、イオルツチウムに関係ありますか?」
ヨコイはアイダに聞いた。アイダは頷く。ヨコイは納得した、という顔をして、話を聞いている他のメンバーにもわかるように専門用語の解説を言った。
「時間移動の鍵を握るのはイオルツチウムという物質です。エネルギーを加えると、時間が巻き戻ります。合成が恐ろしく難しくて複雑なものです。……しかし、体内でイオルツチウムを合成できる生物がいたとは知りませんでした。とても興味深い」
ヨコイは何やら一人でぶつぶつと独り言を言い始める。
「あの、ヨコイさん、次、⑥の発表をお願いしても?」
天原はヨコイに発表を促した。
「ああ、すまない」
ヨコイは立ち上がってスクリーンにスライドを表示したが、心はどこか上の空のように見えた。新たに見つけた可能性について早く研究したくてたまらないのだろう。
「私が提案する『⑥時間移動技術の発展』の計画は、先ほどアイダさんが発表してくれたものとほとんど同じアイデアだった。一部地域の環境を時間を巻き戻すことで再生させる。森を少しずつ蘇らせていく、というのが私がさっきまで持っていた提案だが、さっきその方法の見通しが変わった。今の技術では地球の破壊のスピードが速すぎて、そして、イオルツチウムの合成に手間がかかりすぎて追いつけず、結果的にマイナスになっていたが、イオルツチウムを合成するクラゲがいるのならば、もしかしたらもっと大規模に時を巻き戻し、プラスにすることも可能かもしれない」
「後でじっくり話しましょうよ」
ヨコイが言った。
「では、最後に⑦の目標について、ホシノさん、アメカワさん、お願いします」
二人は立ち上がる。
「俺たちの担当は『⑦人類の創造力の向上、人材育成』だが、これから少し倫理観を無視した議論が展開されるかもしれないが、いったんそういう指摘はしないで聞いてもらいたい。俺たちはまず、人類の知恵という財産とはどういうものなのかを考えた。人間は知恵によって科学技術を発展させてきた。しかし、今はその知恵がもたらしたものによって地球を傷つけ、苦しんでいる。技術を発展させ続けることは、人間の存続のために良いのだろうか」
アメカワはスクリーンにスライドを映す。
「俺たちの提案は、持続可能な教育プログラムを作ることだ」
「持続可能な教育プログラム?」
「そうだ。具体的には、学校で教える事柄を厳選し、発展することによって破滅するような技術が生まれないように、その可能性が低い、しかし重要な知識のみを勉強させる。学校はパズルをやる場所みたいになる可能性もある。しかし、学んでよいことが最初から制限されていれば、さらに深い発展ではなく、競技性のような別の方向に勉強というものは変わっていくだろう」
「人間のもっと学びたいという欲望はそんな制度で押さえられるのか?」
ヤマウチが聞いた。
「君だって、勉強が好きで学ばないではいられないんじゃないのかね」
ホシノは少し頭を傾けるようにして答える。
「私は、勉強はゲームみたいなものだと思います。ここにいる皆さんが今までたくさん勉強というものをしてきたことは承知ですが、それは、知識というツールが役に立つ世界線で生きているからです。もし、その知識を学んだとしても、これからに特に役立つことが無ければ、人はたぶんそれ以上を求めることはしなくなると思います。それこそ、パズルを解くのに似たような快感を勉強に求めるようになり、自然とそれを見出すようになると予想できます」