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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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36 ウノとコピー

暗雲は見る間に空を覆い始め、すでに中央ブロックをすっぽりと覆うほどの大きさにまで広がり続けていた。

「そんな……イオールの雲だなんて。俺たちはこんな急に現れた、わけわかんない奴に殺されちゃうのかよ」

ゼムの声は震える。

「醒めない夢はない。今まではただ、夢を見ていただけ。私が本来の世界に戻してやるんだ」

少女は無表情のまま言った。

「この楽園は間違いと争いと失敗によってできあがった、不幸の産物だ。人間はつまらないことで殺し合い、自分の意見こそが絶対的に正しいと盲信して、自分の意見を通すために声を荒げた。千年経っても人間の愚かさはそうそう変わらない。このホープのレンズを通して観察していた。お前たちだってそうだろう。つまらない主張を通すため、他人を傷つけあう。このプログラムは不幸によって生まれ、いまだ不幸に争い続けるお前たちを消す。すべてのヒトの意見が完全に一致するまで決して止まることはない。つまり、終焉だ」

「やめろ」

声がして少女がそちらを見ると、瓜二つの少女がいる。白く、腰まで伸びた髪、赤い瞳、左の頬にあざ。手術着の上にだぼだぼの白衣を羽織り、足は裸足。楽園の生命係、黒の塔の主、コピーだった。

「私に会いに来たんだろ?私にできることならなんでもする。だから、ここにいるみんなを傷つけるのをやめてくれ、ウノ」

ウノと呼ばれた少女は少し微笑む。

「久しぶりだね、コピー。1000歳の誕生日、おめでとう」

「正確なカウントをどうも」

「ということは、私たちは985年ぶりに会うってことになるのかな。積もる話がたくさんあるね」

ウノは空中を滑るようにしてコピーの元までやって来る。コピーはその顔に触れて顔をしかめる。

「実体はあるのに、幽霊みたいな挙動をするんだな」

「その辺の原子とエネルギーを使って再構築したからね。その時、たまたまあったガクっていう不思議パワーによって私はモンダイみたいな存在になったというわけ」

「たまたまそこにあった?お前が気軽に利用したそれはヒトの体だ。その頭の中の力だ。命だよ」

コピーはウノから離れるように一歩後退った。

「空を飛ぶこともできて便利だね」

よく見るとウノの体と空気の境界はうっすらと赤く光って揺らいでいるようにも見える。

「私が得たこの新しい体のこともいいけどさ、コピーのその髪や目も素敵だね。ちょっと見ないうちにイメチェンしてるもんだから、ホープのレンズ越しに見てるときから褒めたくてしょうがなかったんだ」

ウノは素早い動きでコピーの腰を腕で掴んで肩に担ぐようにすると、その勢いのまま空中高くへ飛び上がった。

「あそこは人の目が多すぎる。姉妹水入らずで話そうよ」

コピーは飛び上がる時に噛んだ舌から出る血をぺっと吐き出した。ウノはぐんぐん高度を上げていき、黒の塔の最上階の開いた窓からコピーの部屋に入りこんだ。ウノはコピーを床に放り投げる。コピーは部屋の中央にある手術台に背中を打ち付けるように落ちた。

「なかなか綺麗にしてあるね。あんなに片付けや、基本的な生活能力の無い子だったのに」

ウノはコピーの部屋をぐるりと見渡して言う。興味深そうにコピーのデスクを眺め、本の表紙を指先でなぞった。

「私ができそこないだったというのは、私が一番わかってる。ウノの不満も、ツーの心配も、全部わかってた」

コピーは言った。

「私たち、お母さんにいろんな議論をさせられたよね。今思うと懐かしいなぁ。コピーはいつも下調べの要領が悪くて論破されてばかりいた」

「理解しないと語れない(たち)だったんだ。自分もよくわかっていないことを言葉にできるほど器用じゃなかった」

ウノは軽く頷く。

「たぶん、お母さんはそういうところに適正を見出したんじゃないのかな。事実、私が送り込まれるまで長続きしてる」

「初めから、ヒトヒは楽園を作った日から、今日終わりにすることを決めていたのか?」

ウノは少し意外そうな顔でコピーの顔を見る。

「お母さんのこと、ヒトヒって呼ぶんだ」

「だって、私の方が歳を追い越して久しい。なんだか不自然だ。私にとってヒトヒはもう、歴史上の人物という存在に近い」

「そう。確かにコピーはずいぶん長く生きたね」

「長く生きすぎたからヒトヒは私に使者をよこしたのか」

「それが母親のやさしさなんじゃないの」

「ウノが私を殺すのか」

ウノは少し黙る。

「その話をするのはもう少し後にしようよ。せっかく千年の人生経験を得た妹が目の前にいるんだし、話をしないともったいない」

「この千年について?」

「うん。そうだね。あなたのことを全部知りたい。どこから話そうか。やっぱり、お母さんとお父さんの話からかな」

「それはずいぶん長い」

「要約しろと言っているの」

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