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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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33 別れの宴

「おお、イオか。よく来たな」

イオが暖簾をくぐると、バイが出迎えた。地下の通りにあるからくり屋という店で、普段は主にエラーズを対象に義手や義足を作る技術者のバイは、イオのタイムマシンを組み立ててくれていた。

「明日、王城に運ぼうと思って梱包を始めたところじゃった。乗り込むのは駄目じゃが、今ならまだ外観は見せられるぞ」

バイはイオを部屋の奥に連れて行った。大きな布が掛けられている。

「ジャジャーン!」

バイは布を勢いよく取って見せた。それは、セダンのような車型のタイムマシンだった。窓から中を覗いてみると、運転席以外は機械が詰め込まれている。シートベルトは体を完全に固定できるもので、ハンドルのエアバックはもう広がった状態で取り付けられている。

「タイムマシンはクルマ型と太古の昔から決まっている、とコピーに言われたからお前さんの時代のクルマを再現した見た目にしておいたぞ」

「ありがとうございます」

イオは自分が座る席を見て、自分がエンシェの姿に戻らなくてはならないことを思い出す。

「このトイロソーヴの体に慣れすぎてしまったから、エンシェの体でうまくやっていけるか不安だな……」

「まあ、多少バランス感覚を取り戻すのが大変じゃろうが、それは無事過去に戻れてから考えてくれ。タイムマシンの仕組みはこうじゃ。わしが植物の芽とタイムマシンを接続してエネルギーをもらえるようにする装置を取り付けておくから、当日お前が芽を切る。するとしばらくするとエネルギーが溜まって来る。お前はそこで、今の姿のままこのタイムマシンに乗り込む。また当日もしっかり説明するが、メーターの表示がある一定の値に達したらお前はエンジンをかける。そのおよそ15秒後にお前さんを高電圧が襲い、エンシェの体と同調する。十中八九お前さんはここで気絶するだろうから、あとの発進はわしが遠隔で操作しておく。次に目覚めたときにはもう1012年と8か月前じゃ」

「なにからなにまで本当にありがとうございました」

イオは深々と頭を下げた。

「いいんじゃよ。コピーからの頼みじゃ。それに、大昔の技術を使って物を作るのはとても楽しかった」

「そういえばコピーとはどんなつながりが?」

バイは赤い目を少し細めて笑った。

「昔からの付き合いがあるのじゃ」


「王へのチャレンジ成功祝いとか、イオとのお別れとか、パーティー解散とかいろいろあるけど、とりあえずカンパーイ!」

セトカが大きな声で音頭を取ってグラスを持ち上げる。

「カンパーイ!」

パーティーのメンバーと、ファイ、アメの一族の面々、その他宴の予定を聞いて集まった人々はグラスを宙に高くつき上げた。アメの一族の屋敷の大広間はヒトでいっぱいだった。

「王に就任おめでとうございます」

イオのところに、以前通っていた学園の先生であるランタンがやってくる。その後ろからゼムとネオも顔を出す。

「イオ、すごいじゃん、本当に王になっちゃうなんてさ」

スウとカズも宴に来ていた。最近二人は正式に結婚したらしい。イオはカズの体を張った告白のことを思い出す。

「あの時はありがとう。ちゃんと言えてなかったら嫌だから今言うよ」

セトカの地元、リコボで出会った青年、カンペイが言う。

「僕、あれからちゃんと勉強して数学の教師になったんですよ」

話しかけてきたのはいつしかスウを誘拐した誘拐犯の男だ。

「よう、イオ!イルマ!酒飲みに来たぜ!」

肩を組んだそっくりな顔の元気な老人二人は、良家出身のジョンとジョナサンだ。タダ酒を頂戴するために来た輩もかなりいるような気がしたが、ケチケチするものでもない。夜が更け、朝が来るまで宴会の勢いは衰えなかった。


空がだんだん明るくなって、イオは宴会場から抜け出した。山の朝の空気はキリッと澄んで心地よかった。

「よお、久しぶりだな。いや、お久しぶりでございます王様、か」

岩の陰から声がして、男が顔を出した。長髪を後ろでくくり、ピアスをつけている。情報屋のギンナルだ。

「敬語なんていいよ。それより、君が宴会に来てくれるなんて」

「そういう情報を拾ったものだから。数年前の夏、一緒に青の街へ行った仲じゃねえか」

ギンナルは親指でくいくいと山の小道を指す。

「ちょっと話さねえか?」

二人は湖のほとりを歩いた。湖と雖も、この山は温泉のようになっているので、水温は熱い。周りを歩いていると春の朝の肌寒さを感じない。朝の光を浴びてギンナルのオパールのような目は様々な色に光って見えた。

「君はどこまで僕のことを知っているの?」

ギンナルは肩をすくめる。

「あんたの城にいるテート・クロードが持ってるような情報ならほとんど持ってると思うぜ」

「じゃあ僕がエンシェだってことも知ってるんだ」

「ああ」

ギンナルはそこで足を止める。イオもつられて立ち止った。

「今日はあんたに伝えておきたい情報があったから来たんだ」

「宴会をしたせいで手持ちがあんまりないけれど」

「金はいいよ。友人割引だ」

ギンナルは唇をなめて湿らせる。

「前、あんたと一緒にいた白とオレンジの小さいロボットについて調べた」

「ホープのこと?」

「ああ。ホブリイエート・フェリオンP39。あいつはお前の時代と極めて近い過去から来た可能性がある」

「過去から?僕と同じようにタイムマシンに乗って?」

「さあな、方法はわからねえが、まだ壊れてないところを見るとタイムスリップした以外考えられない」

イオはホープに最初に会った時のことを思い出す。ホープはイオに伝言を伝えるためにイオのことを探していた。

「確かに、ホープはタイムスリップしたのかもしれない。三年前、ホープは僕に伝言を言っていた。それでミッションコンプリートだとかなんとか」

「伝言?なんて言ってたんだ」

イオは記憶の奥底を掘り返す。

「たしか……、ヒトヒとかいう人から一言だけ。なんて言ったかな。意味ありげで、でもただの適当に言った言葉みたいな」

「ヒトヒって人に心当たりは」

「無い」

ギンナルは顎をさする。

「ヒトヒってヒトは、わざわざホープに時を超えさせてまであんたに伝言を送ろうとしたんだろ。相当大切なことを言っていたに決まってるんだけどな。それ、暗号とかじゃなかったのか?」

「わからない……。その後、ちょっとしたハプニングがあって伝言についてはうやむやになって、それっきりだったんだ」

ギンナルはため息をついた。

「あー、俺がその話を聞いてりゃ、ちゃんと覚えといたのに」

「そんな無茶な」

その後、二人は適当な雑談をしながら湖の周りを一周した。

「じゃあ、過去に行ったら、お前の力で未来をよりよく変えてくれ」

「よりよく、の良いの定義はわからないけど。僕の後悔しないように精一杯やってみるつもりだよ」

「それでいい。お前が想像する未来に、楽園は、俺は存在するのかな?」

「残念だけどしないかも。楽園のきっかけは時間移動技術の暴走。僕はそれを闇に葬り去るつもりだから」

「消えるのか。まあ、それもありだな」

ギンナルは楽観的に笑った。

「でもさ、失敗と最低によってできたこの世界も、俺は案外愛してるよ」

イオは頷いた。

「うん、僕もだ」

どんな最悪な世界にも、美しいものは存在して、要は、それに気づく瞳が重要なのかもしれない。

イオとギンナルは屋敷の少し手前で別れた。

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