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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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31 戴冠式

「本日、3145年3月20日、第239代目の王ファイ様は王の座を辞任し、現在より、第240代目の王にイオが就任します」

ヒサメが宣言し、ファイは玉座から下りて、控えているイオに一礼し、その座を開け渡した。イオはファイに一礼を返し、玉座の前まで進んだ。とうとう、楽園の王の座を手に入れることができたのであった。

「コホン」

そのまま腰掛けようとするイオに、ヒサメがわざとらしく咳払いする。ここで新たな王は一言何か述べるという段取りだった。イオは人々の方に向き直る。戴冠式は王城の中庭で執り行われ、多くの楽園の住人や、ラジオの報道関係者でいっぱいだった。群衆の中にノーマルズもエラーズも混じっていることにイオは少し嬉しくなる。

「あ、ええと、新たに王になりました、イオです。王がころころ変わることになって皆さんを混乱させたり、ご迷惑をかけると思いますが、どうぞよろしくおねがいします。……僕は、この楽園をすっかり変えることを約束します」

少し間があって、拍手が起こった。イオは玉座に座った。


「本当にころころ変わるよなぁ」

ウォータは隣に立つラミーにつぶやく。

「そうね。最近のテンキュウ様も、ファイ様も長く続かなかったし、イオ様も近々過去に帰るでしょ」

城で働くクロードや、王城の関係職であるケビイシなどの機関にはイオがエンシェであるという旨の情報は極秘事項として出回っていた。現在、イオは楽園の最高権力者になっているので、イオの決定に逆らうほどの力を持つものはこの楽園にいない。

「私たちはイオ様が無事帰れるようにサポートするのが仕事。イオ様が王になりたかったのは、この知識祭で使ってる地下室を私的利用したかったからみたいだけど、別に私たちからすればどうぞお好きにって感じ」

「過去に帰るための鍵がこんな城の地下にあるだなんてな。エンシェの考えることはすごいや」

ウォータは自分が今門番を務めている、地下の部屋につながる扉をちらりと見る。

「過去に帰ったらこの楽園をすっかり変えてしまうんでしょうね」

「もうここ数年でずいぶん変わったように思えるけど、これ以上に変わるのかな」

「転がり続ける石にコケは生えないって古語もあるでしょ。私たちが古いまんまで腐っていくのを避けるためにはやっぱり、変化をおそれずに、常に変わっていかないといけないのよ、きっと。あ、イオ様たちが来たわ。ちゃんと前向いて」

イオとファイ、ヒサメとロザキが歩いてきた。二人は敬礼をし、素早く扉を開けた。

「ご苦労」

ロザキは言った。四人は階段を下りて行った。十分下に降りて行ったところでウォータとラミーは扉を閉めた。


「へえ、これが大昔に滅びた植物の種なのか」

ファイは井戸の中を覗き込んだ。井戸の底に溜まった透明でどろりとした液体の中で、生白い色の触手めいた根というものが複雑に絡み合い、井戸の上を目指して手を伸ばすように伸びている。眺めているとそれは確かに成長する生命、生き物であるという実感を感じられた。

「そうだよ。そして、この壁画は森を描いてる」

ファイはイオが指さすドーム状の壁を見上げた。

「ハクマには悪いことをした」

ファイはつぶやいた。

「森にあこがれる気持ちが今ならわかる」

ヒサメは井戸の中の植物を見下ろす。

「ところで、イオ様はこの『植物』からエネルギーを取り出したいのですよね。どういう方法をお考えですか?」

イオは井戸の周りの少し段になったところに立ち、足元のくぼみに自分のペン先を置く。

「この状態じゃまだエネルギーとして利用はできない。だからとりあえず僕のガクを注いで、芽を出させ、井戸の外まで成長させてみたいんだ。それからその芽を切るなりなんなりすれば、取り出すことは可能だと思う」

イオは少し視線を泳がせる。

「君たち楽園のヒトが1000年もかけてコツコツと溜めてきたエネルギーを、一気に消費させてもらうことになって申し訳ないけれど」

「イオ様に使ってもらうなら構わないという我々王城職員の総意です。我々が溜め続けていても、千年間一度も使うことがなかったものです。千年間、訳もわからずに溜めていたのです。もしかしたら、この日のためにと創設者が作った仕掛けなのかもしれません」

「そう、かもね」

イオは笑った。

「じゃあ、ガクを込めるよ。まぶしいから目を瞑って」

なんでそれを知ってるのか、と言うかのようにヒサメは一瞬いぶかしげな顔をするが、すぐに取り繕い、目を瞑って下を向いた。

「俺も注ぐよ」

ファイはイオの横に立ってくぼみにじぶんのペン先も当てた。

「我、240代目の楽園の王、イオと」

「239代目の楽園の王、ファイが、986回目の儀式を執り行う。楽園の終わらない変化を願って――」

意識を集中させると、すぐに自分の手のひらから何か大きな力が放出されていくような感覚があって、井戸の中からまばゆい青白い光が噴き出した。青白い光はドーム状の壁を、天井を照らしてゆらゆらと揺らぎながら照らす。力強く枝葉を伸ばす木々を、まるで森の中の泉に沈んで水面越しに眺めるようだった。青い空の光が葉の隙間から降り注ぐ。空が晴れている。

二人の王は力いっぱい、今まで自分たちの中で鍛えてきた力を注ぎこむ。少しずつ、井戸の中から植物が伸びてくる。背を精一杯に伸ばして、青い光に触れようとする。

芽が出る。楽園で千年間力を注ぎこまれた種が、今、発芽した。


「いや、本当にすみません……」

イオはロザキの背中に負ぶわれながら言った。

「問題ありません。知識祭で疲れ果てて動けなくなる王を運ぶのは毎度のことですから。気絶する王も多くて、意識がある方が運びやすくて都合がいいです」

ロザキは言って、そこで言葉を切り、階段の少し下をちらりと見下ろした。

「ひぃ、ひぃ、ふぅ、はぁ……」

ロザキとイオの少し下には、イオと同じく疲れて歩けなくなったファイを負ぶったヒサメが、汗をだらだら流しながら必死の形相で息を切らしていた。普段、まるで氷のように冷静で無表情のヒサメのこのような表情を見るのは、長く仕事を共にしてきたロザキにとっても初めてのことだった。ファイも意識はあり、ヒサメの背中ですまなそうに身を縮めていた。華奢な少年だが、普段からペンとクリップボードより重いものを持たないヒサメにとって、重労働であることは間違いなかった。ヒサメが追い付くのを待ってからロザキはまた階段を上り始めた。

「ファイ様はこの後、少しお休みになられた後お帰りですよね。お送りいたしましょうか?」

ロザキはファイに聞く。

「送らなくていいよ。ルートが門のところまで迎えに来てくれる。ルートと話しながら帰りたいんだ。それに、もう様付けはいらない。俺はもう王じゃない」

「承知いたしました」

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