30 最終試験
ルートがふすまを開けると、そこは今までいた正方形の狭い部屋ではなく、最初にいた城の大広間に出た。先ほどまででルートは、正方形に区切られたふすまの部屋を10個ほど抜けてきた。大広間には既に他のメンバーはそろっており、おそらくは皆、ルートと似たような試練を突破してきたのだということが推測できた。
部屋の奥が蜃気楼のように揺らいだかと思うと、足を組んで頬杖をついたファイの座った玉座が現れた。屈折率を使ったなんらかのトリックであろうことはすぐにわかったが、その詳細は今はどうでもよかった。
「ここまで本当に来れるとは。俺は君たちを甘く見ていたのかもしれないね。以前取った失礼な態度は謝罪して、実力を認めないと」
ファイは玉座から立ち上がる。
「俺たちどころかお前は、ヒトというものを甘く見ている。この世界に住むすべてのヒトたち、その強かさを馬鹿にしている」
ルートは言った。
「ルート、覚悟を認めるよ。ここなら思い切り喧嘩の続きができる」
ファイとルートは向かい合う。
「お前が主張したことを今まで考えていたよ。どうして同じ脳細胞を持って生まれてきたはずのお前の主張が、こんなにも理解できないのかも」
「お前は楽園を変えたいと言って地下を飛び出した。頭の良さ、いや、勉強ができる者がすべてを握り、導いていくべきで、できないものを自業自得と言ったな。この楽園に住む限り幸せというものの形は、勉強というものが絡みついて固定的に定まっていて、それを誰もが求めるべきだとも言った」
「その通りだ。お前は、俺のしたことを的外れな配慮だと罵った。ヒトは誰しも、生まれた瞬間からスタートラインが同じではないから、努力量の差はさておいてもこのシステムは公平ではないと言った」
二人の口調は極めて冷静で静かだったが、一触即発の緊張感が張り詰めていた。ファイの灰色の瞳と、ルートの灰色と紫の瞳の視線がぶつかる。
「答えは出たか?」
「今日、俺たちで答えを決めるんだよ」
突風が部屋に巻き起こり、真っ赤な光を身にまとってファイは巨大に変身する。
「さあ、心行くまで戦おう、弟よ。決着がつくまで戦おうじゃないか。勝った方がこの世界の正しさだ!」
立っているのだけでも精一杯なほどの強風が部屋の中で吹き荒れている。ルートのかぶっているフードは脱げる。ルートは兄を見上げる。
「何してるんだよ、早く戦えよ。欲しいものは全部、実力で手に入れるんだよ!」
「やめよう」
「は?」
風は止まない。ルートは大きな声でもう一度言った。
「やめよう。俺はもう答えが出てる」
ルートは兄にむかって握った拳を突き出す。
「じゃんけんで決めようよ」
一瞬、ファイの化け物の動きが止まるが、すぐにファイは乾いた笑いを吐いた。
「気でも狂ったか?お前となら語彙を尽くして主張し合える。自分の信念と知力のすべてをかけた大決戦ができるのに。俺はお前のことを認めていたんだぞ」
「まさにそれなんだ」
ルートは拳を下げない。
「他人を認める、認め合う、それこそが俺たちに必要なことだったんだ。俺もお前の主張を今まで考えた。お前をわかりたかったんだ。お前とわかりあいたかったんだ。俺たちに必要なことは、どちらかの意見を完璧に論破してねじ伏せて自分の意見を通すことじゃない。違いを認めてわかりあうことだ。お前ももう気付いたろ。俺はお前じゃないし、お前は俺じゃない。昔は俺たちは二人で一人の分身だった。全部同じだった。でも違うんだ。こんなに似ていても俺たちにはわかりあえないところがある」
風が止む。赤い光がしぼんでいく。
理解できるのが当たり前だった、愛しい愛しい俺の分身。目の前のこいつは、いつの間にか変わっている。同様に、俺もまた変わっていた。
ファイは同じ目線の弟を見た。いつの間にか、虚弱だった体には筋肉がつき、顔はいくらか大人びている。
「俺は間違っていたのかな?」
ファイはすっかり別人のような弟に聞いた。
「そんなのは自分で決めることだ。お前も俺も、自分の意見を言っただけ。必要なのはわかりあうこと。俺はまだお前の主張の全部は受け入れているわけじゃないけど、お前のことを認めてる」
ファイは突き出された、弟の金属でできた義手の拳を見つめた。小さな無数の傷が、以前の光沢を隠していた。
「それじゃあ、じゃんけんで決めよう」
ファイも拳を弟の前に突き出した。
「「さいしょはグー、じゃんけんぽん」」
ファイがグー、ルートがパー。兄弟の長い長い喧嘩は、あっけなく終わりを迎える。
ファイはふっと吹きだす。あまりにあっけない試合だった。
「俺の負けか」
ルートも少し笑う。
「喧嘩ならどうか知らないけど」
ファイは拳を開く。
「喧嘩じゃ解決しない」
ルートは満足気に一つ頷いた。
「これでおあいこだ」