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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
142/172

29 王城にて

「王にチャレンジしたいです」

城に入ってすぐの受付にバッジを四つ置いてイオは言った。受付にはテート・クロード、王に使える事務員の中でも最も役職が高いヒト、ヒサメが座っていた。

ヒサメはバッジを丁寧に観察し、どれも本物だと認めるとそれを専用のケースにしまい、カウンターの奥に保管した。

「王へのチャレンジの権利を認めます。誓約書にサインを」

差し出された誓約書にイオはサインをする。

「ファイ様が在任中、再チャレンジを挑むことはできません。チャレンジ中に負ったあらゆる怪我、死亡に関しましても、王城は一切の補償をいたしません」

「問題ありません」

イオは誓約書をヒサメに渡す。ヒサメはパーティーのメンバーの名前を見ると、彼らの顔をまじまじと見た。

「何か?」

ヒサメは首を振る。

「いいえ。失礼しました。今となってはもう時効と言えるでしょうから。さまざまなことが変わりました」

ヒサメは手のひらで奥の通路を指し示す。

「この廊下を進み、突き当りの部屋が試験会場となります。どうぞ頑張ってください」

イオたちは廊下を進んでいった。ヒサメは手元の誓約書に再び視線を落とす。二年前、西ブロックの事件を起こした容疑者となったイオ、去年テロリストの首謀者として城に乗り込み、王と戦って王城を破壊したルート、テロリストとして暴動に参加したローレンという重大人物の盛り合わせのようなパーティーであり、ここで捕まえて牢に入れる十分な理由はあったが、目を瞑ることにした。彼らを捕まえたところで楽園の治安が今更どうということはない。楽園の安定は崩れた。それはテロリストのせいだけではなく、王のせいでもある。崩れた原因の一つがファイ様とルートのつながりだとするならば、いっそもう一度ぶつけ合わせてみてもいい。平穏はカオスの後にやってくるものでもある。

受付カウンターの奥、ヒサメの後ろで働くクロードたちがヒサメの決定に驚いてか、ひそひそと何か言葉を交わしている。ヒサメはどこまでも規則に忠実なクロードだった。その冷酷と言えるほどの忠実さによって今の地位にまで上り詰めたと言っても過言ではなかった。そのため、ヒサメが下したこの判断に他のクロードたちがざわめくのも無理はなかった。

「ヒサメさん!イオを逮捕しないでください!」

扉が急に開いて、息を切らした二人の若いケビイシが飛び込んできた。

「城の玄関ホールですよ。静かにしてください」

二人はすぐに自分たちが犯した無礼に気づいてヒサメに敬礼の姿勢を取る。

「私は、中央第三ケビイシ署のラミーと申します。まことに無礼は承知ですが、チャレンジャー、イオについて進言をしたく参りました」

「同じく中央第三ケビイシ署のウォータです。俺たちの話を聞いてください」

ヒサメは手で合図をして二人に敬礼をやめさせた。

「報告なら、私だけにではなく、今ここにいる全員に向かってしてください。それと、イオについては私は逮捕などしていません。イオは先ほど王との試験会場へ向かいました」

二人は驚いたように顔を見合わせた。

「私もなんでも規則だけに従って動くわけではありません。楽園のためを思って誇りを持って仕事をしています」

「はっ、失礼しました」

二人はまた敬礼の姿勢を取った。ウォータは息を吸う。

「それでは報告します。――イオは、過去から来たエンシェです」

城の玄関ホールは水を打ったように静まり返った。

静寂の中、ヒサメは三年前を思い出していた。それは真夜中の事だった。まだうつらうつらしている王テンキュウを起こし、向かった部屋には多くのケビイシが集まっていた。ブルーシートの上にやけに頭が小さく、手足の長い生命体が置かれていた。六、いや、七等身はあった。それは血を流していて、少し固まったそれが顔にこびりつき、グロテスクだったのを覚えている。エンシェの見た目のそれは、聞けば、クルマと呼ばれる大昔の乗り物に乗ってガラス温室に突っ込んだそうだ。タイムマシンという言葉が脳を巡っていた。

それは理科大臣のもとに送られて処分されるという流れになっていたが、その前に楽園の生命係のコピーが現れてそれを黒の塔に持ち帰る運びとなった。

「イオは千年前、イオールの雲以前の時間移動の科学者、伊尾と同一人物であり、なんらかの手段でトイロソーヴの体を手に入れて今まで楽園に暮らしてきたようです」

コピーによってトイロソーヴの体を手に入れたのだということは、ヒサメにはすぐに予想がついた。

「イオはイオールの雲をはじめとする、歴史の分岐点における重要人物の一人です。イオは再びタイムマシンを造り、過去に帰ろうとしています」


イオが扉を開けると、目の前に王城の外見に似合った畳敷きの部屋が現れた。一番奥の少し高くなったところには椅子が一脚置いてある。イオたちと椅子の間のふすまはすべて開いており、部屋はだだっ広い。

「よく来たね」

椅子に悠然と腰掛け、足を組んで頬杖をついたファイが言った。服は着替えてあり、新たな白いワイシャツと、しわのないスラックスを履いていた。

「俺は王の座に興味はない。お前の間違いを正しに来た」

ルートは口上を切った。

「僕は君を倒し、楽園の王になる」

イオはルートの横に進み出て言う。

「仲間内で目標に相違が?」

ルートは無表情のまま聞く。イオは首を振る。

「いや。君たち兄弟がわかりあった後、僕は王になる」

「目標を複数持ちすぎると身を亡ぼすよ」

「じゃあ、今は君たちの和解に全力を注ぐだけだ!」

イオが叫ぶと同時にルートはペンを抜いて飛び出した。その瞬間、ファイとルートの間を隔てるようにふすまが勢いよく閉じて進路を塞ぐ。それとほぼ同時に、イオと仲間たちの間にも敷居がないのにも関わらずふすまが出現し、一人一人を分断した。突如として狭く塞がれる視界。二枚で一間(ひとま)のふすまに四方が囲まれて、正方形の部屋に閉じ込められたような状況になる。

「みんな!大丈夫か?!」

イオはみんながいた方向のふすまを開けた。ふすまを開けると、また同じようなふすまで囲まれた狭い空間が現れる。そこには誰もいない。

「どこだ?ローレン!ルート!セトカ!サミダレ!イルマ!」

イオは叫んで適当なふすまの柱を叩いて、耳を澄ましてみるが、どこからも返事がない。かすかにチリーンという風鈴の音がした。イオが振り返ると、部屋にセトカが立っていた。

「セトカ。ここにいたんだ、会えてよかったよ。みんなのことは見かけた?」

イオは話しかけたが、セトカは黙ってうつむいているだけだった。

「イオ、やっぱりやめない?」

セトカは不意に口を開く。

「え?」

セトカはイオの方を見る。

「伊尾がタイムスリップする前の時間に戻って天原に謝ったとして何になるの?奏の脳はそのままなんだよ?それに天原だって今更謝られて友達に戻ろうなんて言われても困るだけ。17歳の夏に戻ろうよ」

「な、なに言ってるんだよ急に。僕は27歳の頃に戻ると決めたんだ。奏の脳はどうしようもなかったんだ。僕らは科学の粋を集め、頭脳のすべてを使って全力でやりきった」

セトカは首を振り、イオに一歩近づく。

「今までは理解できない存在、まったくちがう化け物みたいに扱われて天原は傷ついていたはず。それなのに急にまたやり直せるわけないよ。ウザいって。奏の脳を治す以外のことでは何も生み出さない。イオが奏のためだけに開発した時間移動の技術はイオールの雲を引き起こして世界を壊したんだよ?イオは世界を壊したんだ。壊してまで望んだものを諦めるの?諦めて友情を取るの?馬鹿らしいとは思わないの?」

「壊した世界は27の時代に戻ったってやり直せる。天原にそこで謝りたいんだ」

セトカの姿が一瞬揺らいだかと思うと、次の瞬間、イオは床に倒れ、頬すれすれに日本刀が突き立てられていた。セトカは刀を振り上げ、次の攻撃を放とうと構える。イオは慌ててペンを抜き、剣に変えて応戦する。刀を交えてすぐにわかる。()()()()()()()()()()

「僕は決めたんだよ」

イオは素早くステップを踏み、セトカの姿をしたものを真っ二つに斬る。その瞬間、問が頭に流れ込んでくる。数学の基本的だが、ものすごく本質を問う難問だ。イオの周りを囲むふすまに文字が現れる。四択の問題らしかった。

「なるほど、こういうテストか」

斬られたセトカは一瞬青白く光って消えた。

「セトカなら、もっと迷いのない美しい太刀筋だ」

イオはふすまの余白を使って計算を始める。やがて解き終えたイオは正解と思うふすまを開けた。そこにはまた、同じような見た目の部屋が続いていた。


「みんな!どこ?」

ふすまが急に出現し、パーティーのメンバーが見えなくなってセトカは叫んだ。しかし、返事は聞こえない。適当なふすまを開けようと手をかけたとき、チリーンと澄んだ風鈴の音がした。振り返るとそこにはイルマが立っている。

「イルマ!無事?」

イルマはうつむいている。

「セトカ。君はカンペイ君のことをどう思っているの?」

「カンペイ?どうして急に?」

たじろぐセトカにイルマは一歩近づく。

「君は君のことを好いてくれている男の子をほったらかしてリコボを出てきたよね。それって、すごく不誠実なことだとは思わない?」

「カンペイにはカンペイの仕事がある。私は私でこのパーティーで王にチャレンジするって決めたんだよ」

「本当にそう?最近、電話もたまにしかしないしぎこちない。今年は冬まつりもいっしょに行かなかった。君はどこかで少し不満に思っているはず」

「遠距離は実らないって言いたいの?カンペイはわかってくれてる」

「君はお互いの都合を優先したいと思っているくせに、相手が自分の都合に合わせてくれないのを、それによって連絡の機会がなくなっているのを不満に思っている。連絡をとる頻度が少なくなってきたことに対して、それなら二人が恋人同士という肩書であることに違和感を抱き始めている。私たち、恋人っぽいことしてないけど、恋人って肩書でいていいのかな?と。君は本当にカンペイ君を好きなの?」

「そ、れは」

「君はカンペイ君の都合を尊重してるよね。カンペイ君が君の知らないところで何をしてるのか、誰と話しているのか、気にならないの?気にならないんだね。興味がないんだ。無関心だ。不誠実だ。君は恋人よりも、自分のことのほうが大事なんだ。相手のことを縛れないのも、自分が縛られたくないからだ。嫌いじゃないという感情のことを好きとしてカウントすることで現状を許容しているだけ。本当は嫌いじゃないという感情だけじゃなくて、好きじゃないも同時に持っているくせに。不誠実だ」

イルマはペンを短剣に変え、セトカにとびかかる。

「好き同士ならなんでも縛りあうの?ヒトにはヒトの数だけ付き合いのあり方がある!」

セトカはペンを刀に変えて応戦する。これは、イルマではないとわかる。これは、城の試験会場が、いや、私の心が作り出した虚像だ。パーティーのメンバーにはカンペイとの関係を詳しく話したことはなかったはずだ。

「好き同士なら縛りあっても平気、縛りあってしかるべきという考えをもってるのは君でしょう?そうじゃなきゃ、今の現状に不満は持たないはずだよね。付き合っているなら恋人っぽいことをしなくちゃ、それは恋人である必要はない。恋人っぽいことをしないならその肩書はただの行動を制限する重り。君の愛の定義は所詮、相手を嫌いでないこと、なんじゃないの?その定義での証明に、彼は納得しているのかな?」

「違う。違う違う違う!」

セトカが刀を振り回すと、イルマの姿は青白い光となって消えた。ふすまに解答の選択肢が現れ、頭に問が流れ込んでくる。基本的な数学の問題。

膝に手をついて息を整える。ちらりと問題が目に入り、暗算で即座に答えは出る。

「……愛の定義なんて今はわかんないよ。でも、定義がなくても証明はできる。仮定するんだよ」

セトカは天井を仰いだ。

「背理法でも、証明できるのかな……」

セトカはふすまを開ける。


「閉じ込められたな」

サミダレは冷静に部屋を見渡すと、みんなと切り離すかのように出現したふすまを調べた。その時、チリーンと風鈴の音がして振り返ると、ルートが立っている。

「お前は本当は弟のことを本当の弟だとは思っていないな?」

「なんだ、急に。今は王とのチャレンジ中だ。シグレのことはどうでもいいだろう」

ルートは続ける。

「お前の弟はBb9というロボットによって生み出された。お前は必死に弟だと自分に言い聞かせているが、心から信じられてはいない。お前は弟をきっかけに、弟だけでなく、トイロソーヴという存在へ不信感を持っている。ロボットにも生み出せてしまう命。それなら俺たちはいったいどういう者なんだろう?この狭いカプセルの中で生み出され、何十年か生きて死に、リサイクルされてまた新しくなって生き、死ぬ。なんて空しい」

「空しいものか。自分は自分の弟として生まれてきたシグレを、パーティーの仲間と過ごすこの日々を大切に思っている」

「イオが王になれば、王になって手に入れた力で、このパーティーは解散するぞ。空しくないお前の日常はそれで終わるんだ。お前はそれを寂しいと思っているはずだ」

「終わりのない出会いなんてない」

ルートがマントにすばやく手を入れてピストルを取り出そうとする。サミダレはその一瞬に反応し、ペンを弓に変え、マントから銃身が出切る前にルートの眉間を射た。ルートの姿は青白く光って消える。

「お前はもう、戦う時にピストルは使わない。ペンで戦えるようになったんだ」

サミダレはペンを戻す。

「生きていれば、きっとまた出会えるさ」

問が頭に流れ込む。国語の問題だ。ふすまに選択肢が現れた。


「これは困ったなぁ」

イルマは四方をふすまに囲まれ、頭をかいた。かなり近くに立っていたはずのメンバーの姿もないので、一人一人がこの狭い部屋に別々で閉じ込められたとみていいだろう、とイルマは思った。すでに試験は始まっているのだ。

チリーンと風鈴の音がして目の前にサミダレが現れた。

「みんなとはぐれちゃった。どうやら王様の試練はこういうタイプみたいだね。まあ、会えてよかった。一人より二人の方が心強いからね。どうしたの、そんなに怖い顔してさ」

「二人の方が心強い、か。本当は自分のことなどどうでもいいと思っているんだろう」

サミダレはイルマに一歩近づく。

「急にどうしたの」

「葬儀屋の仕事は汚れ事(けがれごと)。死んだヒトの遺体を黒の塔に持っていく。誰にも頼れない個人事業な上、同業者に先を越されないように日々、命の動向をチェックする。そんな目でヒトを眺めるあなたの周りからヒトはだんだん去っていく」

「そんなこと、両親から家業を継いだ日に覚悟してた。葬儀屋はこの楽園に必要な仕事だし、誇りを持ってやってる」

「あなたが最初にやった葬儀は両親の葬儀だった。葬儀屋をよく思っていない者に殺された両親を弔い、黒の塔へ運んだ。家業を継ぐなどというのは表面の建前で、本当はすべてどうでもよくなった結果の自暴自棄だ」

これは、私の心が見せる虚像だ。イルマは悟る。しかし、温かいものが頬を伝っているのは止められなかった。

「そうだね」

イルマは腕で涙を拭った。

「全部どうでもいい。それは、私の中の孤独が叫び出した悲鳴なんだよ。今だって世界はどうでもいいことばっかりだ」

イルマは片方の口の端を吊り上げるようにしてにっと笑った。

「でも、笑っていけばいいじゃん。生も死もどうでもいいなら、どうせなら生きててもいい。くだらないことを笑って、踊って、面白そうなことにどんどん首突っ込んで生きてくよ。今はさ、最高に面白いことに巻き込まれてるんだ。邪魔するものは倒していくよ」

イルマのペンは銃に変わってサミダレの胸を撃ちぬく。銃口からゆるやかに立つ煙を鋭い息で吹き飛ばすと、頭に理科の問が流れ込んでくる。


「本当に白を切り続けるつもりですか?ローレン」

ローレンは目の前のイオ、いや、イオの姿をした何かと向かい合っていた。ローレンのペンは、青白く光る鋭利な剣に変形してある。

イオの姿の何かがこちらに近づいてこようと足を踏み出すのが筋肉のわずかな動きで分かるので、ローレンはイオの一歩よりも早くそれと逆方向に足を踏み出す。二人は正方形の狭い部屋でとれる最高の距離を保ったまま部屋をゆっくりと回り出す。

「10年前の落雷からあなたの頭の中に、他の人物が棲んでいるのは自覚があったはずです」

イオの口調はいつもローレンに話しかける口調だった。冬まつりのあの日の、恋焦がれる女の子に向かって話しかけるような口調ではない。

「それが、イオさんの言っているカナデってヒトですか」

「僕はカナデを愛していたんです。あなたに会った瞬間にわかった。あなたはカナデなんです。あなたも本当はわかっていたんでしょう。地下に続く道の前で、最初に僕に出会った時から!」

ローレンの手が震え、手に握っている剣の光が危なっかしく点滅する。ローレンは小さく首を振る。

「違います。私は、私は……」

私もわかっていた。会った瞬間にわかった。頭の奥で、記憶がこのヒトだ、とはっきり言った。

「愛しているんです。どうしてわかってくれないんですか?」

イオのまっすぐな視線がローレンを刺す。その、切なさをいっぱいに溜めた美しい瞳が胸をかき乱した。イオといる時間が長くなればなるほど、その説明のしようがないような感情は確信に変わっていったのだった。剣が手の中でペンに戻る。

「私だって会いたかった」

ローレンは膝を折る。イオはローレンの前に膝をつき、抱きしめる。

「愛してる。ずっと言いたかったんだ」

イオはそっと体を離し、ローレンの目を覗き込む。

「綺麗な目だ。……ねえ、君は僕のことを愛してくれているのかな」

ローレンはイオの口を塞ぐようにキスをする。イオの目は驚きで少し見開く。――そしてその体は消えた。

イオの胸を貫いた青白く光るペンは、ローレンの手の中でまたペンの形に戻った。

「愛してなんかないですよ」

ローレンは普段の表情に戻って、何気ない様子で立ち上がる。頭の中に問が流れ込んでくる。

「愛せるわけないじゃないですか。私は所詮、殺人犯のテロリストで、詐欺盗み犯罪で散々手を汚してきました。私はイオさんが愛したカナデさんの概念を汚したんです。カナデさんと私は同一ではありえないんです。テセウスの船は、一つでも粗悪な材料が混じったらもはや、そう呼ぶべきではないんですよ」


「お前は、ローレンじゃないな」

ルートは目の前に立つ虚像に言った。

「さしずめ、俺の深層心理が作り出した虚像というところだ」

「そうですね。ファイ様のテストはチャレンジャー一人一人に自分と向き合わせる方針のようです」

「葛藤で自滅を狙っているのかもな。手間が減るから、などという合理的な理由がいかにもファイらしい。それで、どうすればお前を倒してファイと話せるんだ?」

ローレンはくすりと笑う。

「あなたには今、兄のことをわかりたいこと以外に煩悩がなく、心にまとう()()()()も無いみたいです。だから私は特に仕事がないみたいですね」

ローレンはルートの前に跪いて頭を垂れ、白いうなじを差し出した。

「優秀な部下だからあまり倒したくはないんだけど」

「それだけですか?」

「いや。今は優秀な仲間だ」

ルートは剣に変形したペンを振り下ろす。問が頭に流れ込む。

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