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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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22 社会の塔

「ふぁあ~、おはよう……って、あれ?!」

名だ少し寝ぐせが残る髪をかき回しながら、あくびまじりに部屋に入ってきたイルマはぎょっとした。パーティー全員で朝食を食べる部屋に、ずいぶんと見慣れない姿がある。イオとサミダレ、セトカ、ローレンの他に、黒いフードを目深にかぶった少年がちょこんと座って、銀色の金属でできた義手でお茶碗を持っている。

「ルートだ。今日からパーティーに入れてもらう。よろしく頼む」

ルートは少しガスマスクを顎にずらして言った。

「あ、よ、よろしく」

あまりにあっさりと挨拶され、毒気を抜かれたイルマはいそいそとちゃぶ台を囲んで席に着く。

「さすがにこうなるとは予想してなかったよね」

セトカがイルマに言った。イルマは頷く。

「さて、これから僕たちは社会の塔を攻略しようと思うんだけど」

イオが話し始めた。まあ、R1のリーダーとはいえ、ガクは相当高いだろうし、塔を攻略するのに心強い味方であることは間違いない。

「ルートも協力してくれるよね」

イオが聞くとルートは頷く。

「ああ。モンダイと戦うのは始めてだが、これからペンとかもそろえるつもりだ。ファイに会ってちゃんと話をするためには、この楽園のルールにのっとって王にチャレンジすることが一番確実で近道だ」

「こりゃ、かなりカオスな面子のパーティーになってきたね」

イルマはつぶやいた。


それから一か月後、7月に入ったころ、イオたちパーティーは社会の塔の前に立っていた。メンバーはイオとローレンとルートとサミダレの四人だ。大臣へのチャレンジで、パーティー戦を選択する場合、モンダイを解く条件は、そのパーティーのメンバー全員が解法を理解するということが必須条件となる。その分野が得意なメンバーがいて、他のメンバーにうまくそれを伝えることができればチャレンジクリアの可能性が広がるが、その分野が苦手なメンバーがいると足を引っ張ってしまうことも予想される。パーティーのリーダーはもちろんすべてのバッジ取得の大臣へのチャレンジに参加することが必要だが、それ以外のメンバーは、得意分野に応じて変更は可能だった。今回、社会の塔を攻略するにあたっては、数学や理科の理数系が得意分野であるセトカとイルマは参加しないということになった。

社会の塔は北ブロックの主要都市、ルリノテカンの真ん中に位置している。ルリノテカンの周りは砂漠が広がっていて、風で飛ばされてきた砂の粒子のせいか、高い塔の上の方は霞んでいるように見えた。

塔の中に入ると、受付がある。受付カウンターにいる男性に声をかけ、チャレンジしたい旨を伝えると、受付の男性は予約を確認し、奥の階段を指示した。

「あちらの階段で最上階まで上ってください。それでは頑張ってください」


最上階には重厚な扉があって、イオが扉に手をかけると、社会大臣のセイムの声がした。おっとりした落ち着いた女性の声。

『ようこそ、社会の塔へ。試験のルールを説明します。扉を開けたら試験開始で、試験時間は一時間。ジャンルは社会のすべて。大きなモンダイが一問あり、それを解けばあなたがたの勝ちです。大きなモンダイ以外にも、そのモンダイを見えやすくする小問がいくつか用意されていますので、解きながら大きなモンダイに挑んでください。すでに申し込みのときに同意書にサインしてると思いますが、これは学園のテストではないので、試験時間内はいかなる怪我やトラブルがあっても試験を中断しません。ご承知おきください。それでは、知識の粋を存分に発揮してもらおうではないですか』

イオが扉を開けると、目の前にはまるで中央ブロックの城下町のような風景が広がっていた。イオが扉を閉めると、扉は壁の色に融けて見えなくなり、再び外に出ることはできなくなった。

イオは辺りを見渡す。中央ブロックの城下町に似てはいるが、それではない。日本の明治時代あたりの風景を再現しているのだ。港に近いらしく、大きな外国船が停まっているのが見える。

国語の塔のときは猛吹雪がモンダイであったが、今回はそういう仕組みではないらしい。ルートの体調を考えてもありがたいことだった。

「とにかく、大きなモンダイを探すために、まずは小さなモンダイを探して手分けして解いていこう。この塔でははぐれたりすることはなさそうだし」

イオは言った。

「手分けするのがいいと思いますけど、二人一組で行きませんか?20分後にまたここに集まって解いた問題について共有するのがいいと思います」

ローレンが言った。

「そうしましょう」

イオとルートは港のほうへ、ローレンとサミダレは街の方へ行くことになった。

イオとルートは並んで周囲を見渡しながら歩いていく。

「イオはローレンと話すときに敬語なのか?」

ルートは唐突にイオに尋ねる。

「え?まあ、そうだね。なんとなくだけど」

「なぜだ?年齢だとしたらイルマだって年上だろう」

イオは少し考える。

「うーん、ローレンが敬語だからかな。それに、彼女には失礼なことをしたくないんだ」

「あいつの敬語は地下という厳しい環境で、R1の実行犯や、地上での地位のある犯罪者になるにあたって必要に駆られて身に着けたものだ。癖みたいなもので、別にそこに敬意とかはこめていないと思う」

イオは少し笑う。

「敬意とかはなくてもいいんだ。昔からそうだった、あのしゃべり方が気に入ってる」

「昔から……?」

「なんでもない」

その時、視界の端で何かが動いたような気がしてイオはさっとそちらに集中する。船の上に人影がある。イオはペンを剣に変形させて、船と船着き場に渡された板を駆け上がる。ルートもすぐにペンをピストルに変えてイオの後を追う。

甲板には着物を着た女性が立っていた。朱色の髪に朱色の瞳、髪はきっちりと結い上げて、顔の横にぶら下がった髪飾りが揺れていた。社会大臣のセイムだ。セイムは振り返る。その手には機関銃が握られている。

問が頭の中に流れ込んできた、と思った瞬間、その機関銃が発砲される。二人は転がってそれを避ける。甲板にある遮蔽物になりそうな物影に隠れて様子をうかがう。

よく見ると、セイムの姿は煙のように少し青白く揺らいでいる。本人ではなく、本人の姿をしたモンダイなのだ。おそらくあのセイムを倒すことが小さいモンダイを解くことなのだ、と二人は理解する。二人は視線を交わし、小さく頷いた。

二人は一気に物影から飛び出すと、ペンをピストルに変え、セイムを攻撃した。

「見えた!結び目!」

ルートの声に導かれるように結び目がイオの目にも見える。セイムの銃弾を躱し、イオはその結び目を正確に撃ちぬいた。セイムの姿をしたモンダイは消えた。

息をつく暇もなく、船の中から別のセイムの姿をした小さなモンダイがぞろぞろと現れ始めていた。

二人は船内を駆け回りながら出てくるモンダイを見逃しがないように撃ちぬいていった。

「まずい、約束の時間を過ぎてる」

マストを上りながらイオはつぶやく。ルートは船室で戦っていた。マストの上の見張り台に一体モンダイがいる。それを素早く撃ちぬいてイオは高い所から待ち合わせの場所に目を凝らした。

「何?」

見ると、街の方はいつの間にか砂漠になっている。さっきまであった建物はあたかも海水浴場の砂浜に作られた砂の造形物のように砂に変わっていた。驚くイオの手元でも見張り台の手すりが砂に変わっていった。

「まずい!」

イオが気付いてマストを伝って降りようとしたが、砂に変わるスピードのほうが速かった。砂になったマストは崩れ、イオは砂になった甲板に落下した。

「イオ、大きいモンダイが現れた!」

砂をかき分けながらルートが叫ぶ。小さなモンダイを解き切ったということだった。待ち合わせ場所付近の砂が大きく盛り上がり、セイムの姿をして、頭に鹿のような角をはやした化け物が現れた。ガトリング砲を抱えている。問が頭に流れ込んでくる。

「行こう!」

二人はそのモンダイに向かって走り出す。走っていると、向こうからローレンとサミダレも走って来るのが見えた。ガトリング砲による銃弾を避けながら走る。おしとやかな顔をした着物の女性がガトリング砲をぶっ放している光景はなかなかに恐ろしかった。

モンダイで聞かれていることの真意がわかっていれば銃弾を躱すことはそこまで難しくはない。四人は一気に距離を詰め、息のそろった攻撃を叩き込む。砂の巨像は崩れ、青白く光る大きな結び目があらわになる。

「答えは、これだ!」

イオはピストルで正確に結び目を撃ちぬいた。結び目がほどける。大きなモンダイを解くことができたのだ。

「残り13分。チャレンジクリアです。おめでとうございます」

どこからかモンダイではない、本物のセイムが上品に拍手をしながら現れた。


「おめでとうございます。バッジはこちらです。有効期間は四年、次の王のチャレンジが終わるまでとなります」

受付に戻ってきた三人の前に受付の男性は小さな小箱を差し出した。小箱の中には社会の社の字をかたどった銀色のピンバッジが入っていた。

イオとルートは目を合わせてお互いににっと笑いあった。

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