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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
12/172

12 授業開始

登校して掲示板を確認するとイオの成績は果たして61点だった。不可寄りの可といったところだろうか。イオは前回の教室に向かう。今日は早めに黒の塔を出たので、遅れることはなく、教室の席は十分に空いていたのだが、イオは一番後ろの壁際の席に腰かけた。

「さて、本日はみなさんのクラスも決まったことですし、履修登録について説明します。ここでは、決められた範囲内の授業をすべて履修し、最終試験で合格することで進級できます。担当教員に直接話をすれば最終試験をすぐに受けることもでき、その時点でその授業は履修済みという扱いになります。これから各授業の担当教員から説明がありますので、手元のプリントをよく見ながら最終試験のタイミングを決めてください」

ランタンが話を終えて、教壇を降りる。イオはプリントを見た。3組は、国語、数学、理科、社会、総合の五教科の座学と実技、体力強化、ペン活用法、政治歴史という科目をとらなくてはならないらしい。

ランタンに合図され、上衣まで真っ黒の袴を着て、長い黒髪を一つに結び、肌だけが透き通るように白い女性が登壇した。生徒たちは色めき立つ。「やべ、超美人じゃん」とイオの隣の男子が耳打ちしてくる。

「スイウといいます。国語を教えます。遅くとも来年までには全員の国語の塔のバッジ取得を目指してもらいます」

スイウはそこで一同を見渡した。そしておもむろに腰に挿したペンを引き抜いたかと思うと、それは彼女の手の中で見る間にピストルの形になった。

「私はペンを銃に変化させることを専門にしています。もちろん、浮かれた気分で授業に参加すると……」

銃声が耳元で響いた。思わず体が硬直する。おそるおそる首を横にひねると、イオと隣の男子の間を通っていった銃弾が壁にめり込んでいた。スイウが銃口から上る煙にふっと息を吹きかけると瞬く間にピストルはまたペンの形に戻った。

「死にます」

「……手品?」

イオは口の中でつぶやいた。スイウは表情一つ変えずにそのまま降壇した。イオがもう一度弾痕を見るとすでにそれはなくなっていた。

次に登壇したのはスラックスにワイシャツで、茶色の髪の男性だった。

「みなさんこんにちは、アズキです。私は数学担当で、専門は剣術全般です。さっきのスイウ先生はちょっとおっかないけど根はやさしい人だから、がんばって授業受けてね。私の授業でも目標は来年までに数学の塔のバッジ取得です。勉強以外の相談にもどんどん乗るから気軽に話しかけてくださいね」

アズキのおっとりした話口調に銃声で張りつめていた教室の空気が多少和んだ。

そして、その後も何人かの先生が登壇し、自己紹介をした。

「以上の先生方が教科担当です。そのほかの授業はクラスごとで異なりますがすべて私、ランタンが担当します。本日のオリエンテーションは以上です。午後からは本格的に授業を始めますのでプリントに記載されている教室に集まるように。なお、3組のみなさんは学園内統一試験の一週間前までは教科の授業がありませんのでご承知おきください。それでは解散してください」

3組はどうやら一番下のクラスということで間違いなさそうだ。イオは小さく歯ぎしりした。


「それでは講義を始めます」

この学園は午前に2限、午後に3限、そのあと補習や、自主トレーニングの時間である6限目が設けられている。3限目はペン活用法だった。ランタンは黒板にペンの絵を描いた。

「みなさんは今日ペンを持っていませんね。ペンを使うよりも先にペンとはなんたるかを学習して、特性を理解したうえで使ってもらいたい。ペンとはズバリ、ガクを操る道具のことです。これを武器と形容する人もいますが、私はやや幼稚ですが、魔法の杖に近い道具だと思っています。ガクはモンダイを倒すためだけのものではないことを忘れないでください」

ランタンは黒板にガク、ヤルキ、ネバリと書いた。

「モンダイを解くのに必要な三要素です。皆さんは卒業までにこれら三つをバランスよくのばしてもらいます。一つ目のガクとはつまり学力です。これがなければモンダイを解くことはできません。皆さんはいままで紙の上でしか勉強をしてこなかったでしょうが、高等学校では実際に具現化したモンダイと戦う力をつけなければいけません。それがここ楽園の本当の学問なのです。学問に一番優れた人がこの楽園を治める王となれるのです」

「問題の具現化?」

イオがつぶやくとランタンはそれに答えた。

「はい。チャレンジャーの公開試験を見に行ったことがある人はどれくらいいますか?毎年秋にチャレンジャーが王に挑戦する大会があるのですが、そこでは王がモンダイを出し、それをチャレンジャーが解けるかどうかを対決します」

クラスの半分くらいの生徒が手を挙げた。

「対決では二人はどんなことをしていましたか?」

ランタンは手前の少年を当てた。

「ええと、三年前の最終対決を見たのですが、チャレンジャーはペンを変形させて、なんだか、舞踊のような舞を披露していました。王はそれを見ていて、時々チャレンジャーになにか問いかけていました」

「チャレンジャーは何かと戦っていましたか?」

「いや……そんなふうには見えませんでした」

「ふむ。チャレンジャーが宙に向かって技を繰り出していたように見えたのは単にあなたのガクが対決中の二人に及んでいなかったというだけのことです。モンダイとはある程度ガクがなければそれをモンダイだと認識することもできず、モンダイが見えないのです。モンダイとは具現化します。もしも彼にそのときガクがあったなら、額に大きな角を持つウマのような化け物が見えたはずです。それはチャレンジャーに襲い掛かって今にも食ってしまおうと牙をむきだしているのが」

少年はひっと息を呑んだ。

「モンダイは鍛えれば具現化させることができます。そしてそれをみるにはガクという力が必要なのです。まあ、作るのにも必要ですがね。今からあなたたちにも簡単なモンダイを見せましょう」

ランタンはおもむろに手のひらを教卓の上にかざした。ふいに陽炎のように教卓の上の空気が揺らいだかと思うと、青白い光が現れて徐々に像を結んだ。

「あなたの名前はなんですか……?」

イオは思わず口にする。その瞬間、くっきりと光は定まって、教卓の上にウサギくらいのサイズの見た目は仔馬、いや、ポニーのような生き物と目が合った。

「みんなに見えましたか?答えは簡単でしょう。私の場合、答えは『ランタン』です」

ランタンが言うと、ポニーはまた陽炎のようにゆらぎ、糸がほどけるように宙に消えた。

「わかりましたか?あなたたちが今後試験という場に行ったときにするのはこの、モンダイを解く作業です。今のモンダイは簡単すぎたし、回答の形式や条件、方法は定められていなかったので口頭で言えば解くことができましたが、試験では回答方法が定められています。そう、ペンを使って解くことです。さっきのモンダイより強力ですばやく、大きなモンダイの場合、そのモンダイを深く理解し、正解をあばき、真実を突かなくてはなりません。そこでペンを武器に変形させて、モンダイをバラす必要があるのです」

武器に変形?イオは先ほどのスイウにピストルで撃たれた時のことを思い出した。

「さっきのスイウ先生がお見せくださったあのペンの変形です」

ランタンは腰から自分のペンを抜いてスイウがやったようにピストルの形にして見せた。

「ピストル以外のものにも変形が可能です。このように」

ランタンがピストルを軽く振るとそれはすらりと長い日本刀に変わり、一振りすれば鞭になり、見ているうちにモーニングスターに変わった。

「あなたたちは教科、戦うモンダイによって適切な武器を選び取り、戦うことを覚えていただきます。そこで必要なのはヤルキです」

ランタンは黒板をコンコンとたたいた。

「ヤルキはペンを変形させるエネルギーのことです。日ごろから鍛えておかないといざ試験のときに発揮できなかったり、長期戦のときに切れてしまったりします。そこで、もう一つヤルキの強化と同時に強化しなくてはならないのはネバリです。これはヤルキによって変形したペンをその状態に保っておくための力です」

ランタンはモーニングスターから短剣にペンを変形させた。そして右手で握っていた柄を左手に持ち換えた。そのとき、なにか透明なねばついたものがランタンの右手から糸を引いた。

「これがネバリです。これも日ごろから訓練しておかなくてはならないものです。さて、ここまでモンダイを解くための重要な三要素を話してきたけれども、何か通して質問は?」

イオは手を挙げる。

「ピストルの弾はどこからきたのですか?」

「いい質問ですね。あれはガクです。モンダイに干渉できるのはガクだけ。みなさんはヤルキによって変形させてネバリによって維持したペンにガクを纏わせることでモンダイをバラす。ガクはモンダイをバラす力はありますが、人体をバラすことは今のところできないので、さっきのあの場で弾があなたの額に命中していたとしても、あなたは救急搬送くらいで助かったはずです」

いや、救急搬送はだいぶ大けがだと思うが?それに撃たれるとしたら、僕じゃなくてとなりのヤローなんですけど?イオは言いたいのをなんとか我慢してうなづいて手を下ろす。

「さて、他に質問もないようなので、3限目の講義はこれでおしまい。少し早いけど次の授業の準備の時間にしてください。以上解散」


4,5時間目はぶっつづけで体力強化の授業だ。渡された胴着に着替える。

「集まりましたか?授業を始めます」

担当の先生はまたしてもランタンだ。3組に教科の授業がない以上、必然的に一日中すべての時間でランタンが担当ということになる。

「先生、4限目開始時刻までまだあと20分ありますが……」

生徒の一人が聞くと、ランタンは一蹴した。

「訓練がしたくないものは帰るといい。チャレンジャーの自覚が足りません。あなたたちはすでに大勢の同世代のチャレンジャーに遅れています。この学園の1、2組の同輩だけではないのです。2、3、4年生の先輩、卒業して独立したチャレンジャーたち、大臣志望の学生……。とにかく、本当に強いチャレンジャーになりたいもの、王になりたいものだけが訓練を受けるように」

一同はしんとした。ランタンはため息をついた。

「精神から叩き直さなくては良質なガクはもちろん、ヤルキもネバリも身に付きませんね。学園外周を30周走ってきてください。それが終わったら私のところに報告に来るように。この二時間が終わるまでに走り切るのを目標にしてください。始め!」

「は、はいっ!」

生徒たちは慌てて走り出した。な、なんだよこれ?開始半周でやや息が切れかけているイオは心の中で悪態をついた。こんなの精神論、根性論じゃないか。時間が早いことを指摘しただけでこんなことを言うなんてパワハラもいいところだ。ていうか僕はここに勉強しに来たんだぞ……。

24周と半分を走ったところでタイムリミットが来た。

「終わりにします。30周に達したものは一人もいなかった。この残りは宿題としておきますので、各自走るように。解散」

すでにあたりは薄暗くなっていた。イオの脇腹は20周を過ぎたあたりからすでに限界を迎えており、視界は朦朧、頭はキンキンと痛み、足はパンパンにむくんでいた。

何とか足を引きずるようにして課題を終え、黒の塔に帰るやいなやイオはベッドに倒れこみ、死んだように眠った。

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