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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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3 冬まつり

「イオ、今日は冬まつりみたい。今日くらいは早めに修行を切り上げてお祭りを楽しもうよ」

セトカは打ちあがった昼花火を窓越しに見上げながら言った。ペンの手入れをしていた。暖房のついた部屋にはセトカとイオとイルマがそれぞれ勉強や作業をしていた。

「いいね!祭は大好き。お酒がたくさん飲めるし」

セトカの横で専門書を読んでいたイルマがすぐに返事をした。

「ああ、冬まつり?うーん、どうしようかなあ」

イオは勉強の手を止めることなく生返事をする。

「イオ、一度パーティーを解散させたこと、忘れたの?あんまり根をつめすぎてもいいことないよ。それに、新しく入ったローレンさんとコミュニケーションを図るチャンスかも」

「ローレンと?」

セトカは頷く。イオがパーティーに入れたいと熱弁するのでローレンをパーティーに入れることを了承したが、正直まだ不安だった。彼女は話しかければ気軽に返してくれるし、勉強も教えてくれる。いいヒトであることはわかるが、イオを殺そうとしたこともあり、R1で殺し屋をやっていたらしく、まだ完全に信頼することはできていなかった。そして、パーティーには入ったものの、なんだかイオとローレンのやり取りが、どこかよそよそしいというか、気まずそうな雰囲気の時にたびたび出くわしていた。絶対二人は何かあった。セトカの勘がそう言っていた。

「そうだよ。何事もまず、相手のことを知ろうと歩み寄らないとね。サミダレも誘って5人で飲みに行こうよ」

「いや、そうじゃなくて」

イルマが言ったが、セトカは大きな声で遮った。

「イオとローレンさん2人で」

イルマは口の端を少し吊り上げるように笑う。目がすうっと細くなった。「なるほどね」とつぶやく。

「そう、2人で。お祭りの場なら普段話さない事とか、いろいろ腹を割って話しやすくなるんじゃないかな。イベントの特別感に後押しされて、ちゃんと話せるかもしれないよ」

イルマもイオに言った。セトカは驚いた顔でイルマを見るが、イルマは余裕のある表情でセトカに目配せするばかりだ。

「……まあたしかに。ここのところずっと修行や勉強ばかりだったからたまには街に下りてお祭りを楽しんでみるよ」

イオはやっと握っていたペンを置いた。


雪を踏みしめる音が近づいてきて、ローレンは的を設置しなおす手を止めた。すでにたくさんの的を穴が開きすぎたために交換していた。

イオだった。普段修行している間に着ているジャージではなく、わりとよそ行きの服を身にまとい、コートとマフラーをしていた。

「今日は冬まつりだそうです。一緒に祭に行きませんか?」

「二人でですか?」

ローレンは辺りを見回したが、イオ以外のメンバーの姿は見えなかった。日が落ちてきて少し暗くなってきていた。

「そうです」

「それは、まあ……いいですけど」

ローレンは動揺を押し隠しながら言った。あれからと言うもの、イオのことがまともに見れなくなってしまった。イオに対する、今までで感じたことのないような変な感情が胸の中に巻き起こって、どうにかなってしまいそうだった。

「じゃあ、行きますか」

「はい」

二人は並んで山を下りた。ローレンはどれほどイオとの距離を保っていればよいか測りかねてそわそわした。前まで自分はいったい、このヒトと並んで歩くとき、どんな距離感で歩いていたんだっけ?足を埋める歩きにくい雪も、気にならなかった。

「そういえば、前に一緒に山を下りたときはスキーで下りたんですよね」

イオがふと懐かしむように言った。一年前の話だ。

「スキー乗れないくせにスキーで行こうって提案して、直滑降に滑り落ちていきましたよね」

「乗れないってことはなかったですよ。あんな足に着ける板、単なる移動手段なんですから、あんまり凝った技術なんか必要ないんです。私はちゃんとイオさんより早く駅に着けましたし」

イオは笑う。

「事故るんじゃないかとすごくひやひやしました」

「コツはつかんだので、今乗れば、去年よりももっとうまく乗りますよ」

ローレンは少し頬を膨らませるようにした。

「私は運動神経も、物覚えもいいので」

イオはまた笑った。


ジテルペンの街は、赤と緑と金に飾り付けられていて、夜だと言うのにどの通りも明るかった。たくさんの屋台が並んで、人々が笑い声を交わしあっている。

二人は並んで通りを歩いた。

「この前、追いかけっこになったのはここですね」

ローレンは言った。ローレンとリタがイオに拳銃を突き付け、バッジの箱を奪って逃げた現場だった。

「あの時、何も知りもしないのに汚いぞ、なんて言ってすみませんでした。あのカンニングはルートのためだったんですよね」

「気にしてませんよ。あの時のイオさんの行動に、なんの悪いところもありませんでした。私も悪いことをしているつもりはありませんでしたし」

「この世界で善悪を語るのは難しいですね」

ローレンは頷く。

「そうですね。もしかしたら、この楽園にはどこにも、本物の悪役なんていないんじゃないでしょうか。善とか悪じゃなくて、違いが、ただ違いがそこにあるんです」

「ルートとファイが分かり合えないのも、違いのせいですよね」

「はい。きっとそうです。――イオさんは、ギフテッドを信じますか?」

イオは立ち止って上を見上げた。冬の冷たい空気が鼻腔に入って来る。

「昔は、僕は信じていました。この世には一生かかっても追いつけないほどの、完璧な知能を生まれながらに持っている人間が存在する。でも、僕はある出来事の後からその認識を改め始めました。ギフテッドはいるかもしれない。でも、ギフテッドも人間で、その脳は、行動は、すべてが完璧なんてことはありえなくて、間違いだって普通に犯すんです。彼らも人間で、きっとどこかに分かり合える共通項が存在すると思うんです。僕は完璧なギフテッドは信じません。でも、不完全で、人間的なギフテッドなら信じています」

ローレンはかみしめるように深く頷いた。

「ファイ様は、ギフテッドだと思います。一方、双子でありながらルート様はギフテッドじゃなかったんです。きっとお互いが違い、分かり合えないことが、二人にとってとても苦しいものだったんじゃないかと思うんです」

分かり合えないという苦しみはやがて爆発し、真っ赤な化け物となって、楽園の中心である城を破壊した。

「あなたをあそこで殺せなかった私は、きっとルート様からは失望されていると思います。でも、私はルート様に今、手を差し伸べたい。きっと今、孤独と一人で戦っている。今まで私はあくまでも個人的な願望のために彼に協力してきました。ビジネスパートナー、それ以上でもそれ以下でもなく、お互いの大事なところには決して踏み入らない。イオさん、あなたに今言ったところでどうともないことはわかってます。でも、今、助けたい。あなたに助けられた日からそう考えるようになったんです」

伊尾は過去の自分を思い出す。圧倒的な天才に置いて行かれる、相手理解できない苦しみは経験したことがあった。

人生には必ず、向き合わなくてはならない問題があるとどこかで読んだことを伊尾は思い出す。その問題は向き合わない限りどこまででも追ってきて、人生の要所要所で必ず現れる。宿敵のようなものだ。今がその時なのかもしれない、と伊尾は思った。背を向け、否定し続けた痛みに、今向き合うときなのだ。天才だって間違う。それをちゃんとわかっていたなら、天原と少しは分かり合えたのかもしれない。

「ルートに話をしに行こう」

ローレンは少し顔をほころばせた。


「さて、覗きはこれくらいにしておこうか」

イルマは建物の陰から頭だけ出してローレンとイオの様子をうかがっているセトカとサミダレの首根っこをつかんだ。

「イオはホントに目の前のヒトを放っておかないね」

セトカは少し苦笑しながら言った。

「ローレンさんだから協力するのかもしれない」

サミダレは神妙な顔で言った。

「とにかく、私たちはそれに全力で協力するだけだよ。この楽園の中のトップクラスにガクが高いヒトたちがこれからもずっと兄弟喧嘩を続けてたら、伊尾が過去に帰った後もおちおち暮らせないと思うし。ファイ様とルートの問題は誰かが解決しなくちゃね」

セトカは言った。

「私たちは酒でも一杯ひっかけて帰ろっか」

「未成年です」

声を合わせて拒否されたイルマは唇を尖らせて不満そうに一人で酒屋に入っていった。

残されたセトカとサミダレはこの寒いのに屋台でかき氷を買って食べた。セトカは一口目でもう頭がキーンとしてくる。

「なんでかき氷なの?」

「好物なんだ」


「せっかくだし、何か食べませんか。温かいものとか」

イオは屋台を見渡す。

「あ、おでんとかありますよ。たこ焼きとか、甘酒もおいしそう」

ローレンはイオのコートの袖を引っ張った。

「あれがいいです」

ローレンはまっすぐにある屋台を指さした。


ローレンは大きく口を開けて真っ赤なりんご飴に歯を立てる。

「思ったより、硬いですね」

そう言って笑った。街の明かりがりんご飴のつやに映っている。

イオはその光をぼんやりと眺めていた。夢の中にいるみたいな感覚だった。

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