2 曲がっておる
ローレンは雪の中、静かな道場で弓の練習をしていた。静けさを切り裂いて弦音が響き、一瞬後に、矢が的を突き破る小気味よい音が響く。
「イオが決めたことだ。自分は賛成する」
サミダレはシグレに言った。二人は、イオのパーティーに新しく加わったローレンの修行の様子を道場の上から雪に這うようにしてこっそりとうかがっていた。
「ローレンは腕がたつガクシャでもあるし、イオの目標である、王に近づくのにも都合がいい。お前も去年の様子を見たことがあるからなんとなくわかるだろう?悪い奴ではないんだ」
「兄さんが決めたのなら反対しないよ」
シグレは言った。
「わしは、あの娘に対する見方を少し間違っていたのかもしれんな」
声が降ってきて二人が振り仰ぐと、灰色の装束に身を包んだ老いた忍者がそこにいた。二人の祖父であった。
「おじい様、どうしてここに」
「わしは一年前、あの娘を見たときに、一目見て強烈な違和感を感じた」
灰色の忍者はシグレの質問には答えずに話し続けた。
「まるで、心というものがすっかり嘘で塗り固められ、自分の中に本来なくてはならないはずの筋というか、骨というか、弓の道をやっているお前らならばわかるはずだ。修行によってまっすぐにひたすら強く太くしていく、自分の根幹ともなるものじゃな。背骨のようなものじゃ。それが、それはまあ今まで見たことがないほどぐちゃぐちゃに歪んで、曲がっているように見えたのじゃ。どんなふうに生きてきたらそこまで曲がった根幹で生きていられると驚いた」
サミダレは一年前、ローレンとイオが初めて祖父と対面したときの出来事を思い出した。祖父は、ローレンの顔を見るなり、「曲がっている」と言ったのだった。
「しかし今は、ただ曲がっているのとは少し違うように思う。自分の中で、いくつかの、本来相反するはずのものがそれぞれまっすぐを目指した結果、どうしようもなく曲がってしまった。そんな風に思えて仕方ないのじゃ。修行を怠り、怠けた結果に生じた歪みではなく、精一杯何かを目指した結果に、皮肉にも曲がってしまったように見える」
「どういうことでしょうか?」
サミダレは聞いた。
「あの娘は、曲がってなどおらぬ。大丈夫じゃ」
灰色の忍者は踵を返した。
「自分も修行に励みます」
サミダレは立ち上がって頭を下げた。
灰色の忍者がいなくなってしばらく兄弟はローレンの弓の練習を見ていた。
ポン、という何かが晴れるするような音がいくつか聞こえて二人は見晴らしの良い場所に移動して山から街のある盆地のほうを見下ろした。色のない花火だ。今夜は祭だという合図の号砲だった。昼花火の煙が空から薄く消えていく。
「そういえば今日は冬まつりだ」
数週間前城が崩壊し、楽園は地下地上問わず混乱状態なので、冬まつりは中止の方向で進み始めていたが、今まで冬まつりが開催されなかった年はなかったし、こんな状況だからこそ、楽園中のヒトがまつりを望んでいた。少しでも明るい気分になりたかった。毎年、城のダンスホールで行われるダンスや、城下町の商店街での大規模な飾り付けなどはないが、それぞれのブロックごと、一か月遅れたスケジュールでそれぞれ小規模に祭を開催するという運びになったのだった。アメの一族が暮らす山のある西ブロックでは、中心都市のジテルペンで例年とそう変わらない規模で開催されるそうだ。
「兄さんは行ってきなよ。きっと楽しいよ」
シグレは言った。シグレはアメの一族の族長なので山から下りることはできないのだ。
「なにか土産を買ってくる」
サミダレは言った。サミダレも、今まで一度も祭に参加したことはなかった。