55 ファイ
「俺に会うためにここまでするとはね」
ファイは抑揚のない声で話した。無表情が不気味に見えた。
「兄に売られた喧嘩を弟が買いに来ただけだ」
ルートが言った。二人とも口調は極めて静かだったが、部屋は一触即発の空気が漂っていた。こうなった背景はわからないが、双子はお互いを強く憎みあっていた。全く同じDNAを持つ二人が、こうしてにらみ合っている。先日、これ以上ないほど仲の良い双子を観た後だったので、イオは胸が痛んだ。
「喧嘩なら今すぐにでもやりたいところだ」
ファイはちらりとローレンとイオの方を見る。
「が、お前は効率を求めすぎる。俺に用があるなら俺以外の用事は済ませてから来るというのが礼儀ではないのか?」
「それもそうだ。少しこの用を片付けてもいいか?」
ファイは何も言わなかった。ルートはそれをよしと判断したらしく、ローレンの方を向いた。
「ローレン、これからは俺たちエラーズの時代が来るんだからお前はちゃんとR1でしっかりとした地位を守らなくてはならない。R1幹部に示しをつける約束だった。今から外に出てイオを殺せ。それがラジオでしっかりと放送されたのを確認した時、各ブロックに配備したR1幹部が四つの塔を爆破する」
「了解です」
ローレンはイオの襟首を引っ掴んで部屋を出ていく。ファイは黙ってその様子を見ている。表情はピクリともしない。
「や、やめてください!ちょっと、ファイ様もなんとか言ってくださいよ!僕が殺されたら楽園の四つの塔も爆破されてしまうんですよ!王としてそれは止めなくていいんですか!」
一人の人間が目の前で殺されようというのに何も言わない王にイオは取り乱しながら叫ぶ。
「構わない。俺は別にこの城にも、塔にも執着はない」
ファイは言った。
「なっ!?」
イオはローレンに引きずられて外の庭に面した回廊に連れて行った。庭の中、イオたちのいる場所と同じ高さのところにラジオ塔の最上階が見える。ローレンはすうっと息を吸い込むと叫んだ。
「いい夕です!R1に告ぐ!今からここで、R1の最大の敵、イオを処刑する!処刑終わりと同時に作戦を決行せよ!」
ローレンの声は庭に響き渡り、空気はびりびりと震える。イオはその迫力にぶるりと全身が震えた。
庭で戦っていたヒトたちはみなローレンとイオに注目した。庭にいたR1からは、「ローレンさんだ……。すごい。初めて見た」「イオ?よくわからないけどR1の敵なのか」「やれ!敵を取ってくれ!」などという声が上がる。ケビイシやチャレンジャーはその状況を見て、慌てて本丸の方へと何人か駆け出すが、R1に取り押さえられる。
「イオ!くそっ、やはりローレンはR1だったのか」
サミダレはつぶやき、ペンを弓に変形させる。
「イオが捕まってる!」
セトカとイルマはラジオ塔の最上階からその姿を見とめて小さく悲鳴を上げる。赤髪の青年はマイクを持って窓際まで走り、身を乗り出すようにしてローレンの声や、音を拾おうとマイクを空中に差し出す。
ローレンはイオを盾にするように掲げて立たせ、ペンを抜いて、刀に変形させる。サミダレはローレンを狙うが、イオに中ってしまう可能性が高く、なかなか矢を射れない。
「やめてください!R1の仲間を殺したのは僕じゃないんです!これはパフォーマンスだ!あなたたちのやりたいこととは違う!差別をなくしたいんでしょう?僕を殺すことではなにも解決しない!」
庭でそれを見ているR1たちはイオの叫びを聞いて、顔を見合わせあった。「確かに……。イオってやつは一体何をしたっていうんだ?」「俺たちが欲しいのはただ平等だ。どうしてイオを殺さなきゃいけないのかわからないな」ざわめきが広がっていく。ローレンの行動は、R1幹部にとっては意味のある行動だったが、その下の平のR1たちにとってはよく知らされていない、妙な行動のように映った。
「黙ってください。これ以上しゃべると舌を切り取ってから首を落とすことになりますよ」
ローレンはイオに膝をつかせて下を向かせた。イオのうなじがむき出しになる。
「やめて!お願い!」
セトカが叫ぶ。
「ローレン、やれ」
ルートの声がする。
ローレンは刀を大きく振りかぶる。サミダレは矢を放ったが、ローレンの髪を結んでいたリボンを吹き飛ばしただけで、外れた。ローレンの長い髪がふわりとほどける。
イオは目を瞑った。ここまでか。斬首した後って、しばらく感覚が残るんだっけ。いやまず斬首刑で首を完全に一発で落とすのは相当の力と技が必要だから、たいてい一発では首が落ちずに死ねないんだっけ。やばい、じゃあ相当痛いな。ローレンは結構腕の立つガクシャやっていたし、ペンの使い方も熟練だからうまく切ってくれるのかな。斬首に関するあれこれが頭の中を駆け巡る。
刃が空を切る音がする。
「奏っ……」
長い時間が経ったかのように思えた。ああ、意外と痛くなかったな、とイオは恐る恐るぎゅっと瞑っていた目を開けた。ん?目を開けた?目の前には回廊の床があって、少し視線を上げると庭が見下ろせた。庭にはたくさんのR1とケビイシとチャレンジャーがいて、全員こちらを見ていた。誰もしゃべらない。音が聞こえなくなったかのようだった。イオはさらに視線を上げる。ラジオ塔が見える。ラジオ塔の最上階にはセトカとイルマがこちらを見ていた。二人も何も言わず、ただ驚いた様子でこちらを見ていた。イオは恐る恐る振り返った。ローレンの握る刀はペンに戻っており、イオの首筋のすぐ上で寸止めされていた。イオが振り返るとローレンの震えた手からペンがごとりと落ちた。ローレンは目を見開き、顔は血の気が引いて真っ青だった。