53 ルートとの対話
地下の薄暗く細い路地で、イオは十分に距離を縮めたところでフードの男にとびかかって組み伏せた。フードが脱げる。灰色の髪に灰色の目をした少年だった。15、16歳ほどに見える。ガスマスクを着けていて、片方の目はつぶれてほぼ見えなそうだった。顔や首のところどころから人工的なチューブが皮膚を突き破って体の中に出たり入ったりしていて、かなりグロテスクな顔をしていた。カンテラは少年の手から離れて音を立てて転がった。
「お前は誰だ?」
イオが怒気をはらんだ声で聞くが、少年は黙ったままで何も言わない。
「目が欲しかったのか?子供に代わりにやらせるなんて最低だ!おい、何か言えよ!」
カチリ、と背後で金属の音がしてイオは動きを止めた。追いかけるのに必死で、背後にいる誰かに気付けなかった。後頭部に硬くて冷たいものが押し付けられるのを感じる。
「動かないでください。撃ちますよ」
女の声がした。イオはゆっくりと両手を顔の位置まで上げた。その手をつかまれ、手錠を掛けられる。さるぐつわをかまされ、頭から黒い袋をかぶせられる。
「叫んでも誰も来ません。私の言う通りに歩いてください」
イオの下に押し倒されていた少年が這いだすのがわかる。服をつかまれて乱暴に立たせられる。
「まっすぐ歩いてください」
イオは何度曲がったか覚えておこうとしたが、道順を覚えられないよう攪乱のためか、目的地まで遠回りしているようで、自分がどう歩いているのかすぐにわからなくなった。
どこかのビルの中に連れていかれ、部屋に入って椅子に縛り付けられた後で頭から袋が取り払われた。蛍光灯の光がまぶしい。目の前にはフードをかぶった少年がいる。
「イオ。君には会いたかった。俺はルート。R1のボスだ」
後ろにいる誰かによってさるぐつわがはずされる。顎が少し痛い。
「君はR1のメンバーを殺したという濡れ衣をかぶってもらったね。申し訳ないが組織の安定のためだったんだ。感謝している」
「僕を拉致して何が目的なんだ?組織の安定のためメンバー全員の前で僕を打ち首にでもするつもりか?」
ルートは笑った。
「違う。最終的に君はそうなるが、今は違う。もっと個人的な話がしたくてここに来てもらった」
「個人的な話?」
「そうだ。俺は君と個人的な話がしたい。あの牛丼屋に君のギモン解決屋に依頼するように仕向け、君の目の前で依頼主の目をえぐらせる。君をおびき出すための計画だった」
「僕がお前を追いかけたのは、シゲという男の子に会ったことがあったからだ。その他の子だったらあんなに我を忘れてお前を追いかけたりせず、他の野次馬と同じように突っ立っていたかもしれないじゃないか」
「その時はその時で別の計画があった。君を仲間たちから引き離し、君だけを誘い出す計画が。でも実際には、何も凝ったことをせずとも君は仲間を振り切って俺を追いかけてくれた。実にうまくいったよ」
イオは椅子に縛り付けられた自らの体を観察する。かなりきつく縛られていて自力での脱出は難しそうだった。
「本題に入ろう。俺はこの楽園のシステムを正すためにR1のボスをやっている。地下には今の楽園のシステムがおかしいと思うやつもいるし、ただ力や若さを発散させたがっているやつもいる。そういうやつはバカだが、使える。俺はそいつらを集めてR1という組織にすることで操り、世直しをしようとしてきた」
「その手段がテロや犯罪なのか」
イオは時間を稼ごうと言葉を返した。ルートは肩をすくめた。
「テロ?今までに俺がメンバーにテロリズムをしろ、と命令をしたことはない。勝手にやっただけだ。正直、地下に教育の機会を!とか、地下のヒトは金がないからよこせ!とか、そういう今の状況を一時的に変えるような欲求まみれの行動では、根本的解決にはならない」
「じゃああんたは何を命令してきたんだ?なぞなぞ様の一件はあんたの指示じゃなかったのか?」
「あれはR1という肩書を得て喜んでいたただの馬鹿な連中の馬鹿な行動だ。俺はなぞなぞ様をR1のものにしたいわけでも、なぞなぞ様のスピリチュアルな伝説を信じてその力で王城をどうにかしようとは思っていない。むしろ、その馬鹿どもを始末するように命令した」
イオの後ろに立っていた人物が回り込んでイオの目の前に立つ。声からして予想は出来ていた。茶色の髪にピンク色の透き通った瞳。ローレンだった。無表情でイオを見下ろしている。ルートが指令を出し、ローレンが直属の実行犯のようだ。
「ローレンがその仕事をやってくれた」
「そして濡れ衣を僕に」
「そうだ。たまたま近くにいたし、犯行を見られてしまっているかと思ったからだ。でも、俺はその前から君を知っていた。君に濡れ衣をかぶせなくてはならなくなったときはその偶然を呪った。本当は君に濡れ衣をかぶせるのは嫌だった」
「今更言われても遅いよ。かなり迷惑を被った」
「君は、前王のテンキュウが王をやっていたころ、知識祭に王城に忍び込んでいたな」
「?」
急に知識祭のことを言われてイオは混乱する。
「なぜテンキュウの城に忍び込んだ?なぜ知識祭を覗こうとした?俺のしたい個人的な話というのはそれだ」
「な、なぜ急に去年の知識祭のことなんか聞くんだ」
「なぜって、テンキュウを暗殺したのはローレンで、それを指示したのが俺だからだ。俺は知るべきだ。もしお前も俺たちと同じ考えを持って王城に忍び込んでいたとしたら俺たちは同士として協力しなくてはならない」
ぞわりとイオの腕に鳥肌が立つ。ローレンは無表情でイオを見ているばかりだった。イオは王城に忍び込んだときに見つけた秘密の通路や、王の自室に落ちていた長い髪の毛を思い出した。
「か、隠し通路を作ったのも……?」
「ああ、それも見られてたんですか」
ローレンが口を開いた。
「隠し通路は大昔からあったやつを使っていただけです。王様との密会のためにはあの通路は欠かせません。あの通路を使ってこっそりと王に会い、少しずつ関係を築いて距離を縮めたんです。王に戦争を始めるよう唆したのも私です。戦争が起これば楽園は混乱する。混乱した地下の人々は団結や、身を守るために信頼できる大きな組織を自然と必要とするようになりますから。用済みになった王は暗殺しました」
ローレンは無表情で言う。ピンク色の目には冷酷な光が灯っている。
「私は知識祭のときも王城にいたんです。あなたたちが門番をトイレに隠すなんていう杜撰な犯行をしたのに、そのことが一切ニュースにならなかったのはおかしいと思いませんでしたか?私が隠ぺいしたんです」
そうだ。あの日、イオとセトカは地下の知識の泉のある部屋まで下りていくために、その部屋の前に立つ二人の門番を叩きのめして気絶させ、その制服を奪って、伸びた二人の本物の門番をトイレに隠したのだ。城から帰ってきた後はエネルギーの形態の発見に気を取られて、その後ニュースになっていないことにあまり違和感を感じる暇もなかった。確かに、気が付いた門番が賊が入ったことを報告すれば、イオたちに疑いがかかるということはないかもしれないが、ニュースの一つにはなってもおかしくなかった。
「王の暗殺に、仲間殺しか。そういえば数か月前、国語の塔でカンニングもしていた。それがお前たちの世直しのやり方か」
「すべては今日の日のためだ」
「カンニングはなぜやったんだ。ローレンはカンニングの必要がないほどガク力を持っているはずだ。まさか、ルート、あんたのためにやらせたのか?」
ルートの表情に嫌悪が表れる。
「馬鹿にするな。何も知らないくせに善悪を勝手に自分の基準で評価するな」
ルートは自分のマントをまくり上げた。日光を知らない生白い肌と、太ももの真ん中ほどから下すべての両足の義足。足と義足の連結してある部分からは絶えず血が流れ、皮膚が炎症を起こしているのか、包帯が何重にも巻き付けてあった。グロテスクな見た目にイオは思わず目をそらしてしまう。
「俺は少なくとも現国語大臣のキリサメよりはガクはある。キリサメのテストが俺に合わなかったというだけだ。国語の塔では吹雪の中戦わなくてはならない。もうわかっただろ。ノーマルズはよく、平等と公平を取り違える」
ルートの義足は金属でできており、吹雪の中で戦えば金属は冷え、足との連結部をひどく冷やしてしまうだろう。常温の今でさえ、絶えず炎症している傷口を抱えての戦いは無茶と言わざるを得ない。
「すべてのヒトは違うのに、共通のルールに押し込めてはみ出し者を排斥する。これが君たちノーマルズのやってきたことだ。君たちはガクのないもの、能力のないものを努力の足りない怠け者として、自己責任と言い、差別してきた。それが平等だと。平等に機会は与えているのにお前たちが怠けるからそんな状況なのだと、いつまでも地下のレベルは低いままなのだと。それは持つものの傲慢だ。自分たちの生き方に沿った勝手な思想だ。ちっとも公平でない。俺たち持たざる者は、俺たちR1はこれを変える。殺人やカンニング、戦争を唆すことが悪だと君は評価するが、それだって君の勝手な思想だろう。さあ、イオ、答えろ。君が王城に忍び込んだのはなぜだ?答え次第では命を助けてやらないこともない」
イオが城に忍び込んだのは城の地下に眠るエネルギーの形態を見るためであって、テンキュウの命を狙うなどという目的は全くなかった。
「R1全員で城のラジオ塔を占拠することが、お前たちの言う根本的解決なのか?」
「話を逸らすな。あの日、テンキュウを殺す意図はあったのか?楽園のシステムに反感を持っていたのか?」
「こんなのは世直しじゃない。エラーズの差別は良くないと思うけれど、……だからってこんなテロみたいなやり方は良くない」
「殺す気はなかったんだな!?」
ルートは声を荒げた。
「……」
ルートは大きな声を出したせいか、ガスマスク越しに小さく何度か咳き込んだ。
「よし、お前がなぜ城に忍び込んだのかは知らないが、お前が俺たちに協力する気はないということはわかった。ローレン、こいつを運べ」
「!」
イオは身をよじるが、ローレンが近づいてきてまたさるぐつわを嚙まされ、黒い袋をかぶせられた。