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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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51 エラーズお断り

依頼の入った店は、王城にほど近い飲食街にある小さなレストランだった。電話をかけてきた女性とその夫の二人の中年夫婦が切り盛りする、少し古くはあるが、感じのいいアットホームな店だった。女性はミカと名乗った。黒い髪に紫色の目をしていて、店のエプロンと三角巾に身を包んでいる。メニューは開店当初から変わらずに、牛丼や、その他定食を提供している。店の扉にはコピー用紙に手書きの文字で大きく『エラーズお断り!』と書いて張り出してある。終業して店を閉めた後なので、店内に客はいない。奥の厨房では夫のほうが皿洗いをしている。

「なるほど……。三人のエラーズの方があそこの席に座って、牛丼を注文したんですね。そのヒトたちの特徴がわかれば、そのヒトたちを探して直接もう来ないようにお話させていただく、というのもできるかもしれません」

イオとセトカはミカと向かい合ってテーブル席に座り、話を聞いていた。サミダレとイルマは少し離れたところに立って話を聞いている。

「はあ?特徴?そんなのわかんないわよ。視界に入れるのも我慢ならないんですもの」

「そ、そうですか。でも、それだと解決には少し遠回りに……」

「なによ、もっといろいろ方法はあるでしょ?どうして私のせいで解決が遠回りになるみたいな責任転嫁をするわけ?」

「いや、決してそういうわけでは」

ミカの威圧的な態度にイオとセトカはややのけぞるようになる。

「おばさんがぶちギレだした。苦手なんだよね」

イルマはサミダレに小さく言って、その場から退散、とばかりに厨房の方へ向かう。

「どこへいくんだ」

サミダレもイルマの後を追って厨房に入った。厨房では、ヒステリックな妻とは対照的に穏やかな雰囲気の夫が黙々と皿を洗っていた。

「私になにか……?」

夫は顔を上げる。イルマはその夫の隣に立つとごく自然な手つきで自分も皿を洗い出した。

「旦那さん、名前は?」

「ロクです。あの、手伝いは別に大丈夫です」

「いいから。ロクさん、奥さんについて話を聞かせてよ」

「ミカについてか?ああ、誤解しないでくれ。あいつは最近エラーズが地上に出てくるという法律ができてからというものちょいとカリカリしているが、本当は優しいやつなんだ。ただ少し、臆病なところがあるだけで」

ロクは優しい声でそう言った。

「ミカさんはエラーズのことを怖がっているということですか?」

サミダレが聞いた。

「まあ、そうだな。妻とは学生時代に結婚したんだが、そのころはエラーズ、特にR1というチンピラの集団の勢力が地下にははびこっていてな。やつらは何を目的につるんでいるのかわからないが、地下でタバコ、酒、ギャンブル、おっかない金貸しみたいなことをやって生計を立てているごろつきだ。妻は学生時代にエラーズの集団に絡まれて怖い思いをしたことがあるんだ」

「怖い思い、とは?」

「エラーズのやつらはよく、体の一部が生まれつき無かったりするだろう。それをよこせ、みたいに迫られたそうだ。今でも時々その悪夢を見てうなされている」

イルマはエラーズの間で取引されている臓器売買や、身体売買、寿命取引の話を思い出した。葬儀屋の仕事で時々エラーズの死体を引き取ることもあったので、そのような話を聞いたことがあった。昔のことはいざ知らず、最近ではエラーズとノーマルズがそのような取引をすることは滅多になく、エラーズはエラーズ同士で取引をしていることがほとんどだ。双方の合意のもとで成立した取引ならまだましだが、一方的に体の一部を奪われて無残な状態になったエラーズの死体を回収をしたこともあった。エラーズは基本的に地下から出ない、という暗黙の了解があるために地上の治安が守られ、地下の治安が悪化していったのだ。現王が施行した法律は、地下と地上の治安のバランスを同じくらいにならすもののようだ。

「店にやってきたエラーズの人は、何かミカさんに失礼なことをしたのですか?」

ロクは首を振った。

「いいや。ただ隅っこの方の席に座って、おいしそうにうちの看板メニューを食べて帰っていったよ。両腕のないヒト、おそらく全身の毛がないヒト、目の見えないヒトの三人だったかな。全員、その体の特徴を目立たなくするためかフード付きのマントをかぶっていてね」

「そうですか」

「私はエラーズのみんながみんな悪い人であるとは思っていないけれど、妻はエラーズ全員が怖く見えてしまっているんだ」

「たしかミカさんは、法律の取り下げを訴えるグループで活動しているそうだね」

洗い終えた皿を布巾で拭きながらイルマが言った。

「そうだ。王城の前でデモや呼びかけ、ビラ配りなんかをしているみたいだ。数日前ニュースになった事件でも妻は現場に居合わせたみたいだ」

「ニュース?」

イチの一族の別邸から西ブロックの山にやってきたばかりでバタバタしていて、イルマはここ数日ラジオを聞いていなかった。

「中央ブロックで起きた事件ですよね。活動グループがスピーチをしているときに喧嘩が起こって通りかかったエラーズが一人死亡したってニュース」

サミダレが言う。イルマは顔をしかめた。

「誤解しないでくれ。妻はそのグループでそのときまさに演説をしていてそれを目撃はしたが、人殺しには関わっていないんだ。暴徒化したグループのメンバーが、たまたま通りかかったエラーズを馬鹿にするような発言をして、もみ合いの喧嘩のようになったらしい。死んだのは顔面が奇形の若い女の子だったそうだ。罪のない女の子が巻き込まれて死んだことについては妻もショックを受けていた」

ロクはすがるように弁明した。

「その活動がなければ罪のない通行人が死ぬことはなかったじゃん。ミカさんがそんなグループに所属し続けていることにロクさんは何も言わないの?」

イルマは憤りを隠しきれずに言った。

「あの活動は妻にとって必要なことなんだ。世の中がこのままじゃ、いつのなったら妻は安心して寝られる?王が今までのように楽園の秩序を戻してくれるまでは妻はあの活動をやめることはできないだろう」

「……」

皿をすべて洗い、水滴を拭き終えると、厨房には沈黙が下りた。

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