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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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50 新たな依頼

雨漏りの音がする暗い部屋。

灰色の髪、灰色の目をした、そっくりな見た目の幼い少年二人が向かい合ってテーブルについていた。彼らの間には、一つのおむすび。お互いが向かい合って相手の顔から眼を離さないでいる。すでに二人は黙ったまま三時間こうして過ごしていた。一人の腹が鳴る。

「これで十回目だ。君は九回しか鳴っていないよね。俺はお腹が空いている」

すぐにもう一人のお腹も鳴った。

「俺も十回鳴った」

お互い譲るつもりはないようだった。

「じゃんけんをしよう」

一人が言った。

「おむすびはいつも1か0」

もう一人は提案に対して頷き、テーブルの下にしまっていた自分の右手を出す。

「最初はグー、じゃんけんぽん」

パーとグー。パーを出した少年は素早くおむすびをつかみ取った。

「待てよ」

グーを出した少年が声を上げた。

「パーはそりゃ、じゃんけんというルールの中ではグーより強いかもしれない」

少年はグーの手を出したまま立ち上がる。

「でも、喧嘩ならどうだ?」

おむすびを持った少年は呆れた、という風に肩をすくめる。

「それでも、パーのほうが強いさ」

少年はおむすびに勢いよくかじりついた。



「と、いうわけで、彼女にパーティーに入ってもらうことにしたんだ」

アメの一族の山に戻ってきたイオは、セトカとサミダレにイルマを紹介した。

「よろしくね」

イルマは二人と握手をした。

「しかし、私以外みんな学生かあ。てことは17、18ってところかな。私が一番年長ってことになるんだね」

そういえば、イルマはハルミの娘という設定にあたって20歳ということになっていたが、実際の年齢はどうなのだろう。

「私は23だよ。今年24になる。でもみんなタメでお願い。歳は上だけど、そこまで胸を張れるような歳の取り方してないし」

イルマは自然な動作で、テーブルに並べてあるイチの一族別邸から持ってきたワインを開けようとしたが、三人の視線に気づいて手を止めた。

「お酒は家で一人で楽しむとするよ」

「お酒強いんだね」

セトカが聞くと、イルマは頷いた。

「私の動力源だよー。あ、そういえばイオ君の実年齢は27なんだっけ?イオ君と飲むのもアリだね」

イルマにはセトカとサミダレにしたのと同じように、イオがエンシェであり、タイムマシンに乗って楽園にやってきた過去の人間であること、タイムマシンに乗ってまた過去に帰らなくてはならないこと、タイムマシンを動かすためのエネルギーが必要で、そのエネルギーを王城の地下のおそらくは植物から頂戴する必要があるということまで包み隠さずに説明していた。イルマは驚いたが、素直に信じ、面白い、と言ってすんなりと受け入れた。

「高級ワインはちょっと飲んでみたくはあるけど、この体なので遠慮しておくよ」

イルマはすでにイチの一族の別邸から持って帰ってきた指輪をいくつか売り払っていて、まとまった金を持っていた。イオにもジョンとジョナサンからもらった報酬があったが、イルマは指輪の半分をイオとパーティーのために譲ってくれていた。

「今回の依頼がうまくいきすぎて資金も仲間も増えたね。正直ここまでの成果があるとは思わなかったよ」

セトカがしみじみと言う。

「いろいろミスもしたし、トラブルや勘違いで大変な仕事だったけど、最後はなんとかうまくいった感じかな」

セトカはイオに目配せして言った。

「またその話くわしく聞きたいな。パーティーとか謎解きとか面白そう」

「そのうちまたゆっくり話すよ」

イオは言った。

「ところで、しばらく活動するのに十分な資金は得られたことだし、ギモン解決屋じゃなくて、本業のチャレンジャーの活動に力を入れないか?理科が得意分野の仲間も増えたから理科の塔のバッジを狙うというのも案だと自分は思う」

しばらく黙ってみんなの会話を聞いていたサミダレが言った。

「確かに。少しギモン解決屋の方は休業して今年度中にもう一つくらいバッジを集められたらいいね」

イオは賛同する。王にチャレンジする機会は四年に一度、王の人気が終わるタイミングで訪れる。今年の夏前に前王だったテンキュウが何者かに暗殺され、夏ごろに急遽新たにファイというヒトが現王の座についた。次のチャレンジの機会まであと三年と半年後と言ったところだが、早め早めを心掛けるに越したことはない。バッジをすべて集め終えた後、王との対決の練習をしなくてはならないのだ。

その時、電話が鳴った。セトカがすぐに出る。

「はい、お電話ありがとうございます。ギモン解消屋です」

セトカは三人の方をちらりと見る。

「これが休業前最後の依頼になりそうだね」

イオは言った。サミダレは頷く。

「私にとってはギモン解決屋としての初めての仕事ってことになるんだけど」

イルマは少しわくわくした様子で言った。

『ちょっと聞いてくださらない?本当に困ってるんですのよ!まあもう本当に頭に来ちゃう!まったくどういう思考回路ならそういうことができてしまうのかさっぱりわからないわ!私もう、日々日々最悪でハゲそうですのよ。健康被害だわ!王様も王様で本当、嫌になるわ!あなたもそうお思いになるでしょう?ああ、むかつく、むかつきますわ!』

電話口から甲高い声が途切れなくまくしたてて、セトカは思わず受話器を耳から離す。少し離れたところでその様子を見ていた三人にも、電話の向こうの客の興奮した声が聞こえてきた。何かに対してかなりキレているようだ。声からして中年の女性のようだ。

「あ、あの、お客様、どうなさいましたか?その、よろしければ事の経緯を追ってお話くださるとありがたいのですが」

セトカがまくしたてる声に負けないように半ば叫ぶようにしてその声を遮って言うと、やっと電話の向こうの客は落ち着いたようで、最初から話し始めた。

『ああ、すみません私ったら。つい興奮してしまって。でも、聞いてください。私もう我慢の限界ですのよ。私、中央ブロックのアルタキセルに住んでいるものですけれど、数か月前、新たな王様、ええと、ファイとか言いましたっけね。その、ファイ様が法律を作ったじゃありませんか。『エラーズも地下と地上を自由に行き来してもよい』。私は最初からこの法律には反対だったんですのよ。反対運動にももちろん参加いたしました。まあ、その活動の成果はまだなくて、忌まわしい法律がまだ世の中にのさばっているわけなんですけれども。今までは、嫌だなあとは思いながらも、王様の決定なので、我慢してきましたよ。でも、昨晩、本当に我慢できないことが起きましたのよ。それでどうしようもなく我慢できなくなった私は、こちらのギモン解決屋のチラシを見つけてお電話したっていう感じなんですけれど』

「はあ、なるほど。わかりました。エラーズの方と何かトラブルがあったんですね」

『そうよ。うちはアルタキセルの中でも特にメインの大通りと言われる場所で店を出して飲食店を経営しているの。うちの店は開店当初からエラーズの方お断りという看板を立てて営業しているんですけれど、先日、エラーズの方が数人集団でうちの店にずかずか入ってきたんですのよ。本当に迷惑なの。ねえ、おたくで、うちの店にエラーズが寄り付かないようにしてくれません?私、このままだと問患いになってしまいますわ』

問患いとは、知りたいという強い気持ちによってギモンが押さえきれずに暴走してしまうことであり、ただのイライラでは暴走しない。セトカは訂正しようとしたが、相手が聞かなそうなことを察して止める。

「エラーズの方がお店の不利益になるようなことを何かしたんですか?」

『そうって言ってるでしょ。うちの店はエラーズお断りなのに入って来るなんて、他のお客様がどれだけ不快な思いをすると思うの?とにかく、もう来ないようにしてほしいのよ。お代ならそちらの言う通りにお支払いいたしますから』

エラーズとのトラブル解決の依頼が来ること自体はこれまでも何度かあった。エラーズとは、地上で暮らすノーマルズに対して、地下に暮らすヒトたちのことだ。イオは今まであまり多くのエラーズと接してきたわけではないが、エラーズの多くは腕や足、内臓など体の一部に欠損があったり、視力、聴力などに障害をもつヒトが多い。生活レベルや所得水準も地上で暮らすノーマルズよりも平均的に低い。地下は勉強第一の楽園内でも、教育が充実しているとは言えない環境で、地下で生まれたヒトは地上で活躍するだけの力をつけることすらできず、地下で障害を暮らすというのが現状だった。ノーマルズの中には、エラーズを差別するような発言を平気でするヒトもいる。今回の客はどうやらその一人らしかった。

「わかりました。ご依頼内容は、お客様のお店に来店しようとするエラーズの方に、来店をやめていただけるようにこちらが交渉するということでよろしいでしょうか」

『ええ。永久にうちの店に姿を現さないように強く言っといてよね。また来るようなことがあったら仕事の手を抜いたってことでただじゃ置かないからちゃんとやってよね』

電話先の客がまた文句を垂れ流しはじめたので、セトカは慌てて遮り、必要事項や、店の場所を聞いて電話を切った。

セトカは思わずため息をつく。

「ギモン解消屋ってけっこう大変な仕事なんだね。いつもこうなの?」

イルマが若干引き気味で聞いた。

「いつもじゃないけど、ときどきこういうお客さんも来るの」

「こんなに堂々としたエラーズの差別って、すごく胸くそ悪いね」

イオは頷く。どの時代も、どんな環境でも差別は起きてしまうのだ。人間はみんな同じではないし、人間は自分と似たような人と集まっていたがる習性がある。自分と違いすぎる人と関わり続けていくのは疲れてしまうのだ。人は集団を作り、排他的になっていく。

「あまり気の進む仕事じゃないけど、やるしかないね」

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