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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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49 別邸最後の夕

「ユタカは来週退院するらしい。良家の間では進んで人助けをするよい人格者ということで株が上がったみたいだね」

書斎のソファーにゆったりと腰かけてワイングラスを傾けながらイルマが言った。黒の無地のTシャツにスキニーパンツという、ラフな姿だ。窓からは夕日が湖を照らしているのが見える。

病院から帰ってきた後、パーティーを中止し、イルマは実は良家のヒトではないことや、ハルミが独身だったことが発表され、客たちをすべて家に帰らせた。ハルミの兄弟たちやその家族はその発表を聞いて、嬉しいのか悲しいのか悔しいのかよくわからない表情をした。結局、なにかぶつぶつと文句を言いながらイチの一族の本館の方へと帰っていった。アカネは結局、イルマより多くの指輪をもらうことはできなかったらしく、歯ぎしりをしながら帰っていった。ジョナサンは入院しなかったので、ジョン、ジョナサン、イオ、イルマは帰ってきてそれらの仕事をこなし、多少の片づけをしてから各自部屋に戻って寝ることにした。パーティーのために雇ったスタッフやイオたちの世話係がその後の掃除をしてくれ、すべてを片付けてから帰っていった。

起きたときにはもう夕方になっていた。四人はだれからともなく書斎に集合していた。ジョンとジョナサンは少し照れくさそうに、でも幸せそうにソファーの隣同士に座っていた。

「それで、そろそろ私とイオ君はこの屋敷を出発するわけだけど、二人はこれからどうするの?」

「別にもう少しこの屋敷にいてもいいんだぜ」

「ジョンは許可出せる立場じゃないでしょ。発表を取り消してイルマはやっぱりハルミの子です、なんならハルミと俺の子ですって言ってくれるんなら喜んで残るけど」

イルマはいたずらっぽく片方の口の端を吊り上げるようにして言って、ワインを一口飲む。ジョンは笑った。

「お前がハルミの子なわけあるかよ。ハルミは酒がすげえ弱いんだ」

イルマは目を丸くし、やがて噴き出した。

「なあんだ。全然似てないじゃん」

「俺たちは掃除をして、それから自分の屋敷に戻る。お前がハルミの娘という設定だったから俺たちもこの屋敷にいれたけれど、もうそれは嘘だったと公表しちまったからな。俺たちのことを目を付けられないうちに逃げるよ。良家の連中は以外と恐ろしいからな」

ジョナサンは肩をすくめて言った。

「それは今回の件で重々わかりましたよ」

イオは笑って言った。

「指輪は全部持って行っていいぞ。そして、イオには俺たちから報酬を送る。ありがとう、世話になったな」

ジョナサンは言った。

「ええ、さようなら」

イオとイルマは屋敷の外に出た。


「君ももう帰っていいぜ」

ジョナサンが声をかけると、扉の陰からイオたちに挨拶やダンスを教えた世話係の女性が出てきてお辞儀をした。

「またなにかありましたら何なりとお申し付けください。ジョン様、ジョナサン様」

「ありがとよ。お前が友達でいつも助かるぜ」

ジョンも言った。

「友達というよりは腐れ縁の悪友、と言ったほうが正しいですが。いつも急に呼び出されるので私も大変なんですよ。今回は良家っぽい挨拶とダンスの指導でしたけど、相当骨が折れました。私はあなたたちと幼馴染ではありますが、ただの執事の家系の人間なんですから、良家の正式な作法を一から学びなおしです。こんな仕事はもうこりごりです」

世話係は姿勢を崩し、ため息とともに頭を振る。頭にかぶっていた頭巾を取ると、かなり年老いてはいるが、化粧でずいぶんと若く見せていたということがわかる。まさに美魔女だ。

「俺たちは今まで結構な数のいたずら仕込みをしてきたけど、やっぱり君ほど優秀でおまけに美人の何でも屋はいないね」

「またすてきな夕食をご馳走してくれるのを心待ちにしていますね」

世話係は少し肩をすくめるようにして言った。

「もちろんだ。次のデートはどこがいい?」

「報酬の受け渡しをデートって言うのもやめてください。あの世でハルミさんが泣きますよ」

ジョンは少し笑う。

「わかってるよ。じゃあな、エミリア」

「お互いあの世まで秒読み始まってるんですから、これからは私を必要とすることがないような穏やかな余生を送ることをおすすめします。お体に気を付けて」

エミリアは屋敷を出て行った。

「最後の、どういうことだ?もう俺たちとは関わりたくないってこと?」

ジョンがジョナサンに聞く。

「違うよ。またなんか面白いことをするときは呼んで欲しいから、それまでお互いくたばんなってことだよ」

双子は拳をコツンとぶつけ合った。


「屋敷での生活やパーティーも、まあまあ楽しかったね」

「はい。イルマさんはこの後どうするんですか?」

二人は山道を下り、駅を目指して歩き出した。

「私?私は葬儀屋を続けると思うよ。指輪を売ったら働く意欲もなくなっちゃいそうだけど、楽園に必要な仕事だからね」

「そういえば葬儀屋ってどういう仕事なんですか?僕はお葬式とか言ったことがないので」

「葬儀屋の仕事は主に二つだね。死体の運搬と、セレモニーの開催。楽園ではヒトは死んだらその死体はまた黒の塔に返さなくちゃいけないことになってるんだ。私は連絡を受けると死体を取りに行って、黒の塔まで運搬する。一体につきいくら、みたいに黒の塔から直接報酬がもらえる、浮き沈みは激しいけどまあまあ稼げる仕事だね。セレモニーは、死者を遺されたヒトが悼み、追悼する場所をプランニングして、そのヒトへの未練や執着にケリをつけさせてあげるような葬式を企画すること。葬式は遺族が前を向けるようにしてあげることが目的だから、カウンセリングとか、相談を受けたりもするよ」

「そうなんですか。イルマさんは葬儀屋以外にガクシャとかはやっていないんですか?屋敷で本を読んでいたじゃないですか。しかも、かなり深い知識をもっていないと読めないような本も」

「ああ、あれは趣味みたいなもんだよ。私、生まれたときからずっとこの南ブロックに住んでるし、理科は好きだったからね。でもガクシャにはならないよ」

イオは足を止めた。イルマは数歩歩いてイオが来ないのに気付いて振り返る。

「あなたの理科の知識のレベルは相当高い。――僕のパーティーに入ってくれませんか?」

「パーティーに?ドレスでダンスするほうじゃなくて?」

「違います、グループのほうの意味です。僕は、王にならなくちゃいけないんです」

イルマはイオの方に歩み寄ると、イオの眼鏡をはずした。

「そのパーティーっていうのは、訳ありの感じなのかな?」

イオは少し迷ってから言った。

「ええ、まあ、少し」

「君のような見た目のヒトのことをどこかで聞いたことがあるような気がしてた。君はR1のメンバーの殺害の容疑者だね」

「気づいてたんですね」

「うん、結構前からね。この一か月くらい、君をそういう疑いも少しありながら観察してた。私には君が殺人を犯したとは思えなかった。なんなら君はかなり魅力的だった。普通のヒトとは違う、庶民でも良家とも違う雰囲気」

「僕はやってないです」

「信じるよ」

「一緒に王を目指してくれませんか?」

イルマは「んー、どうしよっかなー」と口の中でつぶやく。そしてイオに手を差し出した。

「いいよ、なかなか面白そう」

二人は握手を交わした。

「ねえ、イオ君」

イルマは握った手をじっと見たまま言った。

「イオでいいですよ」

「じゃあ、イオ。君も私のことイルマでいいし、これからはタメ語でいいから。あのさ、ちょっとダンスをしない?」

「ダンス?パーティーで踊るほうですか?」

「それ以外に何があるのさ。せっかく練習したんだし、一回くらい踊っておこうよ。この山を下りる前に」

二人は手を握り合ったまま一歩近づいた。

「いいね」

夕暮れの湖には、二人の影が映っていた。

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