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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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47 謎解き

「イオ君?――どうして?」

イルマは鍵とイオを交互に見つめた。

「どうしてこんなに大勢ヒトがいる中で、しかも暗闇の中、私を見つけられたの?」

イオも鍵とイルマの顔を交互に見つめる。

「光が……そのドレスが光ったんです。直感だったけど、光を追った。そしたらあなたが」

指をさされてイルマは自分の黒いドレスの腕の部分を見る。はっきりとは見えないが、特殊な塗料が塗ってあるらしいことはわかった。

「僕の泊まっていたこの屋敷の部屋の天井には、この塗料と同じもので星座が描いてあったんです。そして、星座の中にメッセージが。『光を追え』と」

イルマははっとして目を見開いた。手のひらで額を抑える。

「わかった……全部わかった」

「何がですか?どうしてイルマさんがこの鍵を持っているんですか?」

「仕組まれていたんだ。私と君は今ここで運命的に互いを見つけ合わなきゃいけなかったんだ」

「はい?」

イルマはドレスの塗料がついているであろう所を指でこすって臭いをかぐ。

「この塗料はあまり長持ちするものじゃない。長くとも半年くらいで光る効果を失う。天井に文字があったと言ったけれど、それはきっとハルミが死んでからこの屋敷にやってきたヒトが書いたものだ。執事か?違う。執事が書いたとしたら、あの客用の部屋はもう少し掃除してあってもいいと思う。私がこの屋敷に来た時、ハルミの部屋、執事の部屋、食堂以外はあまりヒトが日常的に出入りしないからか掃除が行き届いてはいなかった」

「あの双子が書いたっていうんですか?僕らをここで会わせるために?意味がわかりません」

「ジョナサンだ。ジョナサンが私にこの鍵を持たせた。何を開けるための鍵かは教えてもらわなかったけど、今日が終わるまで肌身離さず持っているように指示されたんだ。ジョナサンは私にこの鍵を君から隠させ、君の部屋にはメッセージを書き、停電の状況も自ら作り出し、このタイミングで君に鍵を、いや、私を見つけるように仕組んだ」

食堂の入り口のドアがバタンと閉まった。誰かが外に出たのだ。

「書斎に行こう。今こそ鍵を使ってあの金庫の中身を見るときなんだ」

イルマは歩き出した。イオも混乱しながら後に続く。鍵を見つけるためにこのパーティーで僕は奔走したのに、イルマが鍵を持っていた?鍵を見つけるように僕に指示したジョナサンは、イルマに鍵を隠すように指示していた?なぜ?

会場を出ると二人はどちらともなく自然と駆け足になって階段を駆け上り、書斎に向かった。

イオはイルマから受け取った鍵を金庫の鍵穴に差し込んで回した。金庫やその鍵はは思ったよりもずいぶん安っぽい作りだった。二人は金庫の蓋が開くと同時に額を突き合せるようにして中を覗き込んだ。中には白い封筒の手紙が一通入っていた。封はされていなかった。イオは少しためらったが、手紙を開けた。

「『愛するあなたへ。あなたに公然と遺言を残すことができないので、こうして普通の手紙のようにして残しておきたいと思います。私が死んだあと、見てください。告白します。私はあなたをずっと愛していました。その証拠に、私は生涯だれとも結婚せず、結局子供もいませんでした。あなたとは友達だったからよく遊びに来てもくれましたし、おしゃべりもできて幸せでした。でも、私たちが友達以上だったらどれほどいいかという想像を私はいつもしていました。あなたの気持ちが私と同じかはわからないですが、愛していました。

愛をどんな時もあなたを見つけられること、と定義します。私は、あなたをどんな人込みからだって、どんなに遠くにいたって見つけることができました。あの日、あなたの手を取ったのは、計算からじゃないの。あなたを見つけたからなのよ。これで証明になっているかしら。私の気持ちを信じてね。ハルミ』……サインもあるし、本人が書いたとみて間違いなさそうだ」

イオはイルマを見た。

「ハルミさんに娘はいない……?」

イルマはゆっくりと頷いた。

「ちょっと待ってください。じゃあ、あなたはハルミさんの娘ではないですよね。何者なんですか?」

イルマが顎でソファーをさしたのでイオは腰かけた。イルマもその向かいに腰掛ける。薄暗い部屋の中でイルマのドレスが少し発光している。

「私はハルミにも良家ともなんの関係もない。ただの葬儀屋だよ」

イルマは淡々と告白した。イオはごくりとつばを飲んだ。本当だと思っていたことのメッキがどんどんとはがされていく。

「数か月前、ジョナサンに頼まれた。二か月ほど、ハルミというヒトの娘のふりをしてくれないか。報酬は、高級でバカ高いジュエリーだと言われた」

イルマはドレスの胸元からひも付きのビニール袋を取り出した。婚約指輪が入っている。

「知ってる?これ、地下で売れば一個うん十万は下らないみたい。良家の屋敷にも住めるし、良家の所蔵する本も自由に読んでいいと言われ、引き受けた。ずいぶん面白そうだったから。ジョナサンは、私に鍵を預け、それを失くさないようにすればすべての仕事は終了。頃合いを見てドレスを着替えて人混みに紛れ、好きな時に屋敷を出て、戻ってこなくていいと言われた。今から私が考えていたことを全て話すよ。そしてそのシナリオが間違っていたこと、そして本当のシナリオも」

イルマは一呼吸置いて語り始めた。

「さて、私は最初、一つ目のシナリオとして、ジョナサンはパーティーを開く口実を作って50年前のいざこざに関わったヒトを集め、一人一人と単に話をしたいんだと思った。鍵はそのための口実の一つだと思ってた。ジョナサンはこの計画をジョンには伝えていなかった。その理由について私は、ジョナサンはジョンにいざこざがあったヒトたちとまっさらな気持ちで話をさせてあげたいんだと思ってジョンには計画を話さないのかなと思っていた」

「50年前は求婚したくせに、葬式に来なかったことを一人一人に対して怒らせてあげたかったと」

「そんなところだろうな、と思ってた。でも、イオ君、湖のほとりで君がこの書斎の金庫の鍵を見つけようとしているということを聞いてから、私は違和感に気付いた。金庫は口実のための小道具なんかじゃない。ちゃんと中身がある。ジョナサンは私に、イオ君に渡すなと言っていたんだ。そこまでわかったとき、私は一つ目のシナリオが間違っていると思い、第二のシナリオを推理した。金庫の中には何かちゃんとした意味のあるものが入っている。それは何か?ジョナサンとハルミの関係を示す証拠があるんじゃないかと考えた。私は本物の娘じゃないから、二人の間に子供はいなかったけれど、二人は結婚していたとしたら?ジョナサンはジョンと50年前のパーティー出席者を会話させ、ジョンに適当なヒトを疑わせる。求婚してきた相手だし、嘘で名乗り出る輩がいっぱいいるだろう。私は鍵を持って消え、真実は闇の中。ジョンはジョナサン以外の誰かを一生疑い続けることになる」

イオは首をひねる。

「ジョナサンさんがハルミさんの相手だとしたら、どうしてわざわざハルミさんが結婚していた証である娘を仕立て上げる必要があったんですか?何もしなければハルミさんは生涯独身だった、とジョンさんは納得しそうに思えるんですが」

「私もそこは引っかかった。でも、おそらく、ハルミが独身じゃなかったと匂わせる何かが明らかになってしまって、仕方なくこれを計画したんじゃないかな。そして、たぶんそれは遺書だよ。ジョンは遺書を見て、ハルミが結婚しているらしいと気付いてしまった。このままだと自分に疑いを向けられてしまうかもしれない。そこで、パーティーを開いて当時求婚した男たちと話をさせることで容疑者を増やして、自分をさりげなく疑いの標的から外そうとした」

「僕が最初にこの屋敷に来た時に双子から見せられた遺書には愛する娘へ、とあった気がしますが」

「イオ君が見せられたのはきっとジョナサンが書いたものだよ。後からはっきりと子供の存在がわかるものを書いて、これも見つかったとかなんとか言いながらジョンに見せ、娘役を雇う。そして葬式場でさりげなく出会う」

「僕を雇って偽物のあなたの素性を調べさせたのはなぜですか?」

「きっとジョンの提案じゃないかな。ジョンは娘と言われてもにわかに信じないだろうし。ジョナサン的に見れば、娘の素性探しを専門のヒトに任せることによってジョンを当時の求婚者たちと話すことにより注意を向けさせられると考えたのかも。君、あまり名のある探偵じゃないでしょ。あんまり有名で腕の立つヒトが来ると、私が偽物だとばれてしまうかもしれないから、あえて君を呼んだ」

「なるほど。この手紙と、光る塗料さえ無ければ成立しそうなシナリオですね」

イルマは頷く。

「でも、事実、手紙と塗料が出てきた。これから話す第三のシナリオ、これがきっと真実だよ」

イルマはイオの目をまっすぐに見た。黄緑色の瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える。

「イオ君が最初見せられた手紙は明らかに偽物ってのは話したよね。この手紙は本物だと思う。ハルミは生涯独身で、この手紙の宛先のヒト、ジョンを愛していた。ジョンはこの手紙の存在を知らない。ジョナサンは金庫を自分で用意して本物の手紙を入れ、最初から隠しておいてこのタイミングでイオ君に見つけさせるつもりで全てを計画した」

「確かに、この手紙の宛先がジョンなら、文章からジョンは相当ハルミに愛されていたことが伝わってきますね」

「そうだね。でも、この手紙は宛名がないんだ。良家の色々のせいだと思うけど。とにかく宛名のないこの手紙をそのまま渡したところで頑ななジョンは自分宛の手紙とは信じず、ハルミの気持ちは死してなお伝わらない。どうして直接渡さずにこんなにまどろっこしい仕掛けをしたか?最愛の女性から愛されていたことを信じない兄にこの手紙が自分宛だということを信じさせるために、弟がした演出だったんだ」

イオは人混みの中でイルマを見つけたことを思い出す。

「僕があなたを見つけたのは、傍目から見れば、相当運命的に見えたかもしれません。大勢の中からたった一人を見つけ出す。その様子を擬似的に僕たちは演じさせられたということですね」

「そう。仕組まれたというのはそういうこと。君は鍵を手に入れ、さっき運命的な光景を目の当たりにしてハルミをロマンチックに思い出しているであろうジョンにこの手紙を届け、種明かしをする。ジョンは私がハルミの娘でないと知り、ほっとする。その頃私は屋敷を離れ、二度と戻ってこない。これがジョナサンの計画だったんだよ」

「良家の、当時ハルミさんに求婚したヒトたちと話す機会を作ったのは、どのヒトもジョンさんほどは愛されていなかったとジョンさんにわからせるためかもしれませんね」

イルマは立ち上がって軽く伸びをした。

「私はそろそろ行くとしようかな。イオ君、後のことはお願いするね」

「はい」

「ワインもいくつかもらって行っちゃおうかな……」

イルマはビニール袋をしまい、書斎を物色し始める。

「そういえば、さっき僕に山を降りようと言ったのは……」

イルマは顔を上げる。

「ああ、それは、ずいぶん前から、もしタイミングが良ければ私一人じゃなくて、君も逃がしてあげようとは考えてたんだ。最初に会った時から君は成功するはずのない依頼をさせられてた。指輪を少し分ければ君もやったかいが出るだろうと思って。でも実際、君はジョナサンの計画の中で重要な役者だった。あそこで山を降りなくて本当に良かったよ」

「そうですね」

イオは相槌を打った。自分はイルマに最初から気の毒なやつだと思われていたらしい。

「しかし、ジョナサンも面倒なことを考えたよね。お兄さんのために全てを尽くせるんだから。それこそ、真実の愛って言えるのかもしれないね」

イルマはワインのボトルを何本かカバンに詰める。

「私が第二のシナリオを信じて金庫の中身について間違った言及をした時も落ち着き払って、なんなら私が着替えたことに訳が分からないみたいな表情を作って演技するなんて、相当計画の成功に確信を持ってたんだろうな」

「着替えたこと?」

「うん。イオ君が屋敷に戻った後、私は君を置いて逃げると決めて、君に逃げ出すとこを見られてしまった以上、当初の予定通り着替えてから逃げることにして屋敷の二階の私の部屋に行った。で、ジョナサンに少し、私はあなたの計画を分かってますよ、みたいに自信満々に間違ったことを言っちゃったんだ。恥ずかしいね」

イルマはカバンを持ってドアに手をかける。

「……ちょっと待ってください。僕が屋敷に戻ってからジョナサンさんは僕と話し、ジョナサンさんはその後すぐにあなたを探しに玄関へ向かったはずです。僕とイルマさんが一緒にいない間にジョナサンさんが二階にいることはありえません」

「え?」

イルマは動きを止める。そしてゆっくりと振り返る。その顔はやや青ざめているようだった。

「イルマさん、あなたが話したのは、本当にジョナサンさんですか?」

「い、いや、だって、間違いないはずだよ。ジョナサンはジョンと違って金の腕時計をしてるんでしょう。見せてくれたよ」

イオも自分の顔から血が引いていくのを感じた。

「腕時計は二人ともしてる。ジョナサンのは針が止まってるんだ。ジョナサンはあなたに教えなかったんですか?」

イルマは首を振る。

「そんな……。私はイオ君とジョナサンが時計を見せあってから会話をしてるのを見たんだよ。てっきりそれが双子を見分ける合図だと思ってたんだ」

イオは昨晩のことを思い出す。ジョナサンはイオに双子を見分けるサインを教えた。その後でイルマにも教えるつもりだったのだろうか。しかし、イルマは酒を飲んで泣いているジョンを介抱していたため、それができなかった――?

イルマは頭を抱えた。

「私の発言のせいで、ジョンは第二のシナリオを信じてしまった」

「ジョンさんを探しましょう。手遅れにならないうちに、僕たちで真実を説明しましょう」

イルマは頷く。二人は書斎から駆け出した。階段まで来たとき、玄関ホールが騒がしかった。二人が下の様子を覗き込むと、玄関ホールの真ん中に一人の男が倒れていた。



ジョナサンは会場の扉を閉めた。兄を振り返る。

「なあ、さっきの様子を見たろ?何か思い出さないか?50年前も、似たような状況になったよな。大勢の中から、顔の見えないままでたった一人を見つけ出す」

「……何が言いたい?」

「愛だよ。愛の力だ。これだけの人数がいる中でたった一人を見つけ出すなんて愛がなきゃ無理だ。ハルミの結婚式でのことだ。ハルミも、クリームまみれの男の中から、俺とお前がいる中から、お前を見つけた」

ジョンはくしゃっと顔をゆがめた。ジョナサンは優しく両腕を広げた。ジョンは、一歩ジョナサンの方へと歩いた。そして、――ジョナサンを突き飛ばした。

「な、何するんだよ」

ジョナサンは床に尻もちをつくように倒れた。

「お前さ、俺に何か隠してんだろ」

「何言って……」

ジョンは弟の襟首をつかむようにして玄関の扉まで引きずっていき、玄関の外へ連れ出す。

「すべてお前の仕掛けだったんだな。イルマが言っていた。この屋敷にはハルミが残した金庫があるようだな。そしてその中にはハルミの相手を知るための決定的な証拠が入っている。お前はイルマにその鍵を持ってこの屋敷を後にするように指示したな。なぜだ?言え!」

ジョンはジョナサンの胸倉をつかんで頬を思い切り殴った。ジョナサンの瞼が切れて血が流れる。

「お前が何言ってるのか俺は全然、」

「うるせえ!言えよ!なぜお前が鍵を隠さなきゃならなかったのか?答えは簡単だ。お前にとって都合の悪いものが入っていたんだ。それなら捨てればいい。ここの湖なんかに投げ込めばよかった。でもお前はそうしない。なぜならお前にとってそれは、とても大切だったから!」

ジョナサンは下を向いたままジョンと目を合わせようとしない。

「違うよ」

ジョンはまた殴る。ジョンの拳は震え、目には涙が浮かんでいた。

「ハルミの相手はお前だな」

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