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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
10/172

10 入学

「よくお似合いです。イオ様」

イオは灰色のブレザーに身を包み、姿見の前でネクタイを直した。今日は入学式である。27にもなって制服は気恥ずかしかったが、このトイロソーヴの体はちょうど16、17のものらしく、気にするなとだけ言われた。

「では最後にこちらを腰にお下げください」

Bb9はイオに細長い箱を手渡した。開けてみると、鈍く光る青色のつやつやした表面加工のシャーペンが入っていた。ただし、まるで日本刀のようなサイズ感で、腰に挿せるように特殊な金具が付いていた。

「入学の申込みをした日に注文したのですが、届くのが今日になってしまいました。ぎりぎり間に合って良かったです」

「これは……?」

「ペンです。そのうち学校で重要性を教わるでしょうが、楽園で学習しようという者は皆持っていなくてはならないものです。これがないと本日の組み分けテストにも出ることができません。使い方はおいおい先生に習ってください。今はただ持っているだけでいいですよ」

「そうですか」

イオはペンを腰に下げた。ずしりと質量感が感じられた。

「さあ、時間になります。気をつけて行ってらっしゃいませ」

Bb9に見送られ、イオは黒の塔を出た。春、と言われてみれば春のような感じはしたが、桜はおろか、草木の新芽もないので実感はわかなかった。

黒の塔がある中央ブロックの少し東に位置するそこは、寺のような立派な門の中央第九学園の入口だった。

「天下、統一……」

イオは息を吸い込むと、学校に足を踏み入れた。


通された講堂には、やや緊張した面持ちの新入生がすでにたくさん集まっていた。白と赤に飾り付けられた講堂は広く、壇の上には旗が二枚。日の丸の旗と、もう一つ、アルファベットのKをかたどったようなマークの旗。おおかた学校の紋章なのだろう。まもなく鐘の音がして入学式が始まった。

「サクラのツボミも膨らみはじめ、春の日差しが降り注ぐこのよき日に、全284人の新入生諸君をこの中央第九学園に迎えられることを心より祝福いたします」

長く白い顎鬚を伸ばした学園長は新入生に向かって挨拶した。袴を着て和風な正装だ。

「諸君は中央ブロックでも有数の数学教育専門高等学校に入学されたことから、今まで大変な努力をなさってきたことでしょう。まず、その努力に称賛申し上げ、そして、楽園トップレベルの学力を身に着けんとする皆さんの志に激励申し上げます。本校の教育課程は時に厳しく、つらいと感じることもあるかもしれません。しかし、周りを見てください。あなたたちは一人ではない。――それでは、励むように。以上で式辞とさせていただきます」

式が終わると、壇が片付けられ、係の先生らしき人が連絡した。

「新入生の皆さんはこれから希望コース別に入学試験を受けていただきます。成績によってはこのさき受講ができない科目が出てきまして、卒業計画の見直しに迫られる場合がありますのでくれぐれもご注意ください。では、王への就任を希望するチャレンジャーコース1を希望する方は5階、503教室へ移動してください。数学大臣への就任を希望するチャレンジャーコース2を希望する方は304、他の大臣への就任を希望する方はチャレンジャーコース3で、201へ。王宮職員を希望する方はサーヴァントコース1、203へ。その他政府公務員を希望する方はサーヴァントコース2、204へ。ガクシャ免許取得希望者はスカラーコースで、この講堂に残ってください」

説明が終わると、生徒たちはぞろぞろとそれぞれの希望するコースの部屋へと別れていった。

イオはもちろん、王になるためのチャレンジャーコース1だ。人の波に揉まれながら階段へと進んでいった。


五階まで上るのはトイロサーヴの体だと正直きつい。イオがついたときにはもう503教室には人が集まりすぎて、廊下まで人があふれていた。背伸びして教室の中を見ると、板の間の教室で、机や椅子は一つもなく、前には教卓と黒板があるだけだ。黒板の前にはスーツに身を包んだ青年が立っていた。クリーム色の髪に紫色の瞳。先生にしては若く見える。

「こんにちは。僕は今年からこのコースの担当となったランタンです。希望人数、180人がそろったようなのでこれよりチャレンジャーコース1の入学試験を始めます。試験内容は簡単です。みなさんにはビーチフラッグをやってもらいます」

教室がややざわめく。

「1ラウンドにつき18人ずつ試験します。全部で10ラウンドですね。四階の廊下の端っこがスタートで、僕と最初のラウンドの人は一緒に下に降ります。全員伏せたところで僕が一つ四択の問を出します。この教卓の上に数字が1から4まで書いてあるフラッグを一つずつ用意しましたから、皆さんは答えだと思うフラッグを走って行って取る。これだけです」

「どんな問がでるのですか?」

一人が手を挙げて質問した。ランタンは肩をすくめた。

「教えられません。事前の教えてもらわないと勝てないようでは実力が足りません。なにかほかに質問は……?」

イオは手を挙げた。

「答えがわかっていてもフラッグが取れなかった人は評価されないなんて不公平ではありませんか?ここは勉強をするところですよね」

「いいえ、不公平ではありません。王になるためには単純な知識だけでは足りないのです。私はこれから君たちに知力以外の力もつくように指導していくつもりです。知力に差がない二人をどう比べるか?例えば殴り合いで決着がついたとして、負けたほうには申し立てる権利はありません。楽園の掟に反していないからです。泣き寝入りしかありません。王はこの楽園で一人しかなることはできません。少なくとも知力方面で十分な実力がないうちは体力をバカにしないほうがいい。……君はこの会場に一番遅れてきたね。名前は?」

「……イオです」

「そうですか。イオ、泣き寝入りしないことですね」

ランタンは冷ややかにイオを見た。

「さて、体力の重要性が分かったところで試験を始めましょう。記念すべきだ第一ラウンドに出たいものは四階まで降りてきなさい。問がわかるといけないから残りのものはここに残ってフラッグを見ていること」

ランタンはフラッグを教卓に並べると階段を下りて行った。何人か率先して降りて行ったが、イオの体が動かなかった。

しばらくすると顔を真っ赤にして汗だくの生徒たちが猛然と走ってきた。一番最初についたものは1のフラッグをつかみ取ったが、二番目に到着したものが4を自信たっぷりにとったのを見てやや青ざめる。三番目が着くと、4のフラッグを探してないことがわかるとそのまま膝に手をついてぜえぜえと息を整えはじめた。四番目はとりあえずといった感じで残っている3のフラッグをとった。五番目は2のフラッグをとった。18人が到着した後、後ろからランタンが現れた。

「どうかな。こんな感じで1ラウンドが回っていく。さてここで全員に問題だ。間違ったフラッグを持っている人間と何も持っていない人間、どちらのほうがこの世界でより評価されるでしょうか?」

先ほど三番目に到着した生徒が手を挙げて言った。

「何も持っていない人だと思います」

「ほう、どうしてですか?」

「間違いをすることはいけないことです」

「ふむ。君の名前は?」

「キセです」

「キセ君。君が意見を出してくれたことは評価しましょう。――もうわかりましたか?つまり、あなたの考えは間違いであり、それはいけないことではないということです。何も持たなければ見てもらえない。逆にどんなものでも何か持っていればそれは評価の対象となりうる。この場合、フラッグをとることは問の回答を表示するという意味の他に、どれだけはやくフラッグのもとまで走れたか、という証拠として使用しうる。利用できるものは極限まで利用しなさい。それが重要です」

キセはうつむいた。

「キセ君。そして第一ラウンドに参加してくれた人。今あなたの額にある汗が証拠となります。強い授業参加意欲がうかがえるので試験の点数に加算しておきましょう。さあ、第二ラウンドに出たいものは?下に降りてきなさい」


イオは結局最終の第十ラウンドに出て、下から数えて3番目、すなわち16番だった。良い評価はあまり期待できそうにない。出題された問は簡単な積分をする問題だった。結果はともかく過去で培ってきた知識がここでもある程度通用したことはイオにとってなにより救いのように思えた。

「試験結果は一週間後に掲示します。クラスが多分3つに分けられます。クラスごととれる授業に制約がありますので、追ってある連絡を聞き逃さないようにしてください。それまでの一週間は授業準備期間に充ててください。ペンを買ってないものは至急この期間にそろえること。中等学校までの学習が不十分だと思うものは各自復習をして、教科書に頼らなくてもよいレベルまで仕上げてくるように。以上です。解散してください」


「で、すぐなれそうか、王に」

黒の塔の食堂にてコピーは聞いた。ちなみに夕食はてんぷらそばである。

「簡単に言わないでください」

「どうした、機嫌悪いな」

「……別に普通です」

今日の試験では良いことが一つもなかった。最悪のスタートと言っていいい。イオはえび天を口の中に乱暴に詰め込んだ。それを見てコピーは赤い目をネコのように細くする。

「ははあ、さては試験がうまくいかなかったんだろう。バカがいじけてるのを見るのはなかなかない機会だからちゃんと見ておくか」

「……ごちそうさまでした」

イオは席を立った。

「やれやれ。まだ若いな」

部屋に戻っていくイオの背中を見ながらコピーは肩をすくめた。

「まぁ、せいぜい二度目の青春を謳歌するがいいさ。失敗して悔しがるのは若者の特権だ。……年を取れば、失敗に沿って自分が曲がってくだけだから」

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