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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
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1 青い閃光

誰かひとりに、ぶっ刺され。


この物語は、最初から誰かに見せることを想定していなかった。

創作とは、見て欲しい、評価されたいという気持ちが原動力であってはいけない。自らの創りたいという気持ちであるべきだ。

できるだけ、そういう純粋な気持ちを保ちながら創ってきたつもりであるから、感想に「売れそう」とか、「売れなそう」とか、それだけは勘弁頂きたい。

読んだ後はあなたの感性で面白いか、よく分からないか、最低か、そこを教えて欲しい。

作品をひとつ創っただけで芸術家を気取っている訳では無い。むしろ、そこまでの域に達していない私が創った作品は、私の趣味と性癖と自己満足で溢れて、見苦しいものだと思う。

自由と独りよがりは紙一重である。

他人に見せるという選択をしなかったら、私はいつまでも自惚れたまま井戸の底にひきこもっている蛙のままだろう。

私は自由な創作と同時に、自分に創りうる限りで最高なものの創作を求めている。そこで、この作品を理想に近づけるために、この作品を他人の目に触れさせることを決意した。

昨今はどんな人でもお手軽に創作ができるようになった。ジャンクフードみたいな作品が世に溢れている。人はひとつの作品にかけられる時間はあまりない。かく言う私もジャンクフードが好きだ。

しかし、そんな中だけれど本当は、食べるならちゃんとした料理、作るならちゃんとした料理がいい。

そんな理想を言ったってこれもまた有象無象のジャンクフードのひとつに違いない。

でも、だからといって辞めたくはない。ジャンクフードでもいいから創りたい。

「……つまり、アンタレスの赤は死にかけの色って事だ。星全体が大きく膨張して、核融合反応の燃料を使い尽くし、あとは中心核が自らの重みで潰れて超新星爆発を待つのみだ。直径は太陽の約六百八十倍で、明るさは、」

「ああ、はいはい。兄さん、もうハウスに着くからさ、真面目に水やりしてくんねぇ?もうすぐ出荷なんだから」

青年は薄暗いガラス温室の裸電球のスイッチを入れた。

ぼんやりと鈴なりになったトマトが闇に浮かび上がる。青年は軍手を口で外すと歯の先でそれを咥えたまま壁のバルブをいじる。

「少しは真面目に聞けよ。お前のテストの為を思っているんだろ」

ぶつぶつと言いながらもう一人の青年は持っていた教科書を閉じて脇に挟み、無造作に放られたホースをキャッチする。

水がホースを伝わり、トマトの生える根元を潤していく。

「だいぶ赤くなってきたな」

「アンタレスが?」

「トマトが」

夜は更け、ガラス温室に響くものは水音と靴音だけだった。片手でホースを操りながらまた教科書を開く。

「……赤は燃え尽きる直前の色。表面は約三千五百度。寿命はあと一千万年から二千万年。太陽に比べれば短命だ。それより短いのはベテルギウス。寿命はあと十万年」

「ベテルギウスって、たしかオリオン座の赤い星だよね」

「そう。もう少し興味を持てよ」

「しょうがないだろう。それを学んだってどうせ、一生のうちに見ることは無いかもしれないんだから」

熟れたトマトを見下ろして青年は軍手をはめ直す。

ホースを持った青年は肩をすくめ、教科書をまた閉じた。

「ちょっと待った。青い星の話をしてくれないか」

「青?青には興味あるのか。青なら、例えばリゲルだな。オリオンの。青い星は熱くて表面温度が高い。一万五千度くらいで、高エネルギーだ。ベテルギウスに比べれば若くて綺麗。そう、ちょうどあんな感じの色で。え、星?」

ガラス温室がかっと青い閃光で照らされた。

「逃げろ!」

何トンもあるガラスの天井が砕ける轟音が響き渡った。


「……はぁ、はぁ」

命からがら逃げ延びた二人は舗装されていない田舎道にたどり着くと座り込んだ。

「はぁ、はぁ、あ、あれはなんだ?」

こっちが聞きたいという気持ちを抑え、未だ暴れている心臓も抑えて答える。

「リゲルでは無さそう」

出荷間際のトマトとともに、ガラス温室だった場所は白い煙に包まれていた。


「ケビイシです。道を開けてください!」

ケビイシの証である手帳をかざしながらラミーは人混みをかき分ける。深夜の田舎道に出来る人混み。通報から三時間。水のある場所でもあり、既に煙は落ち着いていたが、野次馬が見に来ているのは別の目的があっての事だった。


「UFO?」

新米ケビイシは電話に向かって聞き返した。

「え、確かですか。ええ……。そうですか。それで中央も?はあ、……」

「ラミー、どうした、どこからだ?」

同期のウォータが口だけで聞いてくる。ちょっと待ってて、と口だけで返す。

「……では、向かいます」

受話器を置く。

「事件か?」

上司のサックが書類の山から顔を上げずに聞く。

「東でUFOが出たそうです。王室会議レベルだから中央が引き取りに来て欲しい、と」

サックは呆れたように眉の間を指で揉んだ。

「承知の通り、我らが署は来月の王室会議に向けての警備で忙しい。UFOの目撃情報一つなんぞにかまけている暇はない。大方、タチの悪いいたずら電話だろう」

「ミサイル並の威力でガラス温室を突き破り、被害が出ているそうです」

「ミサイル?」

「ええ。なんでも、そのUFOの見た目が、古代の『クルマ』にそっくりだそうです。王室会議ものではありませんか?」

「本物ならな」

「署長。僕らに行かせてください。回収だけなら僕らだけでもすぐですよ」

ウォータは興奮して言った。

「ああ、よろしい、よろしい。君ら二人で行ってきたまえ。新人研修にはぴったりだ」

サックは手をヒラヒラと降るとまた書類の山に向き合った。

「了解です!」

二人は敬礼した。


「これが、UFO……?」

二人のケビイシは立ち入り禁止のテープをくぐってそれと向き合った。つるりとした鈍い銀色の鉄のボディ、片方だけついたヘッドライト、割れたサイドミラー。

「二千百年代かな。教科書でしか見たことないよ」

「そうね。ほんとに『クルマ』みたい。レプリカだとしても相当な作り込みね。いたずらにしては変なところを凝っている」

「これが、さっき青い閃光とともに落ちてきたって訳ですか?」

ウォータがテープを越えようとする野次馬を押し戻している東のケビイシに尋ねた。

「はい。それより、中を見てください。それ、たぶんただのUFOじゃないです」

「ただのUFOじゃない?」

ラミーは半開きになっているフロントドアを開ける。

運転席にはハンドルに突っ伏して赤い血を流す()()がいた。

千年以上前に滅びた生命体、人間(エンシェ)がそこにいた。

「タイムマシン……?」


「エンシェ、ですか。本物だとすれば、大変ですよ。またあのような事件の引き金になるやもしれません」

クリップボードに挟んだ書類をヒサメは読み上げる。透明に近い白の髪の間からのぞく眉一つ動かさない無表情は氷のような冷たさだ。

「とにかく。実物を見なければ何とも言えない。で、それは死んでいるのか?」

つかつかと城内を広間へと歩きながらテンキュウは聞く。大きな会議に向け、年内で一番忙しい時に緊急で入る仕事の苛立たしさに舌打ちが出そうになる。せめて夜が明けてから仕事の連絡をして欲しい、と恨めしく思った。冠を正し、襟を整えて広間へ続く襖に手をかける。

「専門家によると脈のとり方が分からない、と」

「ああそう」

広間の中央にはブルーシートが敷かれ、その上にやけに頭が小さく、手足の長い生命体が置かれていた。六、いや、七等身はある。

「こんばんは、王よ。さあ、近くでご覧ください」

テート・ケビイシの男がテンキュウをブルーシートの近くまで誘う。近くで見たってエンシェの専門家では無い私にわかることは無いだろうと思うが、渋々その顔を覗き込む。教科書以外で見た事のない生命体は奇妙で、額から流れ出た血が固まって顔をグロテスクに見せていた。

「王よ。これは本物と言えましょうか?」

知らん。テンキュウはそれから視線を逸らすと、そう言いたいのを我慢し、周りを見渡した。

「専門家は何と?」

「九十八パーセント本物という見方が有力です」

「本物だとすると、考えられるリスクは?」

「時間移動が行われたということであり、封印された技術がまたここに蔓延する可能性があります」

テンキュウはため息をついた。

「知っているものをここにいるものだけで抑えることは可能か?」

「いえ、既に発見された東ブロックのリコボという町で情報は拡散が見られます」

「買収しろ。小さな町だろう、金で口を封じておけ。これは生命活動を完全に止めた後に理科大臣の所に送る。ここにいるものは断じてこのことを口外せぬ事。……はい解散」

「はっ」

ケビイシはブルーシートの端を持ち上げ、退出しようとする。正直、この生命体がなんであろうと今自身が戦っている眠気よりも重大には思えなかった。眠気で曇った脳細胞に千年間起きなかったことを的確に判断し、すぐに決定を下すなどできようはずがない。また後で理科大臣から連絡が来たところで検討し直すとしよう。さて、もう一度帰って寝るかな。テンキュウが広間を出ようとした時、反対側の襖、つまりブルーシートが退出しようという所の襖が勢いよく開いた。

「ちょっと待て。私にそいつを見せろ」

白い髪に怪しく光る赤い瞳。顎から頬に掛けて変な形の赤い痣。口には不敵な笑み。広間の一同は跪いた。

「コピー様、……どうしてここに?」

テンキュウはひざまづいたまま尋ねる。

「なんでってそりゃあ、それは私が一人の科学者であるからだ。逆に聞きたい。ハナビシ、なんで私が来る前にこんなに面白そうな死体を処分しようとしたんだ?」

コピーは興味津々といった様子でエンシェの顔を撫でた。

「これは政治の問題でもある。ここの安寧を守るためにはなるべく何も知らずに処理した方がいい」

「おや、君は王だろう。知らないことを知らなくていい事だと決めつけるのはやや傲慢だ。過去の遺物だとしてもその体からなにか学べることがあるかもしれないだろう?」

「私は処理すると決めた。これ以上は内政干渉にあたる。お引き取り願いたい」

「すまん。だが、これを調べることにはここの生命の任を負う私にとって大変意義があると理解して欲しい。この死体、私に処理させてくれ。もちろん悪いようにはしない。――私の千年(キャリア)をかけてね」

「どうするんですか、王。コピー様にお願いするのですか?……まあ、ケビイシに処理させるのとそんなに変わらないとは思いますが」

ヒサメがテンキュウにひそひそと聞く。テンキュウは正直誰が後始末しようと興味がなかった。コピーに任せて、後で検討する手間がなくなるのもまたいいだろう。早く眠りたい。王室の無責任が問われることを危惧し、形ばかりの抵抗はして見たものの、結局この事項はもみ消すのだから同じである。

「では、コピー様。確実な処理をお願いします」

コピーは満足気に頷いた。口角がくいっと上がる。

「そいつは黒の塔に運んでおけ」

コピーはブルーシートを掴んだままのケビイシたちに告げると踵を返した。

既に東の空は白んでいた。

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