デビュー
バタンという音と共に扉が閉められると、馬運車はゆっくりと動き始めた。馬運車が徐々にスピードをあげ、右に左に揺れるたびに私も揺れに合わせて馬体の体重移動をおこなう。
厩舎を出発し、馬運車にゆられること20分あまり、車が舗装された道路から砂利道に変わったのか、細かい振動が足先から伝わってくる。すると車が止まり、人々が車の周りを行き来し、馬運車の扉を開けると、私の担当厩務員(Groom)のケイトが顔をのぞかせた。
ケイトが私にチフニーをつけると、ケイトに曳かれながら馬運車を降りる。そのまま、競馬場のコースを横切り、プレパドックに入ると、そこにはたくさんの馬たちが同じように曳かれながら歩いていた。中にはレースが終わった馬もいるらしく、全身びしょ濡れのまま歩いている馬もいた。
初めて訪れる競馬場は人がたくさんいて、普段とは全く違う様子に私は戸惑ってしまい思わず立ち止まったり、きょろきょろと辺りを見てしまう。
私が立ち止まるたびに、ケイトが私に声をかけ、落ち着かせるように首筋を撫でてくれる。
30分ほど歩くと、私のそばに鞍を持ったロバートが近づいてきた。
「彼女はどう?少し緊張しているかな」
「初めての場所ですから、物見はしていますが緊張はしていません。むしろ興味津々って感じですね」
ロバートとケイトは話しながら私に素早く鞍をつけていく。
鞍が付け終わると、同じように鞍をつけた他の馬たちと一緒にパドックに入る。パドックを何周かした後、騎手が私に跨ると、ハッキングをしながらスタート地点を目指す。
ゲート裏で輪のりをしていると係員が私に近づき、ゲートに向かう。
どうやら枠入りは私が一番最初のようだ。
ゲート入りは練習しているから怖くもなんともない。中に入り、後ろ扉が閉められゲートが開くのを今か今かと待つ。
が、一向にゲートが開かない。首を横に向け、耳をすますと、どうやらゲート入りをごねている馬がいるみたいだ。そのせいでスタートが遅れているらしい。集中力が切れてしまった私は我慢が出来ずに首を左右に振ったり、体を左右に振ったりする。練習しているとはいえ、馬にとって本来狭いところは落ちつかないのだ。
私がイライラしていると
ガシャン!!!!
と突然大きな音がして、目の前の扉が開いた、気付いた時には周りの馬たちが一斉に走りだした後だった。私は大きく出遅れてしまったのだ。
慌ててゲートを飛び出し、頑張って前の馬の後ろにつける。私が最後方だ。
頭数は少ないが縦長に伸びているため、一番前の馬とはずいぶんと差がある。差をつめようとするがなかなか距離は縮まらない。
騎手も必死に手綱をしごき、時々鞭をくれているが私は4頭ほど抜かして、なお必死に走っていると、騎手が動きをとめ、手綱を引っ張り、私に止まるように指示してきた。
どうやらいつの間にか、ゴールを過ぎたようだった。
帰ってくる私にケイトが近づくと、冷たい水の入ったバケツを私に差し出してくれた。水が飲みたかった私は音を立てながら、水を飲み干す。
「4着だね、最後のほうは良い脚色だったんだがやっぱり出遅れが痛かった」
「ええ、ゲートの中で随分待たされてしまって、彼女がイライラしてしまいました。レース自体は悪くないと思います。反応も良いし、前向きだし次は勝てると思います」
私から降りた騎手とロバートが話している横で、私の火照った馬体にせっせと水をかけ続けるケイト。
徐々に競馬の興奮から落ち着いてきた私は、ケイトに慰められながらほろ苦いデビュー戦を味わうのだった。