調教
イギリスの暗く長い冬が終わり、季節は春になった。
私はセリでロバートに落札されたあと、彼の厩舎に移動し、毎日調教を行っていた。
「グットモーニング!マイ ベイビー 今日の調子はどう?」
今、私に話しかけながら馬房に入りニコニコしながら頭絡をつけているのが私の専属ライダー(Rider)のハルカだ。調子は悪くないわよ、と鼻を鳴らして返事を返すがもちろん人間は私の言葉など分かっちゃいない。
ハルカは私を馬房につなぐと、一方的に話しかけながらブラッシングをし、素早く鞍をつけていく。そして準備が整うと私を外へと連れだし、跨り、厩舎の敷地内にある角馬場へと向かうとそこでは既に多くの馬たちが常歩をしていた。とうぜん私もその群れの中に加わる。
しばらくすると群れ全体が動き出し、私もみんなと同じように速歩で準備運動をする。しばらく速歩を続けた後、再び常歩に戻すと、ロバートがそれぞれに調教の指示をだし、私たちは指示された調教場を目指す。
ニューマーケットは、調教場所がレースコースサイド(競馬場側)とバリーサイドに別れている。私たちの厩舎はバリーサイド側にあるため、主に使用している調教コースはバリーサイド側の、ウォーレンヒル、バリーヒル、サイドヒル、タウンキャンターの4つと追い切りで使用しているロングヒルとアルバハトリの2つだ。この6つの調教コースを日によって組み合わせながら日々の調教は行われていく。
一番頻繁に使うのはウォーレンヒルで週4日はここを使う。ウォーレンヒルは、その名の通り、自然の傾斜を利用した坂路(up hill)でスタートからゴールまで900メートルの直線坂路になっている。
ここを2頭、もしくは3頭の隊列を組んで上がっていく。
最初来たばかりのころはこの坂を駈歩で上がるのも精一杯で、終わった後はどっと疲れていたが、今は1日2本ウォーレンヒルを上ることもあるぐらい体力はついていた。
ロバートの厩舎からニューマーケットの街中に張り巡らされた馬道を通り、時折車道を横切りながら、ウォーレンヒルの麓に着く。そしていつものようにハルカと一緒に坂路を上がり、坂の上まで上がると、ハルカに手綱を引っ張られて常歩に落とす。ハルカは良かったよ、といいながら私の首筋を叩いて褒めてくれる。
もし2本目もやるなら左手に曲がって坂を下っていくが、今日はこれで終わりみたいでそのまま森の中を通り、厩舎に帰る。
厩舎に帰ると、ハルカは馬装を外し私の脚を洗い、馬体をブラッシングすると、私はようやく自分の馬房に帰ってきた。
馬房に入ると、部屋は新しいふわふわのいい匂いがするチップが敷かれており、私はたまらずその上に寝転んだ。運動した後のこのゴロゴロが最高に気持ちいいのだ。
しばらく、馬房の中でゴロゴロした私は起き上がり、飼い葉桶をチェックする。桶の中にはご飯と私の大好きな人参が入っており、私は真っ先に人参にかぶりつく。
食べ終えた私は馬房の扉から外に顔を出してうとうとと昼寝を始めるのだった。