日常
産まれてからしばらくたったわたし。
今は広い放牧地で母と一緒に草を食べている。最初のころはお乳しか飲まなかったが、母が食べている草を見よう見まねで食べているうちにわたしもいつの間にか食べられるようになった。といってもお乳のおいしさには敵わないけど。
となりで草を食べていた母が突然顔を上げ、一方方向を見つめた。
わたしもおなじく顔をあげて、同じ方向を見る。
すると遠くから、1組の栗毛の親子がわたし達のいるところを目指してこちらに歩いてくるのが見えた。ずんずん歩いている母馬の隣で栗毛の仔馬が遅れまいと一生懸命に歩いている。
わたしが嬉しさのあまり甲高くいななくと、向こうの仔馬もいななき返してくる。
あれはわたしのここでの一番の仲良しなのだ。
栗毛の親子は近づいてくると、私たちは母馬は母馬どうし、仔馬は仔馬どうしお互いに鼻を嗅ぎあい挨拶をした。
「おはよう、今日は晴れていてとてもいい朝ね」
栗毛のママがわたしの母に話しかける。
「えぇ本当にこんな天気がずっと続けばいいのだけれど」
とかまぁ、世間話をしつつ、せっせとお互いにグルーミングをしている。
そんな母たちを横目にわたし達は放牧地でかけっこを始めた。
「向こうに生えている木まで競争ね!」
わたしは隣にいる仔馬にそういうと全力で走った。
栗毛の仔馬も走ってくるがわたしには追いつかない、それどころがどんどん差は広がるばかり。
これは母が話してくれたことだが、わたしの父は、競馬という世界で何度も大きなレースを勝ったらしい。そして母の兄も勝ったことがあるというのだ。
わたしにこの話を聞かせてくれたとき、母はわたしにこう言った。
「あなたも競走馬として立派になるのですよ」
「競走馬はなにをするの?」
「かけっこで一番になるのです。そうしたら人間たちも優しくしてくれますからね」
「お乳はたくさんもらえるの?」
母は目をぱちくりさせて、その後に微笑むと、
「えぇ……たくさん貰えますよ。だから私の小さなお嬢さん、頑張るんですよ」
そういうと母はわたしの体に優しく鼻をこすりつけた。
だからわたしはかけっこで一番になるために毎日毎日、放牧場で走り回っているのだ。
木まで走ると柵のそばに人間たちがいるのに気付いた。
ダニーと牧場長だった。
わたしと栗毛の仔馬は人間たちに近づきそろって柵の外に顔をだす。
ダニーが優しくわたしの顔を撫でてくれる。ダニーは大柄で体も手もおおきい。まえに一度馬房の中でダニーのことを噛んだら、わたしはダニーに軽々と持ち上げられてしまった。わたしはどうにか逃れようと暴れたが、それも叶わず、何もできなかった。それ以降、人間に悪いことをしたらだめだということをわたしは学んだのだった。
「さっきの走りを見ているとこの鹿毛の子は走りそうだな。そう思わないか、ダニー」
「そう思います。体の使い方といい、この牧場の仔馬達のなかでも抜き出ている子ですよ。
それに人懐っこくて馬房の中でも悪さをしない従順な性格ですし」
ダニーの言葉に満足そうに頷く牧場長。
やはりわたしは期待されているらしい。
嬉しくて母にこのことを言いたくなったわたしは母を目指して走り出した。