絆
どれほど時間がたったのか。太陽が昇り、暗かった世界が徐々に明るくなっていく。放牧地には彼女が流した血が草の上を赤く染めていた。
私は冷たくなってぴくりとも動かない彼女のそばを一時も離れなかった。彼女を1人にはできなかった。
遠くのほうで人間たちが来ているのかあわただしい音が風に乗って運ばれてくる。
*
「おい、マイジュエルとラブイズマインドがいないな」
牧場の従業員たちが馬を集め厩舎に戻すために放牧地にやってくると馬の数を確認していた。
「いつもなら群れと一緒にこの近くにいるはずなんですが……放牧地の奥の方にいるかもしれないので中に入って確認してきます」
他の従業員が群れの親子を捕まえ、次々と厩舎に戻る中、マイジュエル親子、ラブイズマインド親子を探して一人の従業員が、広大な放牧地の奥地に入っていく。
青々と伸びている草地を踏みしめながら黙々と歩ていくと遠目に馬の親子が見えた。どうやら一頭の母馬は寝転がり、もう一頭母馬は横に立っている。
近くに動き回る二頭の仔馬も見えた。
やれやれ、集牧にきづかないで寝ていただけかと男は思った。
歩きながら近づいてくる男に気付いたのか、立っている母馬がこっちを見つめている。
「あぁあの顔はマイジュエルだ、ってことは寝てるのはラブイズマインドか……それにしてもまだ寝ているなんて珍しいな、いつもならご飯の時間だってわかっているはずなのに」
男は段々と近づくが途中で違和感に気付いた。嫌な予感がしてまさかと思い、小走りにラブイズマインドの元に駆け寄った。
案の定だ。
彼女は死んでいた。
彼女の周りの草地は彼女の血で所々真っ赤になっていた。
慌ててトランシーバーを取り出し、他の従業員へ連絡する。
「厩舎長、大変です、ラブイズマインドが放牧地で死んでいます!」
「なに!?ラブイズマインドだけか?仔馬とマイジュエルはどうした?」
「マイジュエルと二頭の仔馬たちは近くにいます、見たところ怪我はしていなさそうですが……とにかく応援をお願いします」
「わかったすぐに行く」
トランシーバーを切ると、男はマイジュエルに近づき、持っていた引手をかけた。マイジュエルの体にも血の跡があり、まさかと思い体や足元を確認するが、どうやら彼女は怪我はしておらず、ラブイズマインドの血がついているらしかった。
彼女に怪我がなくほっとしていると、厩舎長がトラクターに乗ってきた。
厩舎長は車をとめると、
「これは可哀そうに……夜中に雄鹿の角に刺されてやられたんだな、腹に穴が開いてやがる」
「そんなことが起きるんですか?」
「あぁ、たまにだがな……エゾシカは特に大きいし、牡鹿となるとさらに大きいからな、すぐに気付いてやれば助けられたかもしれないが、夜中じゃ無理だ。とりあえずマイジュエルたちを厩舎に連れて帰ってくれ」
厩舎に帰ってくると当たり前だが、ラブイズマインドの仔馬は馬房で独りぼっちだ。放牧地から連れて帰ってくるときはマイジュエル親子がいたからか案外大人しかったがやはり馬房で周りに誰もいなくなると落ち着かないのか、母親を探しているのか鳴いたり常に動き回って落ち着かない。
他の従業員たちも突然母親が亡くなった仔馬を不憫に思って相手をしてやるが、普段の仕事がある、つきっきりというわけにもいかない。人間がいなくなると独りぼっちが寂しいのかまた鳴きだすの繰り返しだ。だが、離乳にはまだ早いし、かといって乳母馬を連れてくるほど小さい仔馬でもない。
可哀そうだが仕方がない。
馬たちを放牧地に放す、事故があってから初めての放牧だったためラブイズマインドの仔馬が心配でしばらく様子をみていた。
すると仔馬はラブイズマインドと仲が良かったマイジュエルの元へ走っていく。マイジュエルも仔馬を追い返すどころかグルーミングをして仔馬を受け入れていた。そのまま仔馬はマイジュエルの近くから離れない。
この様子を見ていた厩舎長はあることを思いついたようだった。
厩舎にはVIP馬房と呼んでいる馬房が一つだけある。繁殖用の馬房は親子が入れるように元から普通の馬房より大きいが、VIP馬房はその馬房を二つ繋げさらに大きくした特別な馬房だ。厩舎長はそこにマイジュエル親子とラブイズマインドの仔馬、三頭を入れることを考えたようだ。
はたして、厩舎長の考えは当たった。
三頭を同じ馬房にしてもまるで最初から一頭の母馬と二頭の仔馬かのように喧嘩もすることなく親子たちはのんびりと過ごし始めた。
ラブイズマインドの仔馬も他の馬がいると寂しくないのかパニックにならずにいた。
その不思議な関係性はまるでラブイズマインドとマイジュエルの絆をみているようだった。




