別れ
本格的な夏になり私たち親子は昼間に加えて夜間放牧も始めていた。太陽の日が沈み、同時に訪れる暗闇。しかし私は夜が嫌いではなかった。夜だと昼間の暑さもいくらか涼しくなるし、煩わしい虫たちも少なくなる。
私たちは思い思いに夜を過ごす。青草はたっぷりあるし、体を動かしたくなれば思うぞんぶん走り回れる広い牧草地。何不自由のない生活だ。
唐突に甲高い声が遠くから、私たちとは違う鳴き声が聞こえた。声は最初小さかったのが、私たちがいる放牧地に近づいてきているのか徐々に大きくなってくる。
またあいつらだ。
怯えた我が子が私のそばにやってきた。守るように彼の横に立つ。首を高くあげ、耳をせわしなく動かす、些細な音も聞き逃さないためだ。万が一あいつらが近寄ってきたら噛みつき蹴り殺してやるまでだ。
私たちとは違う独特の匂いが風に乗って伝わってくる。興奮状態の私は鼻の穴を大きく広げ、大きく息を吸う。
やつらは常に集団で動いている。夜、我々の放牧地に来ては青草を食べて、日が開けるころに去っていく。今夜も青草を食べに来たのだろう、あちらこちらで食べている。彼らの群れを見ていると、子供もちらほら見える。
彼らを警戒しつつ私は自分の子と一緒に、彼らから一定の距離をとるために牧草地の端にきた。
しばらく様子をうかがっていると彼らが突然一斉に走り出した。柵を乗り越え森の方に消えていく。
私はそれをじっと見ていた。耳を澄ます。音が徐々に遠くなっていく。どうやら彼らは全員いなくなったようだ。ようやく平穏な夜が戻ってきた、と私は安堵していた。
その時、空気を震わせながら甲高い嘶きが遠くから聞こえてきた。
私はその声を聴いた瞬間に声がした方角に向かって走り出した。とても嫌な予感がした。その鳴き声は助けをもとめる声だったからだ。
近づいてくると段々と血の匂いが濃くなってくる。
嫌な予感は当たった。
彼女が、ラブイズマインドが左側のお腹から血を流しながら歩いていた。ひばらあたりの皮膚が破れ、白いものが見えている。いなないていたのは彼女だった。けがの痛さからか興奮状態の彼女は私が近づいても狂ったように甲高い声で助けを求めていた。でも声をあげるたびにお腹から血が落ちてくる。
彼女の目は血走り息が荒い。相当出血しているようだ。
私は彼女に近づき興奮状態の彼女を安心させるために寄り添い一緒に歩いた。彼女の目が少し落ち着いたように細くなった。それでも立っているのが辛いのかしばらくすると彼女はとうとう地面の上に倒れてしまった。私は必死に横たわった彼女の体を舐める。最初は立ち上がろうと懸命に足を動かしていたがその足も動きがちいさくなり、彼女は段々と、だんだんと弱っていった。荒かった呼吸も次第に静かになっていく。
彼女の目に涙が溢れ、一筋流れた。
私は悲しかった。
舐めるのもやめた。もう無駄だと分かったからだ。
その日は突然やってきた。
なんてことない一日だったと私は思っていたのに。




