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「だから俺がここにいた」

 ジェラートは帝都に存在するマフィアの一つだった気がする。

 その程度しか分からないまま、ガラの悪い男とその舎弟に連れられて、僕は夜の街を駆けていく。


「図体の割にはなかなか速いな」

「……帝軍幼年学校では落ちこぼれだったから、散々走らされたんだ」


 そうは言うものの、ガラの悪い男のほうが速かった。

 舎弟は息を切らしながら走っているのに、僕だって息切れしているのに、この人は息一つ乱れない。


「着いたぞ……くそ、もう始まっていやがるな」


 先ほどの酒場よりダークな雰囲気を醸し出している、地下へ続く店の中で喧騒が聞こえた。この辺りは治安が悪いって近衛兵の間で噂されていたっけ。


「お前、武器持っているか?」

「あ……持ってない……」

「それでいい。下手したら殺しちまうかもしれねえからな」


 僕はそんな達人じゃない。むしろあったほうが安心できるんだけど。

 言うことができずにもじもじしていると「準備はいいか?」と手に薄手のグローブを付けたガラの悪い男。舎弟も短い警棒みたいなのを持っていた。


「――行くぞ!」


 二人は勢いよく中に突入する。僕もつられて駆け足で入ってしまう。

 階段を一段飛ばしで下りて、ガラの悪い男が扉を蹴飛ばす――


「…………」


 目の前にはマフィアのメンバーが倒れている光景。

 生きているのか、死んでいるのか分からない。

 その中心にいるのは、コートを羽織った包帯男――ブリキさんだ。


「なんだよ、ブリキの旦那。あんたが出張るのか」


 一気に緊張が解けたようなガラの悪い男。

 振り返って非難する様な目を僕に向ける。


「お前も言えよ。そしたら急いでくる必要もなかったのに」

「えっと、その。僕何も知らない……」

「……はあ? お前『セカンド』のメンバーじゃないのか?」

「……セカンド?」


 互いの認識が異なっているようで、僕たちは混乱していた。

 舎弟もピンと来ていないようだ。


「……そいつは新入りだ。今日入ったばかりで何も知らない」


 ブリキさんが感情の無い声で分かりやすく僕の状況を説明してくれた。


「うお!? だ、旦那? あんた喋れたのか?」


 別の意味で驚くガラの悪い男。

 舎弟も口をパクパクさせている。

 長い付き合いではなさそうだけど、喋るのレアなんだ……


「だから俺がここにいた」


 そう言い残して、ブリキさんは僕たちの横を通り抜けて去っていった。

 ガラの悪い男は「すげえ珍しかったな」と改めて驚いた。


「それと、どうやらお前には説明が必要なようだな」

「ええ。そうだと思います」


 よく分からない状況を解決してほしいのは、僕も同じだった。



◆◇◆◇



「えっ? 何も知らなかったの? だったら言ってもらいたかったな」


 酒場に戻って、メリッサさんに事情を説明すると、彼女は驚いた。

 僕からも話すべきだったけど、どう説明すればいいのか分からない。

 とりあえず、客がいなくなった店内で僕とメリッサさん、ガラの悪い男とおじいさんで話している。舎弟はあの地下の店で後片付けをしていた。


「僕はただ、近衛兵の宿舎に泊まれなくなって……」

「えっ? 近衛兵? あなたが?」

「う、うん。元だけど」

「強そうには見えないね」


 図体だけ大きい僕に響く言葉だった。

 ガラの悪い男は「まあ近衛兵は弱兵だからな」とフォローでも何でもないことを言う。


「そ、それで、代わりの宿を探しに、兵長からもらった紙を頼りに、ここに来たんだ」

「ふうん。じゃあ本当に何も知らないんだ」

「じゃあ俺のことも知らねえわけか」


 ガラの悪い男が訊ねたので、僕は首を縦に振った。


「俺は『フィアンマ』の若頭、スターレッドだ」


 フィアンマ……ジェラートよりも古くから帝都に根付いている老舗のマフィアだ。

 そこの若頭ということは、相当だと言える。


「僕はエドワードと言います」

「なんだ。あんまりビビってねえな」

「危害を加える雰囲気がありませんから。そこら辺は幼年学校で習いました」


 教官の指導のタイミングを逸すると痛みが倍になる。

 スターレッドさんは「軍人さんらしいな」と苦笑いした。


「じゃあ私も自己紹介するわね。メリッサって言うの。そっちは私の祖父でロゴー。よろしくね」


 メリッサさんの紹介でロゴーさんは軽く頭を下げた。

 僕は「よろしくお願いします」と敬礼した。


「互いに名乗ったところで、いろいろ質問するぜ。お前はブリキの旦那と同じ所属なんだよな?」

「それはあっています。今日、知り合いました」

「でもセカンドの名は知らなかった。それもあっているな?」


 僕は頷いた。

 メリッサさんは「面倒見がいいのか悪いのか、分からないわね」と呟く。


「所属した組織の名称を知らなくて、それでもブリキさんが応援に来た。訳が分からないわ」

「同感だ……まあ、俺が知っていることを話すとするか」


 スターレッドさんが「まず、セカンドは帝都の自警団みたいなもんだ」と説明し出した。


「ここ二年の間にできた組織で、構成員はお前を含めて四人――いや、ボスを含めれば五人か。少人数の組織だが、帝都の勢力図をひっくり返せるほどの戦力を持っている」

「そ、そうなんですか?」

「自覚なしかよ。だってライやヴィオラ、ブリキの旦那が揃っているんだぜ? 大隊くらい全滅させることぐらいやってのけるさ」


 信じられない思いが強かったので驚けなかった。


「なら、なんで僕が選ばれたんでしょうか?」

「そうだな。お前、どういう経緯で近衛兵からセカンドに入った?」

「す、水路に子供が落ちてしまって……」

「はあ? 水路に? それって城の堀のことか?」

「う、うん。僕、門番だったけど、助けたんだ」


 いまいち理解できてないスターレッドさんに「門番は持ち場から離れてはいけないのよ」とメリッサさんが助け船を出してくれた。


「離れたら処分が下されるわ。最悪、除隊ね」

「なるほど。つまりお前は最悪のケースを踏んじまったってことか」

「うん。それから――」


 そこから皇子の話をしようと思ったとき「待て」と声をかけられた。

 おじいさん――ロゴーさんだった。


「もしボスの話をするのなら、やめておけ。わしたちは何も知らん」

「な、何もとは?」

「ボスの素性だ。もし知ってしまえばわしらの身に危険が及ぶかもしれない」


 そうか。ボス、つまり第二皇子のウィン様のことをこの人たちは知らない……


「えっと。ボスにスカウトされて、今ここにいます。それしか言えません」


 スターレッドさんとメリッサさんは顔を見合わせた。

 いろいろ考えているみたいだけど、藪蛇になるのを恐れたようで「大変な一日だったな」とスターレッドさんは同情してくれた。


「そういや、あなた夕飯まだでしょ? おじいちゃん、何か賄い作ってくれる?」

「いいぞ。少し待て」

「あ、いや。そんな気を使わなくても……」


 メリッサさんは「何言っているの」と笑っている。


「これから街の平和を守ってくれるんでしょう? だったら力付けないと」


 落ちこぼれの軍人に、街の平和を守れるんだろうか。

 不安が強まるばかりで、何ができるかと心配してしまう。


「ほら。シチューだ。食え」


 ロゴーさんが出したのはビーフシチュー。そして柔らかそうなパンだった。

 スプーンで一口食べる――美味しかった。


「こんなに美味しいシチュー、初めてです!」

「……あまり上等なものは食べていないようだな」

「もう。おじいちゃん照れちゃって」


 ガツガツと貪るように食べて、酒場の二階の空いている部屋に案内されて、僕はベッドに横たわった。


「明日は九時までに行かないとな」


 いろいろあって大変な一日だった。

 目を閉じるとすぐに夢の中に誘われる。

 明日は良い日になるといいなあ……

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