8話 転校生として
ようやくタイトル回収できました
十月中旬、転校初日の朝。
「やっぱ知らない女子怖いんだけど……」
「大丈夫。お兄なら何とかなるって」
「でもぉ……」
いざ初登校となったとたん不安が込み上げてきた佑月は、炬燵の足にしがみついて駄々をこねていた。女子に慣れるための特訓を始めておよそ三週間、心春や一穂の女友達となら問題なく話せるようになった佑月だが、結局全く知らない初対面の女子に対する耐性は付かなかった。
「ほら早く出てきて。私もついてってあげるからさ。怖いなら手も繋いであげるから」
「でも心春も学校があるんじゃないの?」
「一応事前に連絡済みだから大丈夫。だからほら、行くよ」
心春は佑月を炬燵から引っ張り出し、玄関まで引きずった。
ここまでくればさすがに観念したようで、佑月はしぶしぶ靴を履いた。
「ほんとに行かなきゃだめ?」
「当たり前でしょ。大丈夫、お兄可愛いからちやほやされるって」
「それはそれで嫌なんだけど……まあグズっても仕方ないしね」
「そうそう。だからほら、頑張って行ってみよ」
ようやく登校することを決心し、佑月はドアを開けた。
久々の外出に加えて慣れない制服で足が竦んだものの、心春の手を握って何とか家の敷地を出た。そして、同じ時間に登校している学生からの視線を何とか無視して最寄り駅まで歩いて行った。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと慣れてきたかも」
改札の前で一休みして、佑月は再び歩き出す。今度は心春の手を握らず、一人で。
「後ろからちゃんとついて行って上げるから頑張って」
「……うん」
改札を潜り、ホームまで行けた。
「っ……心春、来て……」
しかし、通勤通学で人の多いホームに来ると、突然佑月に向けられる視線が増えた。
「あの子可愛くない? 隣の子お姉ちゃんかな?」
「いや、確かあの制服この辺の中学校のだよ。セーラー服の子は星乃の子じゃない?」
「お前彼女欲しいんだろ? ちょいあの子でもナンパして来いよ」
「いやいや無理だって、あれハードル高すぎるから」
等々、主に学生たちから注目を集めていた。心春の手を握る佑月の手が少しこわばる。今までとは違い、ここには当然男もいる。そして、ちょうど登校時間である今、男子高校生も同じ空間にいる。それだけなら見ないようにすればいいだけだが、小声で噂されてしまうと、さすがに気にしないようにと思っても反応してしまうものだ。
「お兄、これ」
このままではまずいと思った心春は、カバンからイヤホンを取り出し、佑月に差し出した。「ありがと、心春」
佑月は音量を大きめにして、外からの音が極力聞こえてこないようにした。心春も佑月を庇うように前に立つ。そのまま電車が来るまで立っていると、次第に二人への視線も減り、電車が来た頃には完全に視線も別のほうを向いていた。
電車内でも同じように見られたものの、心春がホームの時と同じように立ち、佑月を隠した。
「心春、ほんとありがと」
「ううん、気にしないで。それに、お兄の可愛いところも見れたからそれでチャラってことで」
「ん……あ、いや、これは違うから!」
佑月は心春に可愛くくっついていたことを思い出し、とっさに離れる。
「私の胸は堪能できた?」
「ふっ」
「ちょ、鼻で笑わないでよ虚しいじゃん」
佑月は少し視線を下げ、何の発展もなかった平らな胸を見て笑い、そして自分の胸を心春に押し付けた。
無言で悔しがる心春を見て、佑月はまた笑う。
「もうついて行って上げないから」
「やー、ごめんって。帰ったら……ね?」
「じゃあ許す」
久々に好きにしていいよという事で、あっさり和解した。
(チョロいな)
(お兄チョロすぎ)
もちろん、お互いがそう思っていることなど知る由もない。
学校の最寄り駅に付くと、同じ星乃の生徒が何人かいた。
ごく普通な女子高生、紗月のようなおしゃれな女子、まさにお嬢様のようなオーラを放つ女子エトセトラ。女子の割合が突然多くなり、また佑月の足が竦む。
邪魔にならないところに移動して、佑月は気を紛らわすように自販機でジュースを買ってグビっと一気に飲み干した。それから生徒が減るまで休むと、また心春の手を握って歩き始める。
これを何度か続け、ようやく佑月は校門を抜けることができた。もちろんまだ心春の手は握ったままだ。
「もう大丈夫?」
「……うん、行ける」
「そう。じゃあ私は戻るから、何かあったら連絡してね」
「わかった。ここまでありがとね、心春」
「ううん、帰ったらたっぷりご褒美もらうから気にしないで。それじゃ、頑張ってねー」
心春は手を振りながら学校を後にした。ここからは、佑月一人だ。頼れる人もいない。
(うし、行こ)
なるべく普通に見えるようにしながら、教室に行く前に職員室に行った。
「あら宮野さん、早いですね。まだ時間ありますし、とりあえずこれでも飲んでゆっくりしててください」
「はい、ありがとうございます」
少し早く着いた佑月は、まだ時間があると、時間が来るまで職員室でゆっくりすることになった。
(はぁ~、梅昆布茶うまー)
ソファーに腰掛け、出されたお茶を飲みながら、佑月はぼーっとしていた。お茶うまーとか、綺麗な校舎だなーとか考えながら、ソファーにもたれかかっている人形のようにただ静かに天井を見ている。
そうやってぼーっとしながら寛ぐことおよそ十分、ついにホームルームの時間が来た。
(ウケとか狙わず無難に、質問も笑顔で答えて……)
もうすぐ知らない女子たちと初対面と思ったとたん不安になり、頭の中で流れを考える。
「宮野さん?」
「はいっ! なんですか……?」
「ゆっくり深呼吸してください。そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
担任になる綾野に言われた通り深呼吸し、そして頬を強く叩いた。
「よし!」
なるようになるのだと思いきり、教室の扉の横の壁にもたれかかり、名前を呼ばれるのを待った。
「突然ですが転校生を紹介します。宮野さん」
名前を呼ばれると、佑月はもう一度深呼吸してゆっくり教室に入った。
「宮野佑月です。えと、よろしくお願いします!」
少しふわっとした髪でさらに幼さが際立つ容姿に可愛い声、そして守ってあげたくなる不安げな表情での挨拶に、クラス中が心を奪われた。
「えっと……?」
「質問いいですか!」
「ひゃいっ!」
突然の大声に驚いて噛んでしまい、佑月は顔を赤らめながら俯いた。
「質問は各々休み時間にしてください。とりあえず、宮野さんはあそこの空いてる席に。柏木さん、教科書見せてあげてくださいね」
「はーい」
佑月は俯いたまま言われた席に座った。
「よろしくね、宮野さん」
「よ、よろしく……」
「あ、私の事は気軽に由夏ちゃんって呼んでね」
由夏の圧に負けそうになりながらも、何とか佑月は笑顔で乗り切った。
「この時期に転校って珍しいね?」
「急な転勤でこっち来たから……」
佑月はあらかじめ心春と考えておいた質問対応マニュアル通りに答える。
「へー、でもここ結構偏差値高いし……頭いいんだね」
「頑張って勉強したからね」
その後もホームルーム中質問され続け、なんとか目をそらして相手が女子だと思わないようにしながらその質問に答え続け、何とかその時間を乗り切った。しかし、ホームルームが終わると今度は由夏以外からも質問が飛んでくるようになる。
「どこから来たの?」「なんか部活やってた?」「撫でさせて!」「どこ住み? Lineやってる?」
「まって、一斉に言われても答えられないから……」
「はいはーい、質問したい人は一列に並んでー」
一斉に聞かれて困っていた佑月に、由夏が助け舟を出した。
「部活とかやってた?」
「文芸部だった。まあずっとだべってただけだけどね」
「めっちゃ髪綺麗だけどケアどうしてんの?」
「妹に言われた通りやってるからよくわかんない」
「連絡先教えて」
「あとでね」
等々、休憩時間にも拘らず、佑月は休む暇もなく質問に答え続け、結局授業開始まで休むことができなかった。
一限目の数学が始まると、佑月の周りに群がっていた女子も席に着き、ようやく落ち着くことができた。佑月はため息をつきながら由夏の机に自分の机をくっつけ、新品のノートを開く。
(お、この前一穂に教えたとこだ)
ある程度の範囲を予習している佑月だが、しっかりと板書する。背が低くて見えにくいところも、由夏に見せてもらってしっかりと書いている。
「宮野さん、可愛い字書くんだね」
「そうかな?」
「うん。こんな字でラブレターもらったらときめいちゃうと思う」
「あはは、そうかな……」
「理想的な字って感じ~。私もこんな可愛い字書きたかったー」
「ゆ、由夏ちゃんの字もきれいでいいと思うよ。あ、そこ答え違う」
「あれ、マジ?」
「うん。この辺から計算間違ってる」
「……ほんとだ。てか宮野さん、パッと見ただけでわかるってすごいね」
「ここは前やったところだから」
「はえー、転校早々であれかもだけどさ、放課後に数学教えて欲しいんだけど」
「……うん、いいよ」
少し迷うも、なるべく耐性を付けて行こうと佑月は承諾した。
(いいよなんて言っちゃったけど、大丈夫かな……)
※ ※ ※
夕日の差し込む教室で、佑月と由夏の二人きり。
由夏に勉強を教える佑月のほうが緊張しながら、二人きりの勉強会が始まった。
「じゃ、じゃあ、始めようか……」
「はーいっ」
「とりあえずこの問題解いてみて」
「作ったの?」
「うん、昼の間に……」
「すごー! って、どうしたの。顔赤いよ?」
「いや、何でもな——いっ⁈」
心配した由夏は、顔を逸らそうとした佑月のおでこに自身のおでこを当てた。
「うん、熱はないみたい」
「大丈夫、そう言うのじゃないから……」
突然顔を近づけられ、今にも張り裂けそうなくらい心臓をバクバクさせながら佑月は何とか答える。
「もしかして……こういうの苦手だった? そうだったらごめんね?」
「ううん、そうでもないの。なんて言うか、人見知り……みたいな?」
女子が苦手だというと違和感があるだろうかと思いった佑月は、ひとまず「人見知り」という言い訳をした。
「そっか、じゃあ無理させちゃったみたいで……ごめんね、ホント」
「き、気にしないで! いいよって言ったのは自分だし、それにさすがに慣れなきゃだし……」
「じゃあさ、勉強教えてくれるお礼に人見知り克服付き合ったげる!」
由夏は佑月の手を握り、まっすぐ目を見ながらそう言った。
「ふぅ……うん、これから、よろしくね」
佑月は何とか目をそらさず、顔を赤らめながらも由夏の目を見てそう返す。
「じゃあさ、せっかくだし、横座るね」
「あ、う、うん……」
「あっはは、めっちゃ緊張してるね」
(うわ、近い……。それに、すごいいい匂いする……)
緊張で言葉が出ない佑月の隣で、由夏は問題を解き始めた。
夕日の差し込む静かな教室には、カリカリとシャーペンを走らせる音だけが響いている。
たまに首を傾げながらもまずは一人で黙々と問題を解いている由夏に、佑月は会話しなくていいと安心しながらその姿を見守る。
「できた!」
「おお、全部あってるね」
数分後、問題を解き終わった由夏の解答を見て少し驚いた。
「ほら、授業中教えてくれたじゃん?」
「へぇ、すごい飲み込み速いんだね」
「ううん、宮野さんの教え方がうまかったからだよ」
「そっか、それは……よかった。ちなみに、他にわからないところかある?」
「うーん、関数とかその辺苦手かも」
「めんどくさいもんね、あれ。あれは——」
佑月はノートに適当な問題を書き、それを由夏と解きながら解説した。
「……こう?」
「そうそう、正解」
「宮野さんの説明、マジわかりやすかった!」
「ならよかった。あ、ここのページあげるよ」
「ほんと? 助かるー! じゃあこっからは私が教える……てか、手伝う番だね。いつから始める?」
「とりあえず今日は妹の夕飯作らなきゃいけないから、また後日お願いするね」
「そっか、わかった! それじゃあ今日はありがとね。私、とりあえず部活に顔出してくるから」
「うん。それじゃ、またね」
二人は教室を出てすぐに別れた。佑月は入学初日で部活に入っていないので、どこかによることもなく学校を出た。
「よっ、佑月」
下校途中、夕飯の食材を買いにスーパーで買い物をしていると、たまたま居合わせた一穂がそう声をかけた。隣には佑月の知らない女子もいる。
「七宮君、知り合い?」
「ああ、俺の幼馴染だよ」
「へぇ。私、有坂燈梨。よろしくね」
「み、宮野佑月……です」
「ん、なんて?」
小さすぎる声で聴きとれなかった燈梨は、佑月に聞き返した。
「あー、こいつ割と人見知りなんだよ」
一穂にそう言われると、燈梨は「そういうことね」とだけ言い、それ以上は何も言わなかった。
「それじゃあ俺らはちょうどこれから帰るとこだから、じゃあな」
「うん、ばいばい」
特に雑談をすることもなく、一穂は佑月の前から立ち去った。一穂が、佑月の知らない女子と一緒にいるから緊張するだろうと気を使ったからだ。
その後一人で買い物を済ませて家に帰った佑月は、帰ったら真っ先に風呂に入る心春がちょうど風呂から出る時間くらいに夕飯ができるように準備を始めた。
(学校、うまくやってけるかなぁ)
夕飯の支度をしながら今日一日のことを思い出して、そんなことを考えていた。
由夏とは何とかうまくやれたが、それは佑月と由夏が隣の席で嫌でも慣れなければいけなかったのと、勉強を教えるという名目があったからで、そういうほんの少しの積み重ねもなく突然ぐいぐい来られたら今の佑月では到底うまくやれるわけがない。
(……でも、由夏ちゃんは人見知り克服手伝ってあげるって言ってたし。もしかしたら……?)
しかし、由夏が居てくれればもしかしたらと佑月は少し希望を持った。
「よし、明日から頑張るぞ!」
不安を抱えながらも、何とか明日からの学校生活にやる気を出せた佑月であった。
作業用ノートPCで書いてみたんですけど、ノートPCっていいですね
すっごい使いやすいしどこでも小説書けるしこれがないと生きていけない体になっちゃいそう




