4話 変わってしまう日常
「すぅ……すぅ……んっ、ふぅ……」
並べた椅子に横になって数分で眠ってしまった佑月は、可愛らしい寝息を立てて授業が終わるまで眠っていた。
「宮野ー……あれ、どこだ?」
チャイムが鳴り、戸田の声がするも目は覚めず、佑月はまだ椅子の上で寝ている。
「ふぅん。じゃあお礼でも貰おうかな」
届けに来たバッグを床に置くと、戸田は寝ている佑月の上に体重をかけないように跨り、胸に手を伸ばして服の上から触った。
「結構あるな……」
さらに、服の上からでは満足できなかったのかシャツのボタンを開け、下着に手を入れて佑月の慎ましくもしっかり膨らんだ胸を堪能する。
「んっ——っ⁉」
「ちっ、起きたか」
さすがに服を脱がせるとまではいかなくとも、直で胸を触っていれば佑月も気づく。
急いで椅子から離れようと、なんとか身体をずらして抜け出して立ち上がる。
「お前、このために——」
教室で男子に向けていたような嫌悪丸出しの視線を戸田に向ける。
「うるせぇ!」
教室で男子たちを宥めていた時の戸田とは別人のような表情で、声を荒げて佑月を蹴りつけた。
あまりの変わりように驚き、何とか落ち着かせようと話を聞こうとする。
「まって、痛い……ど、どうした……」
「どうした? お前はいつもいつも俺をゴミのように……クソがっ!」
しかし、完全に正気を失っている戸田は佑月を別の誰かと重ねて見ていて、もはや話になりそうもない。
「ま、まて、俺はお前と話したのは今日が初めてだぞ!」
「うるせぇ!」
完全に我を失っている戸田が、後退りする佑月を押し倒した。
「兄ってのを……男ってのを怒らせたら怖いんだぞ!」
「ま、待って、ごめん、わからない……お前、どうしたんだよ……」
恐怖で涙を流しながら、それでも佑月は宥めるように問う。
しかし、もはや戸田に佑月の声は聞こえていない。
戸田は片手で佑月の口を押え、もう片方の手で服を脱がそうとする。
「ん、んんん!」
頭に血が上って判断力を失っている戸田は、佑月と別の誰かを完全に重ねて見ている。
どうにか抜け出そうとするが、全く筋肉がついていない今の身体に加え、押さえつけられて抵抗もままならない恐怖で上手く力が入らず、されるがままボタンをはずされ、純白の下着が露わになるった。
そして、戸田が下着をずらそうとしたとき——
「お兄、遅くなった……あれ?」
うっすらと「んんん」と声が聞こえるが、佑月が押し倒されているところはちょうど机で死角になっているのでどうなっているのかは見えない。
しかし、バレたら人生が終わりかねないこの状況で他人の声が聞こえ、ようやく我に返った戸田は、佑月から手を離した。
。
「ぷはっ……こ、こはるぅ……」
「お兄!」
嫌な予感がしてスマホのカメラで動画を撮影しながら近寄ってみれば、兄が襲われている。
「証拠バッチリ残したから。覚悟しなよ」
「っ、ああ、クソッ!」
もう後に引けない状況で、戸田は立ち上がって心春に襲いかかった。
しかし、心春もある程度自衛はできるし、こういうコトには慣れているので、詰め寄る戸田の股間に前蹴りを喰らわせ、一発で無力化した。
「おま、お前……こかっ——」
「うるさい! 死ね変態!」
急いでバッグを持ち、はだけた服を直して図書室から離れる。
男子校に近い地区の中学校の制服を着た女子が二人もいれば当然注目を集めてしまうので、逃げる様に校舎から出た。
「おや、宮野。帰るのか」
「はい。いろいろありまして」
「……そうか。なら、ひとまず指導室で話を聞こう。妹さんも来てくれ」
指導室に居た時には付けていたはずのリボンが外れていて、ボタンも一つ掛け違えているのを見て、早速佑月が何かされたのだとすぐに理解した阿賀野は、外のあまり見られない場所で授業が始まるのを待ってから佑月たちを生徒指導室に連れて行った。
「大体この動画の通りです」
そこで心春が何があったのかを説明すると、阿賀野は頭を抱えた。
阿賀野曰く、戸田は家で問題を起こして以降、女子に対して何度か同じようなことを仕掛けたことがあるらしい。
しかし高校生になってからは男子校で、最近は至って真面目に過ごしているからもう大丈夫だろうと思っていたが、全くそうではなかった。
「すまない。この件は私たち教師も悪い。夏休みの時点でもっと強く反対しておくべきだった」
佑月が夏休み明けにここなら登校してきたのは、友達と離れるのは嫌だったからだ。
もちろん教師の大半が反対していたが、問題児も少ないから馴染めるだろうと楽観視していた。
「だから宮野、今後も学校に通いたいのなら前提案した件、考えてはくれないか? あそこなら宮野のことを守ってくれる」
「女子高ですか……」
佑月が男子校に通っているのは女子が苦手だからという理由なのであまり気乗りはしない。
しかし、今男子といるのはまた別の恐怖があるので女子といる方がマシだし、克服したいとも思っているので、ひとまず「考えてみます」と答えて佑月は心春と家に帰った。
「私このまま学校休むから。今日は一緒にゆっくりしよ」
「うん」
制服を脱いで、二人でお気に入りの部屋着に着替えた。
どうせ今日は学校に行かないと思うと気が抜けて、佑月はソファーに倒れ込んだ。
「心春、心配かけたな」
「今回は仕方ないよ。お兄は悪くない。それより、学校どうするの?」
「とりあえずゆっくり考えるよ。勉強は一応自分でなんとかできるし」
「そう。じゃあまあ、ゆっくりやすも」
その日から二週間ほど、佑月は学校に行かず家でのんびり過ごすのだった。
※ ※ ※
あれから、戸田との件は無事解決した。
結果的には示談で終わり、佑月はそれなりの金額を貰い、あの件で戸田が憔悴しきってもはや佑月に何かしようとする気力すらなさそうだったのを見てひとまずは安心だ。
しかし、男子からの質問と視線、それに加えて強姦未遂がトラウマとなって一穂以外の男子に対して苦手意識を抱くこととなった。
戸田は退学になったもののそれ以外の生徒とのこともあって、現状不登校が続いていが、時間ができた佑月は示談金でショッピングを楽しんだりゲームに少し課金したりと案外元気だったりする。
そして、二週間の間に佑月は少しずつ女の子らしくなり、一人称は「俺」から変わらないものの、ちょっとしたしぐさや口調、私服などが可愛らしくなった。
「お兄、起きて! 学校がないからって不規則な生活しないの!」
「うぅ、まだ眠い……」
「遅くまでゲームしてたからでしょ。ほら、起きて!」
いつものように、心春が佑月の布団を無理やり捲る。
「寒いぃ……」
「早く起きないと服も脱がすよ」
「起きる……起きるからやめて……」
「ん、よろしい。あとお兄、クーラーガンガンにし過ぎ。風邪ひくよ?」
「気を付ける……」
すっかりだらしなくなった佑月は、毎朝心春に叱られている。
「朝ご飯作ってあるから冷めないうちに食べてね。じゃ、私学校行くから」
「行ってらっしゃい……」
ようやく起きた佑月は心春を見送ってからリビングのテーブルに置かれた朝食を食べる。
その後は一応部屋着に着替えて食器を洗って洗濯物を干して、出来る家事をこなしつつアニメを見ながら勉強して、昼になったら自分で作って昼食とって、それから心春が帰ってくるまで時間をつぶす。
不登校で家に居るだけなのに家事をしなのも申し訳ないので、朝以外は佑月が家事を担当している。
そんな生活をしていると、阿賀野から「学校のことで用がある」という件名でメールが来た。
本文には「今から家に行く」と書かれている。
普段からリビングは綺麗にしているので、「了解です 待ってます」と返信して阿賀野を待つ。
「待たせたな」
返信から五分ほどで阿賀野が家に来た。
阿賀野を家に上げ、リビングでテーブルをはさんで向かい合って座る。
「早速だが、転校の件だ」
「一応前向きには考えてましたけど……その、もとから行ってる人たちのことが……」
「ああ、女子が苦手だったな」
「いや、そうじゃなくて、その……体育の着替えとか、プールのときとか……」
女子が苦手なのは何とかなる。しかし、問題は中身が男子である佑月が女子高という女子しかいない空間に入ってしまうことだ。
「それについては私からも相談しておく。まあそもそも今は女子なんだからじろじろ見たり盗撮でもしない限りは問題ないさ」
なんとも楽観的な回答に「そうかなぁ……」と戸惑いつつも、自分の学力的にも安全的にも悪くはないと、佑月はすぐに転向の件を承諾した。
いったいどんなつてがあるのか、手続きはすべて阿賀野のほうで済ませてくれるらしい。
「一応準備もいるだろうから、時期は少し開けておく。それまで頑張れ。ではまた、手続きやらで会うことになったらその時にな」
早々に話が終わり、阿賀野は学校に戻った。
その日の夕方、宮野家には一穂もいた。
妙にワクワクしている心春と一穂に女子高に行くことを告げると、さっそく「お前女子苦手じゃん」と一穂に突っ込まれる。
「そうだけど、俺も今はこうじゃん?」
「だからって急すぎだろ。井の中の蛙が大海に出たら死ぬっていうしせめて慣れるとこから始めろよ」
「慣れるって言っても人がいんだよな」
「なら友達何人か連れてこようか?」
心春がそう提案した。
学校一の人気者と言っても過言ではない心春は友達が多いので、適切な人を連れてくることもできるだろう。
「なら俺も呼べるかも」
「まて、なんで呼べるんだ」
「オフ会で仲良くなった子が何人かいるから。あーでも高校生あんまいないかも」
「うわっ、ヤリチンだ」
「ちげぇよまだ童貞だわ!」
「ごめん冗談。予定会う人か読んでもらっていい?」
「いいぞ。佑月もそれでいいか?」
「え、ああ、うん。お願い」
「あ、明日土曜だし私呼んでみる」
ほぼ佑月抜きで話が進み、すぐに計画が始まることとなった。
(大丈夫かなぁ……いや、大丈夫にするためだもんな)
友達の友達との会話からスタートとはいえ、それすら不安だ。
しかし、悩んでいてももう決まっているのだからと、佑月は何とかやり切ろうと決意したのだった。
書き始めたときはこういうシーン書きたいよねってことばっか考えてた