3話 佑月の憂鬱
夏休みも終わりを迎え、登校日が来た。
今後も問題がない限り継続的に通うことになり、今日から一週間は様子見の期間になっている。
男子用の制服のサイズが全く合わず、仕方なく心春が中一の頃に来ていた制服にフリルを付けたり丈を短くして真改造したものを着ているが、一応事前に学校に知らせているので、先生からは問題ないと言われている。
とは言えまだスカートで人前に出ることには慣れていないので、人に見られないよう朝早くに家を出た。
徒歩で行ける距離にある学校で、時間はまだ七時半にもなっていない。
それでも少しくらい人はいるし、こんな時間に中学校の制服を着て男子高のスクールバッグを持った少女が不安そうに歩いていれば視線を浴びてしまう。
それに、朝練で早く登校している生徒もいる。
どうにか視線が気にならないようにスマホで動画を見ながら歩く。
「ひゃっ、ご、ごめんなさい……」
別に人も少ないし大丈夫だろうと油断して歩いていると、黒いセーラー服を着た同世代くらいであろう女子にぶつかった。
「あら……えっと……?」
ぶつかったセーラー服の少女は中学の制服に男子高指定のスクールバッグを持った佑月に困惑している。
「鞄、間違えたりしてないかしら?」
「いえ、一応あってます……」
「そう? まあ、歩くときはちゃんと前をみるようにね」
佑月を優しく注意すると、彼女は「それじゃ、気を付けて」と手をひらひらと振って電車の駅があるほうに歩いて行った。
苦手なはずの女子とぶつかったものの普段のように緊張することはなく、手を振る彼女に会釈して再び学校に向かっていく。
「おや……えっと確か宮野くん、だったかな? 早いね」
学校について校舎に入ると、暇なのか校舎内をうろついていた教頭が話しかけてきた。
「あー、その、あまり見られたくないので……」
自分で見ることに関してはあくまで自分の身体なのでなぜか見慣れた感覚があって大丈夫だったが、まだ他人に見られるのは慣れていない。
「そうかい。そろそろ生徒も増えるだろうから、始業式が始まるまで生徒指導室にでも居るといいよ。あそこは阿賀野先生もいるから、男といるよりは気が楽だろう」
「は、はい、そうさせてもらいます」
生徒指導室なら生徒は基本寄り付かないし、何もない時にそこで休憩している阿賀野は佑月とそこそこ仲のいい教員なので、いたとしても始業式が始まるまでいい話し相手にもなる。
教室には向かわず生徒指導室に直行し、一応ノックしてから入ると、すでに阿賀野がソファーに座って新聞を眺めていた。
「おお宮野、一週間ぶりだな」
「おはようございます、先生」
佑月と阿賀野は始業式前に一度、今後の学校生活について話し合うために会っている。
「それ、妹の制服か。ちょうどいいサイズがあったんだな」
「妹がまだ今の俺くらいの頃のが残っててよかったです」
「普通に私服でもよかったんだぞ?」
「いえ、おしゃれ着的なのそんなに持ってないので」
まだ着て違和感がなければいい程度にしか思っていないので、外出用の服はあまり持っていない。
唯一ある服も、フリルのついた可愛らしいデザインのワンピースなので、学校に着ていくには少々派手だ。もっとも、今の制服のスカートにもフリルがついているが。
「そうだったか。ちなみに服関連で気になるんだが……そのタイツ、暑くないか?」
「暑いけど一穂と妹に履けって言われたので……」
「確かに、そのスカートで生脚じゃ見られるだろうな……」
スカートからスラリと伸びる健康的な脚は、心春から見ても触りたくなるほどで、一穂も一瞬理性が飛びかけたので、せめてタイツを履けと言われたのだ。
「この身体も嫌いじゃないけど、こういうとこめんどくさいですよほんと……」
「美少女特有の悩みだな」
「やめてくださいよもー」
「ははっ、すまんすまん。しかし、その容姿で運動も勉強もできて、クラスではムードメーカーか。なかなかモテそうだな」
「男子からモテても嬉しくないです」
「ははっ、だろうな」
こうして阿賀野と雑談しているうちに、始業式が始まる時間になった。
佑月のことはHRの時に、ひとまずクラス内でだけ公表することになっているので、阿賀野と担任の男性教員からはここで待っていていいと言われて待つことにしたのだが、始業式中に一人で待っているのも暇なので、スマホを眺めてのんびり待つ。
性転換がきっかけでハマったTSものの漫画を読んで待っていると、いつのまにか外から生徒たちの話し声が聞こえてきた。
もうそんな時間かと漫画アプリを閉じてぐっと身体を伸ばして立ち上がる。
スマホをバッグに収め、それから五分ほどで担任がやって来た。
「宮野、今日は先生も少し遅れてホームルームを始めるから、廊下で人に見られない様に待機しててくれ。呼んだらら入ってな」
「はい。あの、転校生みたいにするんですか?」
「そんな感じだ」
担任と軽く打ち合わせをして、チャイムが鳴って少ししてから教室に向かう。
担任が色々話してから呼ばれたところで少しもじもじしながら教室に入ると、歓声が上がった。
そもそも男子校なのに女子が——それも誰が見ても「可愛い」というような容姿の佑月が来れば当然だ。
そんな佑月を見て美少女だの巨乳だの大盛り上がっていると、担任が机を叩いて「静まれー」と男子たちを宥めた。
すぐに静かになったが、近い席同士で佑月を見ながら何かを話している。
「夏休み中盤に起きたらこうなってたけど、宮野です……」
普段はもっと気楽に話す佑月も、いつもと違う視線で緊張しているせいで、固い挨拶になってしまった。
(胸見られてる……)
巨乳というほどではないものの十分に主張された胸は、男しかいない空間で過ごしているクラスの男子たちの視線を釘付けにしていた。
「先生、ドッキリとかじゃないんですか?」
「違うだろ。普通に宮野っぽい顔だし。あの顔はそんないねぇよ」
先生への質問に、佑月と仲のいい男子が答える。
「ちゃんと本人確認も出来てるぞ。けど、中身が宮野だからって変な事言うんじゃないぞ?」
元気よく「はーい」と返事をするクラスメイト達だが、全くわかっていなさそうだった。
「くれぐれも、するなよ?」
HRが終わり、担任がそう言い残して教室から出ると、案の定すぐに佑月のもとに男子たちが集まって来た。
特に集まってきたのは仲のいい男子たちで、そして聞くことと言えば胸のサイズだの自分で触ったかだの下着の色だの、セクハラ的な質問ばかりだ。
「ちょっと、十分でいいから黙ってて……」
佑月とて男子たちと下ネタで盛り上がることはあるが、それはあくまでも妄想のネタだからいいのであって、いざ自分が対象になると嬉しそうに鼻を伸ばして聞いてくる男子に不快感を覚える。
「はいはい、やめようねー」
露骨に嫌がる佑月に気が付いて、クラスの学級院長——戸田が止めに入った。
「宮野君、本気で嫌そうな目してるよ」
戸田にそう言われ、ようやく嫌がっていることに気付いた男子たちは渋々席に戻っていった。
「そんなわかりやすかった?」
「うん。毎日のようにあの目は見てるからね、すぐにわかったよ」
「それで、戸田も何か聞きたいことでもあるの?」
「いや、ないよ。ただ大変そうだったから。それじゃ」
そうとだけ言って戸田は席に戻り、それから授業開始まで佑月が群がられることはなかった。
しかし、授業が始まれば見るだけならばタダだと、クラスの半分以上の視線を集め、さらに国語担当の教師からもなんとなく不快な視線を感じた。
(ほんっと最低……来なけりゃよかった)
ここにいるのも精神的に辛いので、手を挙げて「ちょっと離席します」と言って、許可をもらう前に佑月は人の少ない図書室に逃げた。
ここなら授業をサボる生徒が来ることはないし、休憩時間中も基本人が来ない。
さすがに帰るのは気が引けたので、せめてここで終わるまで待っている。
『やっぱ無理そう』
心春に一言メッセージを送り、机に突っ伏していろいろ考える。
(これからもあそこに居たかったけど、無理そうだな……)
今までは苦手な女子はおらず、仲のいい友達も出来ていい場所だったのに、その仲の良かった友達からも言いたくないようなことを聞かれて、それを思い出すと悲しくなる。
それに、背が縮んだこともあって男子たちがいつもより大きく見えて、そんな彼らに囲まれればいくらクラスメイトと言えどどうしても恐怖を覚えてしまう。
(心春、来てくれるかな……)
無性に不安で、心春に心配はかけたくないと思いつつも今ばかりは心春に頼りたくなる。
今は考えても不安しかないので、机に突っ伏して授業が終わるまで寝ていることにした。
すやぁ