2話 新しい身体
昼食を取り終えて少ししてから、一穂に「重大な案件あるからそっち行く」と一言LINEを送って、隣の七宮家に窓経由で入っていった。
「よう一穂」
「おっ、え、誰……の妹……なんていないよな。誰だ?」
「俺だよ、佑月。お前の幼馴染の」
「何言ってんだ。佑月は漫画の主人公通ってくらいモテるしイケメンだし性格もいいのに女子が苦手な全男子の嫉妬の的でありながらアホなよき友な男だぞ」
さすがに一回で信じるとは思っていなかったが、まさか自分のことを説明するときにそこまで褒めてくれるとは思わず、顔が熱くなる。
「あ、ありがとう……えっと、木登りして降りられなくなったままおね——」
「ああああああ! なんで知ってんだ!」
一穂にも二人の秘密を言えば信じてもらえるだろうと、昔から二人の秘密——一穂が絶対人に言われたくない秘密として墓場までもっていくと約束したエピソードを話す。
「俺が佑月だから。あとはエロサイト見ようとして詐欺に引っかかってかずママに泣き着いたこともあったよな。いやー、懐かしい」
「わかった、わかったよ。確かに佑月だ。あいつは変なドッキリするためにそのことをばらすような奴じゃないしな……いや、あいつってかお前か」
こちらも、秘密を話して本人だと信じてもらえた。しかし、それは佑月が築き上げた信頼会っての事だ。
「佑月、一応聞いておくけど、そうなった原因とかわかってるか?」
「いや、知らない。朝……ってかさっき起きたらこうなってた」
「その胸も本物?」
「うん、本物。ちゃんと神経通ってるよ」
「そ、そうか、本物か……」
全くサイズの合っていない薄いTシャツを着ているので、乳首が少し浮いているし、ブラを付けていないので、胸がちらちら見えている。
いくら幼馴染とはいえ佑月は昨日まで男だったのでこんな性欲をそそられる姿を見ることなんてなかったし、女友達が多い一穂だが、多いだけで友達以上の関係になった事が一度もないのでこんな無防備な今の佑月を直視することなんて到底できない。
二人とも、こういうコトには慣れていないのだ。
「あーあ、これからどうしよ。もうかずママかずパパにはあんま頼りたくないし」
小さいころに両親を亡くしてからは隣に住む一穂の両親に面倒を見てもらっていたのだが、それも小学五年生までのことで、それからは自分でどうにかしようと家事を覚え、心春に勉強を教えられるように苦手だった科目もすべて克服し、とにかく何でもできる兄を目指していたので、今更頼るのには少し抵抗がある。
「だよなぁ。まあとりあえず夏休みまで時間あるし、気長に考えたらいいんじゃないか? 俺も母さんたちも、心春ちゃんもいるし」
「……そうだな」
周りに人がいるのだから一人で抱えることもないだろうと、佑月は納得して一穂のベッドにばたっと倒れた。
なんとも無防備な状態だが、そんなことに気付くはずもなく、他愛もない話をしていると、一穂の母——瑞穂がおやつとジュースを持って部屋に入って来た。
「佑月くん、いらっしゃい——え、春香ちゃん……?」
春香——佑月の母だが、彼女は佑月がまだ一歳の頃、心春を生んだ数ヶ月後に亡くなっている。
「あー、えっと、この可愛らしいのが佑月なんだってさ」
「ど、どういうこと?」
動揺している瑞穂に、佑月は笑いながら「朝起きたらこうなってたんだよね」と答える。
「そんな……でも、面影はある。春香ちゃんの子供って感じ……」
瑞穂と春香は幼馴染で、高校生の頃の姿も知っている。今の佑月は、そのころの春香に雰囲気はそっくりで、そしてうっすらと佑月の父の面影もある。
「そう、そんなこともあるんだね」
誰かの隠し子なんてことは絶対にないし、昨日までとは違う姿だとしても、見ればすぐに両親の血を継いでいるのだとわかる容姿で、瑞穂はすぐ佑月だと納得した。
「そうだ。これからどうしたらいいのかな」
「……とりあえず、病院行こうか」
なぜ性転換したのか。
性転換以外の変化や異常はないか。
それを見てもらうためにも、ひとまず病院に行くことにした。
とはいえ症状が症状なので、瑞穂が個人的に信頼できる昔馴染みの医者に連絡を取り、今なら大丈夫とのことで、すぐに病院に行くことになった。
服は心春が中学入学したての頃に来ていた服がデザイン的にもサイズ的にも、ギリギリ佑月が来ても違和感がないものがあったのでそれを着て、瑞穂の運転する車で県の大きな病院に向かう。
「お兄、その恰好抵抗ないの?」
車の中で、どこからどう見ても小柄な女子と言った姿の佑月を見てそう聞く。
「まあ、あのだらしない感じよりはましだしね」
外に出るときはしっかりと見栄えを気にする佑月は、自分が着て最低限普通に見える姿ならいいと思っている。なので服に関しては特に抵抗はなかったが、さすがに下着には抵抗があったので、急遽コンビニで買ってきたレギンスを履いている。
ただし、その下には何も履いていない。
「佑月がある程度おしゃれとか気にする奴でよかったよ……」
「えー、昔は心春とも風呂入ってたんだしあれくらい気になること?」
「お前、初対面の女子が無防備な恰好で目の前にいたらどうする?」
「逃げる」
「そういうことだよ」
ただ逃げずに唇を噛んで理性を保っていただけで、無防備な佑月が目の前にいた時の一穂の理性は崩壊寸前だった。
「お前、ただでさえ狙われやすい体質なんだからちゃんと自衛しろよ?」
「……そうだね。気を付ける」
自分の事でも心春の事でも、この容姿である以上好き放題はできないと思い知らされるようなことが何度かあったので、自衛しろと言われればすぐに反省する。
「春香ちゃんに似て、佑月くんもやっぱり目立っちゃうんだね」
「好きな人が見てくれたらそれで満足なんだけどね。好きな人いないけど」
「あら、可愛い事言うね」
「お前ほんと乙女なとこあるよなー」
「だって一穂が純愛もののラブコメばっかり進めてくるから……憧れちゃうじゃん?」
「そのくせ女子が苦手だからって男子校選んだけどな」
自嘲気味に笑いながら「そうだな」と同意する。
これからは女子と関わることになるのかと思うと、これからどうするのかを考えたくなくなってきた。
とは言え心春が昔巻き込まれた事件があるので今の姿で男子校に通うのは怖いし、かといって共学や女子高もあまり気乗りしない。
(まあ、あとで考えればいいか……)
今はこの身体の状態が一番だと、今後の事を頭から切り離す。
それから一時間程が経って、佑月の診察が終わった。
身体は完全に女性のもので、年齢としては少し小柄な十五、六程度で健康面の異常はなし。
脳にも特に異常は見つからずすべてが正常。
それからまた一週間ほど経過してから出た検査結果でもウイルスなどはなく、病気ではない突然変異ということ。
そして、心春との血縁があるところからおそらく「もし女性として生まれていた場合の姿ではないか」と結論付けられた。
「——まあ宮野さんは至って健康、メンタル面も今は安定しているので人間関係なんかには気を付けながらも今まで通り暮らして問題ないでしょう」
医者のその言葉で、佑月はほっと胸をなでおろした。
「ああそうだ、それともう一つ。同じような症状の噂を一度だけ耳にしたことがありましてね。今では出産して子供を育てているとかなんとか。一応その方は特に病気になることもなかったそうなので、この性転換が原因で病気にかかることはないでしょう。まあ、あくまで噂ですが」
あくまで噂だとしても、その情報できっと大丈夫なのだろうと思えた。
しかし、「人間関係なんかには気を付けながら」という言葉が頭をよぎる。
男子校に行けば自分以外全員異性で、もしかしたらそういうコトになるかもしれない。
少なくとも今の佑月のその気はないので、そのことだけが不安だった。




