9話 デート
佑月が女子高に転校してから三日。
この時点でまだ二日しか登校していないが、慣れない環境と人見知りのせいで、すでに佑月の体力は限界を迎えていた。
しかし、幸いこの日は土曜日。天気は雲一つない快晴で、まさにお出かけ日和だ。
「心春、せっかくの休みだし、デートにでも行かない?」
「いきなりデートとかお兄きっも」
「まって、それは普通にお兄ちゃん心が傷つくんだけど」
ノータイムでフラれてついでにキモいといわれた佑月は部屋の隅に行って体操座りをして、わかりやすく傷ついた。
「あーも、行かないとは言ってないじゃん……」
「ツンデレさんめ」
「そういうとこがキモいの! もういらないこと言ってないでさっさと着替えて」
「あ、ついでに髪頼んでもいい?」
「わかった。今日はどんなの?」
「うーん……まあ服に合わせてよ」
「はいはい。じゃあ早く着替えてねー」
佑月は部屋に戻り、クローゼットを開いた。
心春にもらった服、買わされた服、なぜか一穂にプレゼントされた服で、男の時とは比べ物にならないくらい衣類が増えている。
初めは着ることすら躊躇っていた佑月だが、今では出かけるときの服を選ぶのも楽しみの一つになっている。
(こっち……んや、こっち? いやでも寒くなってきたし……これとタイツ……いや、うか。うー
ん、これ着たいけど時期的に露出が気になるしなぁ——
そんな調子で、服を何着か出して組み合わせながら鏡と数分にらめっこ。一ヶ月ほど前からこの調子だ。
「よし!」
「お兄、髪やるよ」
「ういー」
服を着替え終わったのとほぼ同時に心春に呼ばれ、佑月は心春の部屋の椅子に座った。
佑月が心春に髪をセットしてもらうときはいつも心春の部屋でしている。ついでに少しメイクすることもしばしば。こうした行動は徐々に女子らしいものになってきている。
「ほい、完成。三つ編みハーフアップでお姫様風だよ」
「わ、超かわいい!」
「自分で言っちゃうんだ……」
「まあ正直今でも自分じゃないって感覚もあるからね。なんだろ、VRのアバター?」
「そりゃ一六年も一緒にいた体が突然変わったらそうもなるよね……」
行動や口調は女の子らしいものになってきてはいるが、それでもまだ佑月の感覚では「自分自身」ではなく「新しい身体で動いている」というもので、まだ自分であるという認識は薄い。だからこその性格や習慣の変化というのもあるのかもしれないが、それはまだ佑月にすらわからないことだ。
「よし、じゃあ準備も終わったし行こう!」
「おー!」
遠足前の小学生のようにこぶしを突き上げた二人は、そのテンションのまま家を出て、電車に乗った。
心春は久々の休み、そして佑月は二日も頑張った自分へのご褒美だと心を躍らせている。
この日の佑月は心春と一緒ということもあり、あまり視線も気になってはいない。そのことに気づいた心春は、唐突に佑月に頭を寄せた。
「お兄、頑張ってるんだね」
「ん、まあね。それと、外でお兄って呼ばれるとなんかちょっと……もにょっとする」
「もにょ……? まあいいや。じゃあ——ゆづ姉でいい」
「うん、お兄よりはいいかな」
「そっか。じゃあゆづ姉、二日間お疲れ様」
「うん、ありがとう」
そんな二人をほかの乗客は「仲のいい姉妹だな」なんて思いながら見ているが、当の本人達は全く気付いていない。心春はそもそも自分に対する視線は気にしないタイプなので、これも佑月の成長の一つだ。
電車で三十分ほどして目的地の最寄り駅を出た二人は、いったん近くの喫茶店に入った。
「ゆづ姉、休憩?」
「うん。やっぱり長時間外に居たら疲れちゃうから」
「そっか。じゃあ仕方ないね。まあ時間的にもちょっと早いくらいだし、ついでにお昼も食べこうよ」
「うん、そうするよ」
休憩ついでに昼食をとることにした二人は、奥のほうの席に座って荷物を下ろした。
「ご注文がお決まりでしたら——って、宮野?」
が、休みに来て早々休める状況ではなくなってしまった。
「えっと……原田?」
「覚えててくれたか! あの時は悪かったな。テンション上がっちゃってて嫌な思いさせた」
夏休み明け、佑月にセクハラ的な質問をぶつけていた友人の一人である原田がバイトしているとは知らず、佑月はここにきてしまったのだ。しかし、あの時のような好奇心を振りまくのではなく、真っ先に謝罪をした。
「ううん、もう気にしないで」
佑月も過去のことをいつまでも恨むこともなく、過去は過去だと謝罪を受け入れ、あっさりと許した。
「そっちは……彼女?」
「妹の心春です。彼女じゃないです」
「ああ、ごめんな。そだ、お詫びと言っちゃなんだけど、おごらせてくれないか? もちろん妹さんにも。たぶん、間接的にでも迷惑かけちゃってるだろうから」
バイト中でありながら、原田は二人にそう提案した。
「それなら是非お願いします。これでもうチャラ、原田先輩ももう贖罪は終わりだから気にしなくていい。そういうことで」
「しっかりした妹さんだな……ありがとう。それじゃあメニューが決まったらまた——」
「あ、もう決まってるから今言うよ」
「おう、そうか」
いったん立ち去ろうとした原田を佑月が呼び止め、手早く注文を伝えた。そして心春はちゃっかり高めのものを注文して、二人はメニューが届くのを待った。
「原田、やっぱ悪いやつじゃないんだよね」
「うん、それはなんか見ててわかる。たぶんあの後本気で後悔したんだろうね」
「たぶんね。あいつはそういう奴だったから。考えなしに行動しちゃうところはあるけど、それが悪い結果になったらすごい後悔して反省して、それで次は絶対同じことをしない。アホだけど馬鹿じゃないっていうか、理想的な男友達?」
「そういえばよくあの人の話してたね。ま、割と仲良かったみたいだし、あとは適当に茶化して原田先輩の気が晴れるようにしたいよ」
「心春、もしかして割と高いメニュー頼んだのって……」
「さぁ、どうだろ」
佑月に覚られるも、不敵な笑みを浮かべて胡麻化した。
(やっぱ心春はすごいな。兄として、もっとしっかりしなきゃ……)
「はー、おいしかった」
「ここ結構好きかも。店名覚えとこ」
食後、二人は満足げにお腹をさすりながら言った。
それから珈琲を飲みながら少し休憩して、会計に向かった。
「4125円になります」
「うわっ、結構高い……ほんとにいいの?」
「お詫びなんだからむしろこれくらい奢らせてくれ。まあその分またここで食べてくれたらうれしいよ」
「……うん、そうだね。ご馳走様」
「原田先輩、これでまたゆづ姉と仲良くできますねっ」
「なんだよそれ。まあ今まで通りスマブラとかできたらうれしいよ。それじゃ、またのお越しをお待ちしております」
謝罪と感謝も込めて、原田は深々とお辞儀をしながら二人を見送った。
「例の……よかったじゃないか」
「店長! その、勝手なことしちゃいました……」
「いいじゃないか。間違えて考えて、存分に成長しなさい。それが子供というものだよ」
「……はい、ありがとうございます」
※ ※ ※
時は遡り佑月たちが昼食をとる一時間前。
「七宮君、お待たせ!」
「お、おはよう柏木さん。全然待ってないから大丈夫。それじゃあ行こうか」
少し時間より早く来て空を見ながら待っていた一穂のところに、同じく時間より少し早く由夏が来た。
「時間までどうする? 結構あるし、とりあえず昼までどっかぶらつくけど……行きたいとことかある?」
「じゃあ服とか見たいかも!」
「おっけ、行こうか」
ただ友人と遊びに来ただけの一穂とは対照的に、由夏はまさに楽しみにしていたデートを満喫する乙女のオーラを放っている。
さすがにそれに気づかない一穂ではないが、あえて気づかないふりをして由夏と店に入った。
「お、新しいの入ってる!」
「どれどれ……。むふ、なかなか可愛いな」
「これ、私に似合うと思う?」
「そうだなぁ。柏木さんって控えめだけどしっかり可愛さを出してるから、こういうの結構に似合いだと思うよ。試着してみたら?」
「ほんと⁉ ちょっと着てくる!」
(はぁ、またやっちゃった……。キモいとかは思われてないだろうけど、悪い癖だよなこれ)
新しい服を持って試着室に駆け込んだ由夏の後ろ姿を見ながら、一穂はそう思った。
適当にほめて誑かしたいのではなく、純粋に思ったことを言っているのだ。しかし、顔も声も性格もいい一穂が素直にほめると、たいていの女子は勘違いしてしまう。それを最近自覚したのだが、どうしても癖で治らない。いわば、天然の女たらしのような人間なのだ。
(佑月に怒られたら土下座しよ……)
カーテンの向こうの衣擦れの音を聞きながら、一穂は佑月に説教されることを想像して少し怯えていた。一穂に対しては相当口が悪くなる時もあるし、当然だろう。
しかし、カーテンが開くと、そんな恐怖も一瞬で吹き飛んだ。
「…………」
「どう、かな?」
「…………」
「な、七宮くん……?」
「ごめん、見とれてた……(なんだよ今の……)」
新作を試着した由夏を見た一穂は、その可愛さに声すら失っていた。
そして、初めて抱く感情にどぎまぎしながら「可愛いよ」と褒める。
「そ、そう?」
「うん、すっげー似合ってる」
「ほんと? うれしい! じゃあこれ買うね」
「あ、待って。良ければそれ、俺に買わせてくれよ」
「え、割といい値段だけど……いいの?」
「そんくらい大丈夫だよ。これでも稼いでるからな」
それなりの収入源のある一穂は、由夏が試着した服を上下セットで購入してプレゼントした。
(なんだよホント……)
理由は一穂自身でもわかっていないが、どうしてもそうしたいと思ったのだ。
「七宮くん、ありがとう!」
一穂の顔を覗き込むようにあざとい上目遣いでお礼を言う由夏に、一穂は珍しく胸を躍らせた。
(この子だけは、絶対傷つけたくないな)
女子に対して初めて抱く感情に少し戸惑いながらも、一穂は昼食までの時間を満喫した。
「今日人多いし、そろそろ飯にするか」
昼前、人が多くなる前にと一穂が提案した。
「そうだねー。七宮くん行きたいところとかある?」
「そうだな……ラーメン……はデートで行くとこでもないか」
「えー、私ラーメン好きだから全然いいよ!」
「マジか、じゃあ行こうぜ!」
普段なら迷わず行きたいところを選ぶ一穂だが、今回はそれを少し躊躇った。
結果的にはいつも通り行きたいところに行くことになったが、徐々に一穂も変わってきている。
「ここだよここ、旨いんだよなー」
「七宮くんもここ好きなんだ。私も結構好きなんだよね」
「マジか。ちなみにどれが好き?」
「私はいっつも辛旨大辛かな」
「うわっ、強者じゃん。俺それ食べられなかったわ。俺は無難に醤油かな」
「醤油もおいしいよね。あ、来たら一口もらってもいい?」
「全然構わんよ。じゃあ俺も……いや、どうしよ」
「チャレンジしてみたら?」
「……っしゃ、やるわ。すみませーん!」
メニューを決め、一穂は店員を呼んで注文した。
「てか、柏木さんってラーメン好きなんだな。なんか、めっちゃ嬉しいわ」
「私もまさかのところで趣味が一致しててすごい嬉しい! 合コンの時は引かれるかなって思って言わなかったけどね」
「やっぱ気になるんだなー。まあ俺も隠してることとか普通にあるし、そんなもんだよな」
「へー、ちなみに隠してることって?」
「あー、実はめっちゃゲームやってて、その配信で稼いでんだよ」
「えっ、それすごくない?」
佑月にすら隠していることを「この人なら」と暴露し、好反応だったことに一穂は安堵し、話をつづけた。
「でも、自分で言うのもあれだけど……顔と声で人集めてるみたいな感じだから、あんま人に自慢はしたくないんだよ。特にその、女子には言わないようにしてた」
「え、それ私に言っちゃってよかったの」
「なんだろ、まあ柏木さんなら大丈夫かなって」
「なになに、私割と信用されてる感じ?」
「まあそんなとこかも」
初めての感情、そして女子との正常な距離感が掴めていない一穂は、どこまで話していいのか、どこまで踏み込んでいいのかわからず、幼馴染にすら言っていない秘密までもを暴露した。
由夏が実際はどのような人間なのかも知らずにだ。
(あー、マジでなんだよこれ……わかんねぇよ……)
少なくとも悪い反応ではないとなるべくいい方向に解釈し、表情や声音を崩さないように由夏との会話を続ける。
そうしているうちにようやく頼んでいたラーメンが来て、何とか一穂はどこまで話していいのかわからない話題を切り上げることができた。
「ちょ、先にそれもらうな」
「いいよー。あ、辛いから気を付けて——」
「んんんん! げほっ、げほっ……や、やべぇ……けど、これうめぇ……」
「ちょ、大丈夫?」
「大丈夫……辛いけど、旨いから……セーフ……げほっ」
あまりの辛さに咳き込みながらも親指を立てる一穂の背中をさする由夏。
「もー、無理しちゃダメだよ」
「そう、だな……げほっ。柏木さんも、どうぞ」
「じゃあ私もいただきます」
由夏は一穂の頼んだラーメンを可愛くちゅるちゅると啜り、やはりこれだと深く頷いた。
「辛いのもいいけど醤油とかも普通においしいよね。特にここのラーメンって麺にスープが絡んでるからなおおいしい」
「感想ガチじゃん。でもそれもうわかりみが深すぎてマリアナだわ」
「あはは、何それめっちゃ深いじゃん」
こうして、いい雰囲気のまま二人はラーメンを楽しみ、さらに仲を深めていった。
※ ※ ※
「よーし、服買うぞー!」
「ゆづ姉ほどほどに……って、あそこかず兄いない?」
ショッピングモールに着いた佑月と心春は、さっそく服を買いに行こうとしたところ、遠くに女子と歩いている一穂を見つけた。
「あれ、ほんとだ。そういえば今日女子と遊ぶとか言ってたけどここだったんだ」
「へー、また新しい女?」
「いつも通りだってさ」
「ほんと、かず兄ってそういうとこあるよね」
女子を連れて歩く一穂は、二人にとってはもはや当たり前の光景だった。なので、デートしている一穂を見たところで驚きもしないし、邪魔はするまいとも思わない。
「声かける?」
「いや、今回相手が私の友達でワンチャン狙ってるみたいだからやめとく」
しかし、今回の相手は佑月の友人の由夏ということで、いつものように声を掛けることなく店に向かった。
「そ、じゃあ私もやめとく。それじゃゆづ姉、行こ!」
「そうだね。買うぞー!」
心春は佑月の手を引いて、いつも服を買っている店に引っ張っていった。
「とりあえずこれと、あとこれ。部屋着用にこれも……あ、このパジャマ可愛い」
「ちょ、お兄流石にそんなに買って大丈夫なの?」
「まあまだ結構金残ってるし毎月それなりに仕送り来てるから大丈夫だよ」
「確かにそうだけど……今日の分なくならない?」
「大丈夫、余裕!」
グッと親指を立て、それじゃあと佑月はレジに向かった。
それを追うように、心春も選んだ服数着を持ってレジに並んだ。
服を買い終わると、今度は佑月が心春の手を引き、近くにあるアクセサリーショップに入った。少し高めのものが多いが、金持ちのパパ——の妹の多額の仕送りのおかげで一つや二つ程度なら余裕で買えるだけの金は持っている。
「これ可愛い……けど穴開けるの怖いからやめとこ」
「じゃあこっちとかどう?」
佑月が沢山のアクセサリーを前に悩んでいると、心春が似合いそうなものを見定めて、それらを佑月に渡した。
「あ、これいいかも。こっちもシンプルすぎず派手過ぎずで結構よさげ?」
「うんうん、めっちゃ似合うと思う!」
「そう? じゃあとりあえずこれ買おうかな。心春は買わないの?」
「私は特にほしいのとかないしいいかな」
「そっか、じゃあこれ買ってくるよ」
心春が持ってきたアクセサリーはそれほど高くなかったので、佑月は値段を気にすることなくさっさとレジで支払って戻ってきた。
「満足!」
「私もゆづ姉がどんどん可愛くなっていってうれしいよ」
「あっ……うるさいなぁもう」
「って言って、めっちゃ照れてるじゃん。そういうとこだよホント」
少し頬を紅潮させ、佑月はぷいっと視線をそらした。
「ホント、そういうとこだよ……。まあそのしぐさは割と昔からだけどさ……」
「え、マジで?」
無自覚にそういう行動をとっていた上に昔からと言われ、大きく目を見開いて聞いた。
「うん。ゆづ姉割と昔から天然の可愛いムーブちょくちょくあったよ」
「まって、それ知らなかったんだけど。うわ、考える
だけで恥ずかしい……」
「大丈夫、顔はよかったから許されてた」
「そっか、なら……って顔はってなんだよ!」
「はっはっは、そうかっかしなさんな。今のゆづ姉じゃそーゆー怒り方もかわいいだけだよ」
「むー……」
佑月の弱点を的確に突くようにからかい、かわいく怒る佑月を見て楽しむ心春。しかし、この可愛い怒り方を作っているのではなく天然でやっているという生粋の可愛い女の子という希少な属性に自分より可愛いと少し複雑になる心春であった。
佑月はお金いっぱい持ってます




