1話 女の子になってしまった
さぁ、TSするざますよ
「お兄、早く起きないと昼ごはん作らないよ!」
夏休み中盤の昼前、宮野佑月は今日も妹の心春に起こされた。
高校一年生になっても相変わらず朝には弱く、こうして昼前に起こされるのは、もはやいつもの光景だ。
しかし、普段なら心春の声ですぐに起きる佑月も、今日だけはもう少し寝たいと、布団から少し頭を出して「あと五分……」と女の子の様な甘い声で小さく呟く。
「どうせそのまま昼過ぎまで……え、誰……?」
布団から出てきた見知らぬ美少女に、心春は目を丸くする。
「お兄、だよね……?」
昨日の夜、佑月が寝落ちするまで一緒にゲームをしていた時は確かに男だったはずなのに、今目の前にいるのは亜麻色の髪の少し顔立ちが幼い少女だ。
「ああ、心春の大好きなお兄ちゃんだぞ」
「……そのキモさは完全にお兄だわ」
心春はこの訳の分からない状況に困惑しながらも、目の前の少女が本当に佑月なのだろうと確信した。
口調や絶妙に気持ち悪いセリフはもちろん、顔をよく見ると、棚に置いてある今は亡き母に似ている。
しかし、本当になぜ目の前に男子高校生ではなく少女がいるのかだけは理解できず、眉をひそめながら佑月に聞く。
「お兄、女装でもしてる……分けないか。なんなのその恰好。それに声も」
「何言って……え、なにこれ」
佑月は心春が何を言っているのか理解できなかったが、目に映るさらりとした長い髪や妙に重い胸、そして十六年ともに過ごしてきたモノがないことに気付き、慌てた様子で勢いよく体を起こす。
「お兄、それ……いや、あれ、え……?」
布団から出た佑月の体は、どう見ても女装などではなく、正真正銘少女の物だった。
Tシャツの上からでもわかる程度には育った胸、華奢な手足、ハーフパンツの上からでも男を象徴するモノがついていないのもわかる。
「ほんとにお兄……なんだよね? 本物のお兄がどこか行っちゃったとかじゃないよね? ドッキリなら早くネタバラししてよ……」
目の前の少女が本当に佑月なのか自信を持てなくなった心春は、声を震わせながら言った。
「大丈夫、俺はちゃんと俺だから」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
「……じゃあさ、昨日の事、覚えてるよね?」
「もちろんだよ。一緒にゲームしてて、俺が先に寝落ちしたな」
目の前の少女が偽物の佑月だと思っているわけではないが、だからと言って本当に佑月だと確信出来ているわけでもなく、心春は不安そうにさらに聞く。
「お兄、その、二人の秘密、覚えてる?」
「ああ、雷怖いからって俺の布団に入って来た日におねしょ——」
「わかった、お兄だ。お兄だってわかったからやっぱりいい!」
心春は顔を真っ赤にしながら、佑月の口をふさいだ。
佑月が見知らぬ少女にこんな秘密を話すはずがないと信じている心春は、これで目の前の少女が佑月なのだと確信した。
「でも、どういうことなのそれ」
「さあ? むしろ俺が聞きたいよ」
小さくなった自分の手を見ながら、不思議そうに言う。
なぜこんな可愛らしい姿になってしまったのかは佑月自身もわからない。
寝ていた時に違和感があったわけでも、変な夢を見たわけでもないし、寝る前だっていつも通りだったし、今も体調不良はない。
「ちなみにその胸って本物……?」
「さあ、どうだろう。その、確認するなら目閉じてるから、見て……」
自分でもこの身体がどうなのか気になりはするが、耐性がなさ過ぎて確認できないので、心春に確認してもらう。
「え、触っていいの?」
「や、優しくな?」
「うわ、お兄からそんなセリフ聞きたくなかった……」
佑月をジト目で見ながらも服を脱がせ、胸を触ってみる。
「お兄のくせに生意気な乳しやがって! お兄のくせに!」
兄の本物の、それも自分より大きい胸を実際に揉んでみると虚しさやら嫉妬やらで小さい胸がいっぱいになって、つい佑月の胸を強く揉みしだいた。
「心春、痛い……」
「あ、ごめん……」
今度は優しく、撫でるように触る。
「んっ、ちょ、変な感じするからやめて……」
くすぐったいような気持ちいいような、知らない感覚を覚えた佑月は頬を赤らめ、そんな顔を見せてはいけない気がして心春から目を逸らす。
「お、お兄……!」
そんな顔を見てスイッチが入ってしまった心春は、さらに佑月の胸をいやらしく触る。
必死に声を抑えようとして漏れる吐息がさらに心春を興奮させ、五分ほど止まらなかった。
「大切なものを奪われた気がする……」
「ごめん、普通に興奮した」
「俺で興奮するなよ……もぅ」
「ごめんって。それよりさ、お兄、今後どうするの?」
ひとまずこの姿になってしまったことより、そのことで起こる問題について話そうと、心春は夏休み後のことに話を変えた。
「もしお兄が病気か何かでこうなったなら病院行ったほうがいいかもだし、衣類の問題だってあるし、それにお兄男子校でしょ?」
病気だとしたらただでさえわけのわからない症状なので今後何があるかわからないし、もしこのまま元に戻らなかったら今後下着や服を変えていかなければいけない。
それに佑月は男子校に通っているので、夏休みが終わって登校して何か事件に巻き込まれるかもしれない。
「確かにそうだな。でも、正直何も思い浮かばないっていうか、考えられないんだよ」
「まあ一番混乱してるのはお兄なんだろうけど、せめて夏休みが終わるまでに何とかしないとだよね。服も下着もひとまず私の使っていいから、せめて学校どうするかは考えてよね。私も調べるから」
この緊急事態では普段のようにキツく当たることも、ついさっきのように佑月を触って反応を楽しむこともできずに心春は真面目に考え始めた。
「とりあえず私はもう予定とか入ってないし、何かあったら呼んでよ」
「うん、ありがとな」
心春は昼食を作りに一階に降りてキッチンで料理を始めた。
(どうするか、かぁ……)
可愛い服や下着を身に着けたり、昔心春にしていたみたいに髪をセットしたりするのかな、なんてことは思いつくが、どうするかと言われると、全く想像もつかない。
(……せめて、自分の身体にくらい慣れないとだよな)
視線を下に下げて、そんなことを思った。
いくら自分の新しい身体とは言え、女子が苦手で関わってこなかった結果、顔を直視することすら難しい程に女子への耐性が低くなってしまった佑月に、生の胸はハードルが高い。
下半身ともなるとなおさらだ。
(とりあえず、昼食べたら一穂ん家行くか)
自分で考えてもどうしようもないので、小さいころから一緒に育ってきた幼馴染で親友で、そして兄弟のような存在である七宮一穂に一緒に考えてもらうことにした。
すぐ「お兄キモい!」とか言うけどちゃんと優しい妹が欲しい人生だった
追記
2021/9/2:大幅修正しました
2021/11/24:1話を三分割、一部改稿しました