12.こちら側
そして次の日。
「おはようヒナノ。昨日帰ってからも作業を続けて、これ書き上げたんだ」
そう言って俺は、マジックの演目を書いた紙をヒナノに渡した。
「おはよー! どれどれ……うん! うんうん! これはすごいよシュン君!」
専門的な用語も使ってあるので、書いてあることはほとんど理解していないだろうけど……それでもヒナノは分からないなりに、俺を褒めてくれたんだ。
「ありがとう。それなら早速、今日の放課後から練習してみないか?」
そしたらヒナノは「あー……」と口を開いて、困ったような顔を見せる。
「ヒナノ?」
「えーっと。実はね、最近部活をサボり過ぎちゃってて……部長に怒られちゃったんだ」
「……そっか。それは大変だ」
こうやって話してるとつい忘れがちだけど、ヒナノは部活生でとっても忙しいんだ。それなのに俺は放課後に呼び出すようなことを平気でしてたもんな……少し反省しなければ。
もちろん、なるべく早くに高円寺の弟君にマジックを見せなきゃならないので、マジックの練習をやってほしいのが本音だけど……
俺のワガママのせいで、ヒナノが部活が出来なくなるのはもっと嫌だもんな。
「本当にゴメンな、ヒナノ」
「えっ! シュン君は何も悪くないんだから謝らないでよ!」
「でも……」
「いいってば。それに……ほら、放課後じゃなくても、休み時間で練習とか出来そうじゃない?」
それは出来るかもしれないけど……確実にヒナノの負担が大きくなっちゃうよな。本当に大丈夫なんだろうか?
「……」
「うん。じゃあ決定ね!」
俺の返事を待たずにヒナノはそう決める。少し心配だけど……ここまで言うのなら。きっとこの心配は、俺の杞憂で終わるだろう。
……多分。
──
昼休み。俺はマジック道具とお昼ご飯を持って屋上へと向かう。
慣れた手つきで扉を開くと……マフラー姿のヒナノが寝転がっているのが目に入った。
「ん、おーいヒナノ」
俺の呼び掛けでヒナノは身体を起こす。そして見てくれと言わんばかりに、首を振ってマフラーをはためかせた。
「ヒナノ、それは?」
「マフラー! 外寒いと思ったから!」
「あーなるほど」
登校する時に身に付けてたやつを屋上まで持って来たんだな。でもマフラー持って屋上に行くのは、明らかに怪しいよな……上手く隠したんだろうか。
いやそれよりも……その真っ白なマフラーを身に付けたヒナノは。雪国に現れる妖精なんじゃないかって程に似合っていたんだ。
ただ……
「……何か長くない?」
そのマフラーは妙に長かった。目測だけど、ヒナノの身長の2倍はあるんじゃないかと思う。
「えっ!? えっと……これは、その、私が自分で編んだやつだから……その……」
……ああ。少し長さをミスっちゃったのかな。それだったら悪いことを言っちゃったかもしれない。
「そっか、ヒナノは編み物出来るんだね。凄いな」
「えっ!? いやいや! 別にそんな全然……私よりもシュン君がやった方が上手に出来るんじゃないかな!」
「え? 俺は編み物なんかやったことないんだけど……」
「やり方を知ったら、きっと私より出来るハズだよ! だってシュン君はとっても器用なんだもん!」
「……」
それをすぐに否定出来ない自分がいた。おいおい、手先は器用でも、コミュニケーションは不器用ってか? ははは。笑えるぜ。
「えっ……ええっと、ヒナノ。悪いけど時間が無いんだ。だから今からマジックを教えていこうと思う」
「あっ、うん!」
それでこのままヒナノと甘酸っぱい青春を送っていたいんだけど……今日ばかりはそうはいかない。本当に時間が惜しいんだ。
俺はマジック道具を取り出しながら……頭の片隅にあるスイッチ。マジシャンスイッチ(たった今名付けた)を作動させて、いつもの自分からマジシャン状態の真剣な自分へと心を切り替えた。
「……ヒナノは初心者だから、今回は簡単な物を中心にやろうと思う。でも簡単だからと言っても、特別クオリティの低いモノじゃないから勘違いしないでほしいんだ」
「うん」
「そして2人で披露するけれど……同じ技を2人でするワケじゃない。1人用のマジックをアレンジして、2人用にしようと思うんだ」
「う、うん……?」
ヒナノは難しい論文でも聞いているかのごとく、目をつぶったまま首を傾げる。
「ヒナノ。分からなかったら『分からない』って言ってもいいんだぞ?」
「わっ、分からない!」
「うん。すぐ説明するから」
そして俺は空き教室から拝借した机の上に、3つの銀のスプーンを並べる。
「例えば『スプーン曲げ』と言っても、曲げ方は多数ある。てこの原理を使って実際に曲げるもの、あらかじめ切れ目を入れていたのを使うもの。そして傾け具合によって曲がったと錯覚させるものだ」
そう言って俺は、解説を交えながらテンポ良く全ての技をヒナノに見せる。
「こうやって……ね。これは交互に違う曲げ方をしてもいいかもしれないし、相手の持っているスプーンを曲げてるような演出をしてみても面白いかもね」
そこでヒナノの顔を見てみると、関心や驚きとも違う……あまり見たことのない、何か難しそうな顔をしていたんだ。
「どうしたヒナノ?」
「あっ、シュン君が私にそこまで仕掛けを教えちゃってもいいのかなって……ほら、シュン君は種明かしするの、とっても嫌いでしょ?」
「……」
まぁ確かに種明かしは嫌い……と言うか。お客さんの驚きを奪ってしまうから、マジシャンがやってはいけない行為ナンバーワンだと勝手に思っているが。
「ヒナノはもうお客さんじゃないからね」
「えっ?」
「ヒナノはもうこっち側……俺と同じマジシャンなんだからタネを全部知っていいんだよ。ほら、舞台に立つ人に台本渡さないワケにはいかないでしょ? それと一緒だよ」
俺がそうやって言うと。ヒナノは納得してくれたみたいで「うん。そっか!」と大きく頷いてくれたんだ。
「よーし、まずはスタンダードなスプーン曲げをやってみようか! コツは先端を持つことで……」
そして俺達は昼休みが終わるまで、スプーンを曲げまくった。
マジックを教えるという体験は初めてだったから、上手く伝わらないこともあったけど。新鮮で楽しい時間だったのは間違いないんだ。




