8.こころがしんどい
「え、えっと……委員長さん……?」
そのおさげの子は見るからに動揺している……いや、そりゃそうだよ。だってその子、ギャルとは程遠い見た目してるもん!
そしてそれを見た委員長は……
「……君がギャルで間違いないか?」
また言った! その子は委員長の言葉が聞き取れなかったんじゃなくて……ただ単に、意味が分からなかっただけなんだってば!
「……え、やっ……ち、違いますよ……?」
あーもうほら! その子、超絶困ってるじゃんか!
堪らず俺は、委員長の所まで駆けて行ったんだ。
「ん、藍野。どうも違うみたいだ」
「……」
『見りゃ分かるだろ』とは、流石に本人の前で突っ込む勇気は出なかった。
とりあえず……この子に謝罪しよう。何をって……委員長が無礼を働いたことだよ。
「あ、えっと……きっ、君。い、いきなりごめんね。委員長が変なこと言って……」
「あっ、そっ、そんなのっ、いいんですよ!」
何かこの喋り方……俺と同じ匂いを感じるな……これ以上は言わないけど。
そして委員長は表情を変えずに。
「ん? 藍野が聞けと言ったんだろう」
「『ギャルかどうかを聞け』とか俺は一言も言ってねぇよ」
それ、目的変わっているじゃねぇか。俺がギャルを狙ってるみたいになるから、本当にやめてくれ……
「そういやそうだったな」
「そうだったな、じゃないよ全く……早く戻るよ」
そう言って俺は、委員長を引きずって席に戻そうとした……が。委員長は踏ん張って。
「どうせなら彼女にも聞いてみようじゃないか。藍野の評判というモノを」
「えっ?」
「それとも……まだ無謀なギャル探しを続けるのか?」
「言い方よ」
まぁ……委員長の考えも分かるし。その提案に乗るのも……悪くはないのかもしれない。
そう思った俺は委員長を引きずる手を離して、その場にとどまった。そして委員長は。
「確か……君は演劇部に所属している『夢咲若菜』だったよな」
「あっ、はい。そうですよ」
おお、この辺は流石委員長だな。クラスメイトの名前と部活動まで把握しているなんて……いや、それともこれが普通なのか?
ボッチを極めていた俺には分からねぇや。
「ああ。そんな夢咲に聞きたいことがあるんだが……昨日の藍野の行動は見たか?」
「藍野さんの……行動?」
「倒れそうになった雨宮を受け止め、そのままお姫様抱っこをしながら、保健室に駆け込むという奇行だ」
だから言い方!!
「そんな奇行をかました藍野は、雨宮の親衛隊にボコされるんじゃないかと恐れて、眠れない日が続いているらしい」
「あっ、そうなんですね」
別に続いてねぇって……そもそも昨日の出来事なんだから、嘘ってバレてんだろそれ。
「だから藍野はどんな風に噂が流れているか、必要以上に知りたがっているんだ」
「へぇ、そうなんですね」
……というか夢咲さん、お昼の番組の観覧客みたいに委員長の言葉に同意するマシーンになってないか? 自我失われてない?
「それで夢咲はどう思う?」
「そうですね……」
うおっ、別パターンの変化球きた。
「私は後ろにいましたから、その場は見えなかったのですが……でも、藍野さんの行動は本当に素晴らしいものだと思いますよ」
「えっ、ほんと!」
嬉しくて思わず声が出てしまった。何だ、夢咲さんとってもいい人じゃないか!
そして委員長は。
「まぁ……少なくとも夢咲は好印象ってことだな。少なくともな」
「繰り返さなくていいから……」
どうして委員長はそんな言い方するんだよ。
「じゃ、これで終わりだな……」
「あっ、待ってよ委員長! これだけじゃサンプルが少ないよ!」
「……はぁ?」
確かに夢咲さんには良い印象を持たれたかもしれないけど……ぶっちゃけそれだけだ。
これだけじゃ話題の全体像が掴めないんだよ。だから俺達は必死でギャルを探していたんだよな……
「この工程をまた繰り返すつもりなのか? 私はもう疲れたんだが」
「そんなこと言わずに頼むよ、委員長!」
「断る。私はそこまで面倒見きれん」
「そんなぁ!」
……そんな俺達の会話を聞いていた夢咲さんが、申し訳なさそうに会話に入ってきた。
「あの。えっと。藍野さんは他の人の意見も聞きたいのですか?」
「あっ、うん。そうなんだ」
「それなら……SNSを使うのはどうでしょうか?」
「SNS?」
「つまり、ツイッターです。ツイッターならみんなの意見が聞けるかもしれません」
なるほどね……確かにそれなら情報が簡単に集められるかもしれない。
でも俺ツイッターどころか、何もSNSやってないんだよな。
いや、もちろんやってみたことはあるけれど……呟いても反応なんもないから、すぐ止めちゃったんだよな。
あれってどうやって友達作るんだろうな。未だに仕組みが理解出来ない。
「えっと……それはいい案かもしれないけど……その、俺、ツイッターやってなくて。それに、クラスメイト見つけるなんて無理なんじゃ……」
「あっ、それは大丈夫ですよ。私、やってますし……フォロワーにクラスの子結構いますから」
えっ……嘘だろ夢咲さん。アンタだけはこっち側の人間だと思っていたのに……ネット上では喋れる系女子だったのか。騙された。
でもまぁ……使える案は、遠慮なく使わせていただこう。
「じゃ、じゃあ……見せてくれないかな」
「あっ、はい。もちろんですよ」
そして夢咲さんはツイッターを開いて「これが佐藤君」だの「これが石川君」だの、色々とアカウントの説明をしてくれた。
みんなやってるもんなんだな……と少し驚いてしまう。しかも本名でやっている奴もいるというもんだから驚きだ。
そして奴らの昨日の昼頃のツイートを、全員で辿っていくと……
「あっ、藍野さんの名前がありました!」
と夢咲さんから報告が。
「どっ、どれ!?」
言って、俺は夢咲さんのスマホを覗き込む。どれどれ……
「これです。えっと…………『藍野、運ぶの遅すぎて草』って書いてます」
「……」
「つまりどういうことだ?」
……やめて。委員長。聞かないで?
「えっと……あの……『藍野さんがヒナノさんを運ぶのが遅すぎて、笑えてしまう』という意味ですね……」
「……」
夢咲さんも解説しないで? 心が……心がしんどくなっちゃうからさ。
「夢咲さん……それって誰のアカウント?」
「え、えっと……」
そしたら委員長がすかさず間に入ってきて。
「夢咲、何も言わないでやってくれ。藍野が聞いてしまうと……また停学問題起こしてしまうかもしれないから」
「ははは。やだな。そんなのしないよ」
「あっ、藍野さんの目が笑ってませんよ……」
実際、本当に殴りに行こうとか思っている訳じゃなくて……ただ、どんな奴が書き込んでいるかが知りたかっただけなんだよな。
「……藍野。もうこれ止めた方がいいんじゃないか?」
「いや……続けよう」
でももうここまで来たのなら、絶対良い意見を探してやる……意地だよ。
「……あっ」
「何、夢咲さん」
「さっきのツイートにリプが付いてました」
リプ……? よく分からないけど……見れるものは見てやろう。
「……見よう」
「はっ、はい。いきますよ?」
そして。夢咲がタップして現れたツイート内容は。
『あの時の藍野、マジで誘拐犯にしか見えなかったんだがwww』
「……!」
夢咲さんは反射的にスマホの電源を切ったが……残念ながら俺には全て見えてしまったのだ。
「……」
「あっ、藍野さん! こっ、こんな言葉……全く気にしなくて良いんですよ!」
「……藍野。強くなれ」
2人して慰めてくれたが……俺は。
とてもとてーも。傷付いてしまったんだ。だって俺は……弱くて繊細な人間なのだから。
「……」
あっ、うわっ、やべぇな。なんか泣きそうになってきた……でもヤダな。コイツらに泣き顔なんか見られたくないな。
どうしようもなくなった俺は……その場から逃げ出すように、走り出したんだ。
「藍野!」「藍野さん!」
その言葉を聞かずに、勢いよく教室を飛び出して……階段をひたすら駆け下りた。
そして昇降口まで辿り着いた俺は……ポケットからカードを取り出した。
取ったカードの種類は……ハートのエース。
それをヒナノの下駄箱に押し込んだ。
「……」
自分でも何をやっているか分からない。
あんな事件の後にヒナノと接触するなんて、危険なのは重々承知している筈だ。
それなのに……俺はそうしてしまった。
ただ。どうしても。堪らなく。1秒でも早く。ヒナノに会いたくなってしまったから。
それだけなんだ。




