19.ヒナヒナパピー
一旦俺らは陸上部の席から離れた、端っこの方の場所に移動していた。流石に人様の所で騒ぐ訳にはいかないからな……それで。
「こっ……高円寺。どうする?」
「どっ、どうするって?」
「アイツらだよ! 草刈と委員長! 今から出ても絶対に間に合わないだろうし……!」
「うーん。それじゃもう来んなって言っといて!」
「嫌だよ! お前が送れって!」
「ウチだってヤダよ! 委員長怖いもん!!」
俺達は予想外の出来事にあたふたしていた。その予想外ことってのは、ヒナノが初っ端から出るってことなんだけど……
「でもよ……どうしてヒナノは昼からある、だなんて言ったんだ? 100メートル走だなんて、1番も1番じゃないか!」
「うーん、もしかして……ヒナヒナは走っている所を見られたくなかったのかも」
「えっ……? そんなこと……ヒナノが思うのか?」
「分かんないけど……でも。ヒナヒナの口から来てくれだなんて一言も聞いてないし……!」
「それなら来るなって言うんじゃ……!」
……そんなことを会話していると。後ろから、俺達に話しかけてくる人物が現れた。
「……君たち」
同時に振り返って見ると、40代前半くらいのイケてるおじさんが、席に座ったまま言っていたのに気が付いた。
「……!」
怒られると確信した俺は……急いで頭を下げるのだった。
「あっ! すっ、すいません! うるさかったですよね!?」
「ほんとごめんなさい!! ……ほらあいのーん! 地に頭を押し付けて! 得意芸見せてやって!」
「お前な……!!」
……より一層怒られそうなやり取りをしていると。そのおじさんは立ち上がって。
「いやいや、違うんだ。そんな怒ろうとだなんて思っていないよ」
と、優しくそう言ってくれたんだ。
「えっ……? それなら何を……?」
「いや、陽菜乃って言葉が聞こえてね。もしかして君たちが陽菜乃の友達なんじゃないかって思ったんだ」
……ん? まっ、まさか。この方は……この御方は!? 確信を得る為に、俺は質問をした。
「しっ……失礼ですけど、苗字って?」
「雨宮だが」
「えっ……えぇー!?」
やっぱりそうじゃん!! この御方はあの天使の育て親……!! ヒナノのお父さん……いや。
「ヒナノの……お父様……?」
「ははっ、まぁそうだな。陽菜乃のパバだ」
そう言ったヒナノのパパ……ヒナパパはケラケラと笑うのだった。
「それじゃあ、ヒナヒナパピーも応援に来たの?」
それで……お前はどんな呼び方してんだよ。フレンドリーにも程があんだろ。
「そうだよ。陽菜乃はこういうことを中々教えてくれなくてね……つい昨日教えてくれたから、急に有給を使うことになって……参ったんだよ」
恥ずかしそうにヒナパピーは頭を触る。おい……めっちゃいいパパさんやないかい……!
「それで……間違ってたら申し訳ないけど。君が『シュン君』でこっちのお嬢さんが『心美ちゃん』かな?」
「えっ!? 何で分かるんですか!?」
「あいのーん! この人はエスパーだよ! エスパータイプ! あくタイプ技使わなきゃ! ポイ捨てとか!!」
「だからお前は何言ってんだ!」
またギャーギャー言い合うと。
「はははっ。話には聞いていたけど、本当に愉快な人達だね。陽菜乃が気に入るワケだよ」
とヒナヒナバピーが言った。
「えっ? 話に聞いてたって……?」
「陽菜乃は自分のことを余り話してはくれないんだが……友達の話はよくしてくれるんだ。その中でよく出てくる人物が『シュン君』と『心美ちゃん』だったワケだよ」
「そっ、そうだったんですか……!」
ヒナノが俺らのことを家族に話してくれているなんて……何だかスゲー嬉しいや。
「ねっ、ヒナパピー! ヒナヒナはウチのこと、何て言ってたの!?」
「えっとね……確か『とっても面白くてぶっ飛んだ、可愛い女の子』とかだったかな」
「えーっ!? ヒナヒナがウチを可愛いって!?」
おい高円寺……前半部分聞かなかったことにしてんじゃねぇよ。
「……」
そんで……俺も聞きたい。けど恥ずかしい。どうしよう……どうしよう……
「じゃあ、あいのーんは?」
「……なっ!?」
高円寺っ!? 神か……!? ああ……今まで悪口言ってごめん。帰りに何か奢ってやるから!!
「確か……『器用でとっても優しい人。大人しいけれど、本当は明るくて良い人』みたいなことを言ってたよ」
「ほっ、本当ですか!?」
「うん」
あっ、ああ…………幸せ〜。幸せ過ぎて、思わずヒナパパに抱きつきそうになったよ……ってそれより。
「えっと……それよりヒナノのお父様! ヒナノが100メートル走に出場する理由知ってますか? ヒナノはそんなこと一言も言ってなかったんです……!」
そしたらうーんとヒナパパは少し考えて。
「それは……これは僕の予想だけど。多分陽菜乃は短距離の方が良いタイムを出せると思うんだ」
「え? それはそうでしょ?」
おいバカ、高円寺。黙ってろ。
「あ、えっとタイム的な意味じゃなくてね……相対的にって言った方がいいのかな」
「はい。大丈夫です。分かってますので」
これ以上高円寺に喋らせないようにしておこう……
「だけど好きか嫌いかで言うなら……陽菜乃は長距離の方が好きだと思うんだ」
「えっ? どうしてですか?」
「実は陽菜乃は、短距離走にトラウマがあってね……まぁ小学生の時の話なんだけど」
「トラウマ?」
「うん。陽菜乃は運動会で短距離走……まぁかけっこだな。それに出場して……途中までは他の人と圧倒的な差をつけていたんだが……ゴール前で転けてしまったんだ」
「えっ」
「それで最下位になって。相当悔しかったんだろう。帰りもずっと泣いていたんだ」
「そうだったんですか……」
ヒナノにそんな過去があったなんて。知らなかったよ。
「ああ。それから陸上は好きで続けているが……短距離はあまり走らないでいたんだ。やっぱりトラウマが残っているのか……怖いんだろう」
「えっ、それなら何で今日は短距離を……!?」
「それは僕にも分からない。短距離の方が向いていると誰かに言われたのか……強制されたのか……」
「そんなっ、酷いですよ! 得意だろうと、怖がっているものをやらせるなんて!」
そしたらヒナパパは。
「……シュン君。もちろん僕にもその感情はあるよ。それでもね……その恐怖を壊し克服することも、僕はとても大事なことだと思うんだ」
「……えっ?」
「そうだよあいのーん! 逃げてるばかりじゃ、成長は出来ないんだよ!」
「……」
えっ、俺が…………間違っているのか? ヒナノの味方であり続けようとしているだけなのに……嫌な思いをして欲しくないだけなのに……!
「とにかく……僕らは陽菜乃を応援することしか出来ない。それを精一杯やろう」
「はーい! ウチ、陸上部からメガホン借りてきますねー!」
「……」
俺は……よく分からない、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、100メートル走が始まるのを待ったのだった。




