戻ってきた日常
「あはははは! そんなボロボロの剣で、いつまで持つのかな? 斬っちゃうよ。ねえ、斬っちゃうよぉ!」
「う、うるさぁい!」
ヒナは明らかに追い詰められている。しかし、今このタイミングで助けに入るのは逆効果だ。恐らくチャンスは一瞬にして一度。だから、シオリやルイーズが焦っているなかでも僕は動かなかった。
『新砲台はチャージすることで高い威力を発揮することができます。攻撃ボタンを長押ししてください』
僕は言われるがまま、コントローラーの右側に設置されているボタンを押しっぱなしにする。空気中に存在している何か、またはこの地に存在する何かが、少しずつ大砲に集まってくるのが解った。
「な、なんか凄いことになってるっすよ」
「うん……リーベル。頑張って!」
「外しちゃったら大変よ。絶対決めなきゃ」
「ああ! わかってる! とにかくチャンスは一度だけだ。奴を倒すのはこれしかない」
シオリとカバー、ルイーズの声に応えつつ僕はチャンスを待つ。そして妹を信じる。
「しっつこいなぁ。どうして死んでくれないの? レイはお兄ちゃんしか相手にしたくないのに」
「こんのぉ!」
押し込まれつつあったヒナは、振り降ろされた鎌を剣で受けつつ飛び込もうとした。しかし、鎌と激突した瞬間に剣が折れ、先端がどこかへ飛んだ。
「はい終わりぃー!」
体制を崩した妹めがけ、レイラーニは鎌をもう一度振り上げる。僕は心臓が止まりそうになった。だが、妹は折れた剣でもう一度受け止め、初めて鍔迫り合いの形になる。
「ホントにしつっこいなぁあ。邪魔だからさっさと……!?」
「勝手に……妹に……なるなーーー!!」
勇者の前蹴りが顎に命中し、ネクロマンサーは体を逸らせたまま上空までぶっ飛んだ。武闘家でも不可能なほどの飛距離。妹はセンスの塊だと改めて思う。
「あぐぅう!? こ、この……レイの……顔に……」
「今だ!」
僕は攻撃ボタンから指を離した。一瞬マンガ喫茶が大きく振動し、溜まりに溜まっていたエネルギーが解放されていく。耳が弾けそうになる程の爆音がして、七色の光が前方に撃ち出された。完全に意識が妹に向いていたレイラーニは、目前に迫り来る巨大な光線を見て目を丸くする。
「え? え? 何これ。何? あ、あああああ。あああーーー」
想像を遥かに超える光の線が、彼女を飲み込んだまま空の彼方へと飛んでいく。まるで光の芸術だった。町を蹂躙していた二つの脅威は、ようやく去っていったんだ。
◇
「ヒナ! しっかりするんだ。ヒナ」
「キュー、キュー」
僕はマンガ喫茶を出て、倒れたまま動かない妹の元へ駆け寄った。ぱんたも焦って周囲をパタパタ飛んでいた。仰向けの妹を抱き体を揺する。もしかしたら、という最悪の予感が胸をかすめる。
「……えへへ」
いつの間にかヒナは目を開けていた。良かった、と安堵するより前に抱きつかれ、僕は言葉を失う。
「やったー! 久しぶりにお兄ちゃんに抱っこしてもらえた」
「こいつ……さてはまだ元気だったな」
妹は全然変わっていないようだ。どこかマイペースというか、人とは違う感性があるというか。マンガ喫茶から駆け降りてきたシオリが、泣きそうな顔になってヒナに抱きつく。
「ヒナちゃん! 良かった。ホントに」
「ひゃあ!? あ、シオリちゃんだ。久しぶりー」
ずっとくっつき続ける妹をようやく引き離すことに成功した僕は、倒れそうなくらい消耗していた。彼女達から町のみんながほとんどが無事だったいう知らせを聞いて、僅かながら安心した。
でも全員が無事だったわけじゃないんだ。その事実は僕の胸に重くのしかかっている。あの時もう少し上手くやっていればゲイムの暴走を止め、町を襲撃させることはなかったかもしれない。いや、もっと昔にあいつの気持ちに気がついていれば……それは無理か。
「リーベル……」
「うお!? シオリ」
今度はシオリが抱きついてきて、僕はまたしても戸惑ってしまう。ふと最後のゲイムの言葉を思い出していた。親友だった男の最後の頼み。必ず守らなくてはいけない。でも同時に、もう一つの事実を思い出す。
そう、シオリはゲイムが好きなわけではなかったらしい。僕は変な予感というか、なんか急激に湧き上がってくる別次元の緊張感に動揺する。もしかしたら、彼女は……。その予想を裏付けるかのように、抱きついたシオリの指先がキュッと服を掴む。
「ちょっとおお!? シオリちゃん、何してるのー」
「あ!? え、これはね。その」
ぷんすか怒る妹に無理矢理引き剥がされ、シオリは頬を桃色に染めながら俯いた。気にする様子もなく、妹は僕の側にやってきて、意外な質問をぶつけた。
「ねえお兄ちゃん、どうして急にアザレアに帰っちゃったの?」
「え? 急にって、知らなかったのか?」
「何がー?」
「僕は追放されたじゃないか。みんなに」
「……は?」
目が点になり、ヒナはまるで時間が止まったようになってしまった。町が無事になったことを知り、店内に避難していた人達がぞろぞろ出てくる。みんなマンガ喫茶に感謝しているようだった。兵士や自警団の人達もこちらにやってきていた。親父とおふくろも手を振ってゆっくりこちらに歩いてくる。
「勇者よ! 無事であったか?」
聞き覚えのある声がして、僕は沢山の兵士達に紛れてやってきた男に視線を移した。
「あれ? ビエントじゃないか! それに、シーやアルコバまで」
そうか。ヒナと一緒に町にやってきていたわけか。僕は勝手に納得しようとしたが、目前にいる勇者の様子がどうもおかしい。顔は無表情だが、スー、スーと鼻息が荒くなっている。
「リ、リーベルじゃねえか」アルコバが珍しく動揺していた。
「ひっさしぶりじゃーん。元気してたあ。あはは」シーの笑い声はどこか乾いている。
「初めまして。勇者様のパーティでお世話になっております」
たった一人初めて見る男がいる。礼儀正しそうな人だけど、何故かオドオドしていた。
しかし、一番青い顔になっていたのは賢者だった。僕の姿を確認してからというもの、なかなか近づいてこない。黙ったままの勇者が振り返り、一歩一歩彼らに近づいていく。
これは何かまずい、と僕にも理解できた。妹の背中に鬼が宿っているようだ。
「お兄ちゃんを追放したんだってね」
「な!? い、いや。それは」
「なんでそんなことしたの。ヒナがいない間に」
「それはだな……シーがどうしてもと言うので、つい」
「はあ!? ちょっとビエント、何寝言かましてんの! アーンタが追放したいって言うから、アルコバと一緒に……賛成……したん、」
「馬鹿! てめえ余計なこと言うんじゃねえよ!」
シーは途中で口を滑らしていることに気がつき、もうガクブル状態になってる。妹の背中が燃え始めたような錯覚を覚える。僕は止めるべきだろうか。
でも、こうなった妹は僕でも止めるなんて無理だろう。そして何かがプッツリと切れたようだ。
「ふ、ざ、けんなーーーーー!!」
妹は両手で魔法を放ちながらパーティメンバーを追いかけ出した。
「う、うわあああ! やめろ、やめろ勇者ぁー!」
「きゃー! 殺されるぅうう」
「お、おい! こっち来んな。来んなってー!」
「なな何で私まで狙われるんですか? ちょっとー!」
ビエント達は一日中追いかけられ、最終的にはボコボコにされて汚い雑巾みたいになった。怒り心頭になったヒナはしばらく実家で暮らすことになる。賢者や盗賊、戦士と召喚士の青年は勇者と組んでもらえなくなり、相当冒険者としてのランクが下がってしまったらしい。
◇
魔物達の襲撃から三ヶ月が経った。
平和を取り戻したアザレアはあっという間に復興し、以前よりも賑わいを見せるようになっている。
町が元気になっていくと同時に、マンガ喫茶にもお客さんが増えていく。そしてまた増築をした。とうとう三階建てにしちゃったんだよ。そろそろ支店を作ることも考え始めている。店のお金もかなり貯まってきたので、土地を手に入れることは難しくなさそうだ。
三階のスタッフルームの窓を開いて、僕は青く澄み渡った景色を眺めていた。次はどんな企画を始めてみようかな、なんて考えていると、ドアから誰かが入ってくる。シオリかな?
「やあやあー! お勤めご苦労!」
「う……」
ビエントだった。また来たのかー。賢者ビエントと盗賊シー、戦士アルコバがお店にやってくるのは、もうこれで何度目だろう。ディナルドっていう青年も後ろで苦笑いをしている。
「ねえねえー。リーベル。今日こそはあたし達のお願い、聞いてくれないかな?」
「お前を過小評価してたのは悪かったぜ。今では間違ってたと思ってる」
僕は盛大なため息を漏らしそうになるのをグッと堪えた。普段している行いっていうのは、接客の時にも出ちゃうからね。
「君と勇者が戻ってきてくれたら、我々は大いに助かるのだ。なあリーベル……戻ってきてはくれないだろうか? そうそう、良かったら君にプレゼントが、」
「悪いけど、お店が忙しいから。機会があったらね」
ビエントが道具袋から何かを取り出そうとしたところで、僕は部屋から出ようとする。もう付き合ってられないよ。
「待ってくれ! リーベル君!」
「え。うおわ!?」
去ろうとした足に猛烈なダイブをしてきたビエントとシー、アルコバにビビる僕。切羽詰まってる感が凄すぎる。
「君に戻ってきてくれないと、私達は立て直せないのだ! 頼むリーベル君! この通りだ」
「リーベルさぁーん。あたし達の所へ戻ってきてよぉ。このままじゃ仕事なくなっちゃう!」
「俺たちの元へ帰ってきてくれ! お願いだー!」
「離してくれ! 本当に忙しいんだから。無理だ! 無理ー!」
彼らが僕を諦めるまで、それは大変な日々が続いたんだ。まあ、結局はまた妹と旅に出ることになったんだけどね。それはまた、随分と先の話になる。
しばらく経ってようやく店も落ち着き、賢者達も帰ったので僕はまたスタッフルームに戻った。なんだかんだ忙しい毎日を過ごしているなって思う。でも、冒険者をやっていた時よりも充実していることも確かだ。
窓辺でアザレアの景色を眺めていると、なんだか心が落ち着いてくる。テーブルの上でぱんたが昼寝をしていた。そしてまたドアが開き、誰かが入ってきた。
「どうしたの? ぼーっとしちゃってるよ」
「息抜きだよ」
シオリがお茶を持ってきてくれたみたいだ。彼女は僕の隣にやってきて、同じように窓枠に腕を乗せて景色を見つめる。
結局、あの騒動のことはバルデスが犯した犯罪、という結果で片付けられた。僕自身も自警団や兵士達から事情を聞かれ全てを話した。
だが、シオリにはゲイムのことは一切伝えていない。これからも話すことは決してないだろう。親友だった男の、最後の頼みを守らないわけにはいかない。
青い髪が風に靡いて揺れる。金色の瞳はいつも小さな宝石のように光っている。
「なあシオリ。話したいことがあるんだ」
「え? あ、もしかして! 新しいスタンプカードのこと?」
「いや、仕事のことじゃないよ」
僕は振り返って、窓に背を預ける。ちょっと照れくさい。
「明日、二人で海にでも行かないか?」
「え……うん、行きたい!」
弾けるような幼馴染の笑顔に、僕は誘って良かったと心から思う。夏真っ只中の海。二人で何のことはない遊びに行って、しばらくはただじゃれあっていた。
でも、本当はちゃんとした目的があったんだよ。僕は浜辺で精一杯の勇気を出してシオリに告白した。
そして僕らは正式に付き合うことになったんだ。
マンガ喫茶は、僕に楽しい人生と最愛の存在を与えてくれた。今もお店には、マンガが与えてくれる喜びを求めて、沢山のお客さんが来店している。
読んでいただき、ありがとうございましたー!
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