93.京都ダンジョン
シェルハウスの中にて――、
「京都に入る前に、京都の現状とダンジョンについてもう一度確認しておきましょう」
検索さんから教えて貰った京都の現状、寄生しているダンジョンの特徴を先輩たちともう一度共有しておく。
「まず京都に寄生しているダンジョンは一つではありません」
「全部で七つだっけ?」
「その通りです」
先輩の答えに私は頷く。
検索さんによれば、京都に寄生しているダンジョンは全部で七つ。
正確に言えば、親となる一つのダンジョンが最初に京都に寄生し、人々を襲い養分を蓄え、子である六つのダンジョンを周囲に生み出した。
『ダンジョンはモンスターだ。生物を殺し吸収すればするほど強くなる。世界が改変してから経過した日数と、あやめ達に教えて貰った京都の人口を考えれば、それだけ数を増やしても不思議ではないな』
「はい。なにより厄介なのは大本となるダンジョンは『ネームド』――つまり名前を持っている事です」
検索さんが教えてくれたダンジョンの名前は『バージィス』。
ダンジョンもモンスターである以上、強力な個体であれば名前を持つ事も不思議じゃないらしい。
『まあ、ネームドクラスの迷宮でなければ剣聖に必要なアイテムなど生成できまいて』
強いダンジョンだからこそ、より強いアイテムも生み出す事が出来る。
今回、私達の目的は剣聖になるためのアイテムだけど、『バージィス』は他にも貴重なアイテムをいくつも生成している。
どんな傷でも癒せる『癒しの宝珠』、ステータスを大幅にあげる秘薬『D・コンソメスープ』、魔剣ソウルイーターに匹敵する武器『シャングリラ』、猫にとっての最高のご馳走『超カツオ節』、固有スキルを取得出来る巻物『オールエンチャント』など、その種類は様々だ。
「次に京都の現状ですけど――」
私はテーブルの上に市販の地図を広げる。
「本命のダンジョン――『バージィス』は二条城を中心に京都の町をダンジョン化してます。その周辺に子である六つのダンジョンがくっ付いている形ですね」
私は地図の二条城にペンで丸を入れる。
次に周辺にある派生ダンジョンの中心地にもそれぞれマルを付ける。
「えーっと、金閣寺に天龍寺、伏目稲荷大社、清水寺、それに宇治川中流と長岡京市役所だね」
「最後の二つはともかく、他は寺が多いな。何か理由があるのか?」
先輩がマルをした場所を読み上げ、上杉さんが疑問を口にする。
「人や魂が集まりやすいからみたいです。ダンジョンは生物だけでなく死者の魂もエネルギーにするみたいなので」
「そういう意味では京都自体がダンジョンにとっては格好の土地だったわけですね」
三木さんの言葉に私は頷く。
歴史が古く観光名所として有名な京都だが、裏を返せばそれだけ多くの血が流れているということだ。
魂や負のエネルギーの特異点。
ダンジョンにとっては最高の土地だろう。
「中心に在る『バージィス』のダンジョンに入るためにはまず周辺に存在する派生ダンジョンを片付けなければいけません」
周辺の派生ダンジョンが、本命の『バージィス』を守る防壁になっているのだ。
「ただし派生ダンジョンを全て攻略する必要はありません。三つほど攻略すれば、『バージィス』に入る事が出来ます」
「何故三つなのだ?」
「『バージィス』は派生ダンジョンの情報を共有しています。立て続けに派生ダンジョンを攻略されれば、危機感を募らせ、自分で侵入者を排除しようとするのです」
「……危機感を募らせたら普通は逃げないか?」
「上杉さん、忘れましたか? 『バージィス』はダンジョンなんです。それも空間を作りだすタイプではなく、実際の土地や建物に寄生する浸食型。一度根付けば、そう簡単には移動できないんですよ」
「ああ、そういうことか」
逃げられない以上、全力で迎撃態勢を取る訳だ。
更にボルさんが補足する。
『加えて言うならば、ダンジョンもモンスターであり、意思がある。自らが生み出した派生ダンジョンが次々に攻略されれば、ダンジョンとしてのプライドはボロボロだ。名前を持つほどに強くなったダンジョンであれば、種族としての誇りも相当高いはずだからな』
そう言う事。
なのでまずは『バージィス』周囲の派生ダンジョンから攻略していくことになる。
「攻略って具体的にはどうすればいいんだっけ?」
「ダンジョンもモンスターなので急所――つまり魔石が存在します。それを砕けばいいんです」
核を砕けばダンジョンは消える。
モンスターで言うところの死だ。
とはいえ、向こうも疑似的なモンスターや様々なトラップを生み出してこちらを仕留めようとしてくるだろう。
脅威がモンスターだけでないので、今までとはかなり違った戦いになるかもしれない。
「しかし貴重なアイテムが手に入るのならば下手に倒すよりも、生かしておいた方がいいんじゃないのか?」
「上杉さん、それは甘すぎますよ。確かに核を砕けばダンジョンは消えて、貴重なアイテムは生み出されなくなります。でもダンジョンはどうやってアイテムを生み出してるか説明したでしょう?」
「あ……」
私の言葉で上杉さんも思い出したらしい。
ダンジョンは蓄えた栄養――すなわち人の命を使ってアイテムを生み出しているのだ。
「『バージィス』とその派生ダンジョンによって、既に七十万人以上の人々が亡くなっています。放置すれば増々犠牲者は増えるでしょう。見過ごすわけにはいきませんよ」
私達が求めるアイテムだって、それだけの犠牲の上に成り立っている。
剣聖になるための必要な犠牲だなんて言えるわけない。
私達とは関係のない所でダンジョンが勝手に人を襲って生み出したアイテムだと割り切る事も出来ない。
私だって自分の都合でアイテムを求める浅ましい人間には違いないのだから。
「検索さんは断言しました。ダンジョンと人が共生する事は絶対にないと……」
「そうだな……。すまない、不謹慎だった」
例え上杉さん云う通り、仮に一般人を徹底的にダンジョンから遠ざけたとしても、ダンジョンは様々な手段で人を襲い続けると検索さんは言った。
すでに大量の犠牲者が出ている以上、私達にできる事はアイテムを手に入れ、『バージィス』を攻略する事。これ以上犠牲者を生み出さない事が、既にダンジョンの犠牲になった人々へのせめてもの弔いだろう。
三木さんがお茶のお代わりを差し出してくる。
「それで、私達は最初はどのダンジョンから攻略するのですか?」
「ここです」
私はテーブルに広がる地図の一箇所を指差す。
派生ダンジョンの一つでここから一番近い場所。
「天龍寺です」
まずは派生ダンジョンの一つ、天龍寺ダンジョンを攻略する。




