88.とり天は美味しい
それはとても不思議な感覚だった。
まるで自分の体が新しい形に組み替えられていくような……。
血液のように、エネルギーが体の中を循環し、それが少しずつ体に馴染んでゆく。
そうやって一つ、また一つとパズルのように形が組み合わさってゆく。
これが『進化』するという感覚なのだろう。
恐怖や不安はなかった。
むしろ心地よい浮遊感に身を任せていると、やがて意識が少しずつ覚醒していくのが分かった。
ゆっくりと目を開けると、ハルさんが私の顔を覗き込んでいた。
「みゃぅー♪」
「おはよう、ハルさん」
ペロペロとハルさんが頬を舐める。
とても心配していたのか、何度も体を擦りつけてくる。
身を起こして、体の具合を確かめるが、特に問題はなさそうだ。
「あ、ステータスはどうなってるんだろう?」
私はハルさんを撫でながら、ステータスを確認した。
クジョウ アヤメ
稀人LV1
LVが30から1にリセットされ、新たに種族が追加されている。
全然実感はわかないけど、これで本当に進化したんだ。
「あ、いい匂いがする……」
寝室を出てリビングに向かうと、すぐに皆が寄って来た。
「あやめちゃん、大丈夫だった?」
「予定よりずいぶん遅かったから心配したぞ?」
「ご飯出来てますよ」
抱きついてくる先輩を宥めながら、私は皆にお礼を言う。
「大丈夫です、無事に進化出来ました。……あれ? 予定より遅かったとは?」
「ああ、もう三時間は経ってるぞ。進化にかかる時間は一時間程度と言っていたら、みんな心配していたんだ」
「三時間も!?」
予定よりも三倍もかかっていた。
どうしてそんなに時間が掛かったんだろう?
≪スキルの強化も同時進行で行ったため、予定よりも時間がオーバーしました≫
あ、検索さんから返事があった。
スキルの強化ですか?
≪肯定≫
≪固有スキル『検索』の強化に成功しました≫
≪これで前回のような失敗は致しません≫
凄い、検索さんまで強化されたなんて。
これまででもすごく頼りになってたのに、これなら百人力だよ。
ありがとうございます、検索さん。
≪……此方こそよろしくお願いします≫
おぉ、検索さんから返事が来た!
す、凄い……。これが強化された検索さんなのか……!
≪今しがたの返答のどこに強化要素を感じたのか解析できません≫
≪ですが、スキルが強化されたため、今までよりも柔軟な対応が可能になりました≫
そうなんだ。
どちらにせよ、今後も頼りになるのは間違いなさそうだ。
私は先輩たちに時間が掛かった理由を説明した。
その後は皆でとり天ディナーだ。
「んー♪ サクサク、ふわっふわ~。すっごく美味しいです」
「ご飯にも合うね~♪ 何個でもイケちゃうよ」
三木さんのとり天は絶品だった。
そのまま食べても、ポン酢に付けても、特製梅ダレにつけても、めっちゃ美味しい。
サクッと噛み切れる衣と、しっとり柔らかな鶏肉のコントラストが絶妙。
中身もしっかり火は通ってるのに、全然ぱさぱさしてないし、噛みしめるたびに肉汁と鳥の旨味が口の中に溢れ出してくる。
本当に美味しいよこれ、箸が止まらない。
「これ普通にお店で出せるレベルですよ」
「まあ、元々本職ですから」
あ、そうだった。
見た目小学生くらいにしか見えないけど、三木さんは本職の料理人だった。
「ふふ、でも喜んでもらえて良かったです。もしよろしければ、こちらのワイズマンワームの天ぷらも試して――」
「「いや、そっちはいいです」」
私と先輩の声が綺麗にハモる。
そっちはお断りします。
「ふむ……結構いけるぞ? 私はどっちかと言えばこっちの方が好みだな」
「大根おろしを付けても行けますよ」
「おお、さっぱりしててビールにも合うなぁ」
「きゅぃ~♪」
一方で、三木さん、上杉さん、リバちゃんはモンスターのお肉に舌鼓を打っていた。
上杉さんもモンスター食には抵抗が無いらしい。
リバちゃんは……まあ、元から生でゴブリンもりもり食べてたもんね。
リバちゃん用に大皿に盛られたワイズマンワーム天がどんどん消えてゆく。
≪ワイズマンワームの旨味と栄養価は――≫
あ、検索さん、ストップ。
その説明はもう何度も聞きました。
「みゃぁ~♪」
『ミャゥー♪』
ハルさんとメアさんはキャットフードだ。
ついでに下茹でした鳥のささみも一緒に食べている。
『……』ボリボリ
『……』ボリボリ
ボルさんとベレさんは無言でストックしてある魔石をオカキみたいにポリポリ食べている。
座布団に座って、湯呑片手に魔石を食べる姿がシュール過ぎる……。
ていうか、やっぱりモンスターだから魔石食べるんですね。
あとなんでお茶飲めないのに湯呑もってるんですか?
「ふむ……あれ鎧脱いだら完全にぷよ◯よのキャラですね」
「三木さん、それ以上は言っちゃ駄目だよ」
分かっていてもつっこんじゃいけない事も世の中にはある。
皆で囲む夕食はとても美味しかった。
そして夕食後、三木さんから話があると言われた。
「困ったことになりました」
「どうしたんですか?」
「食材のストックが少ないんです」
「え?」
食材ってまだ一杯あったと思うけど……?
「モンスター食材なら大量に在ります。調味料もまだまだストックはあるんですが、牛肉や豚肉、鶏肉、それに野菜といった普通の食材が少なくなっているんです
「あ……」
そう言われて私はハッとなる。
確かに今までは通りかかった町のスーパーやコンビニとかで、皆が食べる分だけ頂戴してたけど、それもここ最近は少なくなってきたんだった。
電気が使えない今の世界では、食べ物は遥かに痛みやすい。
特に町にモンスターがあふれてる状態では、大半の食品が野ざらしにされ、モンスターに食われるか、そのまま腐ってしまうかだった。
日が経つごとに手に入る生鮮食品は少なくなっているのだ。
「お肉の方はモンスターで賄えますが、問題は野菜と果物です。皆さんの栄養管理を任されている以上、偏った食事はお出しできません。どうにか出来ないかと思いまして」
「お気遣い感謝します。それじゃあ、調べてみますね」
三木さんの言う事も尤もだ。
という訳で、検索さん、どうにかできませんか?
≪食材を入手できるスキルは『ガチャ』、『ネット』、『栽培』、『畜産』、『養殖』などがあげられます≫
≪ただしどのスキルでも安定した供給が可能になるのはLV5以上になるか、上位スキルになってからになります≫
≪宝箱でも食料は入手可能ですが、こちらは非常にまれです≫
成程、スキルでも食材はゲットできるんだ。
ていうか、栽培、畜産、養殖って完全に生産者じゃん。
もしかして『農家』とか『漁師』とかそういう職業でゲットできるとか?
≪肯定します≫
合ってたし。
それで、今回の場合ですと、どうすればいいんですか?
≪ウエスギ ヒナタを『天人』に進化させ、『農家』の上位職『農場主』を取得させることを推奨します≫
≪そうすればシェルハウス内に農園を作る事が可能です≫
「え、上杉さんを? てか農園!? シェルハウス内に!?」
「ん~?」
私は反射的に上杉さんの方を見る。
上杉さんはビール片手にほろ酔い気分で吞んだくれていた。
……成程、どうやら上杉さんを進化させる時が来たようだ。




