82.異変と急変
鳴門市に辿り着くまでの三日間でソウルイーターの訓練とレベル上げは順調に進んだ。
私はLV29、先輩はLV20、ハルさんは猫又LV14、メアさんはLV20、三木さんはLV13、リバちゃんはLV17、上杉さんはLV19まで上がっていた。
私はもうすぐ進化する事も出来るし、ソウルイーターの『魂魄武装』もかなり使いこなせるようになってきた。
やはりモンスターとの実戦を積むのが一番らしい。
三好市には検索さんの言うところの進化したモンスター――シャドウ・ウルフやホブ・ゴブリンなんかが少数だけど居たおかげで、経験を積むことが出来た。
それにモンスターに襲われる人も大勢助ける事が出来た。
『――たった三日でここまでモノになるとは。……信じられん』
なんてボルさんは言っていたけど、ちょっと大げさだと思う。
これは検索さんの知識や、皆が手伝ってくれたおかげだ。
それに妹の葵ちゃんやカズト君だったらきっともっと上手くやっている。
私自身は全然大したことないんです。
「鳴門市に到着か。いよいよクラーケンとやらとの決戦だな」
「きゅー♪」
「いや、まだ戦いませんよ、上杉さん」
「なぬっ、そうなのか?」
やる気満々と言った感じの上杉さんとリバちゃんだが、まだクラーケンと戦うつもりはない。
検索さんの見立てでは、このまま『進化』せずともクラーケンは倒せるらしいが、やはり万全を期したい。
理想は私、先輩、三木さん、上杉さん全員が進化する事。
特に上杉さんは進化すれば『無職』から脱却できるので、何とか頑張って貰いたい。
『無職』の一番の恩恵はステータス上昇だが、既に絶戮、修羅、猛攻の三つの強力なステータス上昇スキルを持っている上杉さんにとってさほどメリットになっていないのだ。
しょんぼりする上杉さんとリバちゃんを諌めていると、三木さんが裾を引っ張ってくる。
「九条さん、クラーケンがこちらに気付いて襲ってくる可能性は無いのですか?」
「あ、それは大丈夫みたいです」
クラーケンは海のモンスターだ。
リバちゃんみたいに陸に上がって戦う事も出来なくはないが、やはりその主戦場は海。
鳴門大橋に近づくまでは襲ってこないと言うのが、検索さんとボルさんの共通見解だ。
「それなら安心しました」
「しばらくは今まで通りモンスターの駆除とレベル上げを優先していきましょう」
モンスターに襲われる人たちも助けられるし、経験値も手に入る。
これは今までと一緒だ。
検索さんによれば鳴門市のモンスターの種類は今まで戦ってきたヤツばっかりだし、余程の事が無い限り後れを取る事はないだろう。
「それじゃあ行きましょうか。……あれ? ボルさんどうかしたんですか?」
そこで私はボルさんがどこか一点を見つめている事に気付いた。
視線の先に在るのは――鳴門大橋?
何か気になる事でもあるのだろうか?
『……妙だな』
「どうかしたんですか?」
『静かすぎる。クラーケンは強者の気配を敏感に感じ取るモンスターだ。ここまで近づいたなら、何かしら動きがあってもおかしくないはずなのだが……』
ボルさんはしばし黙考したのち、
『あやめよ、予定変更だ。鳴門大橋に向かうぞ』
「え? もう戦うんですか?」
『いや、あくまで様子を見るだけだ。クラーケンの姿を見つけたらすぐに撤退する』
「……分かりました」
ボルさんの言葉に、私は言い知れぬ不安を覚えた。
予定を変更し私達は鳴門大橋へ向かった。
――道中モンスターを倒しながら、私達は鳴門大橋に辿り着いた。
モンスターの襲撃が少なかったのか、橋は何とか原形を保っており向こう側まで渡れそうな感じだった。
ちなみにこの場に居るのは、私、ボルさん、上杉さんの三人だけだ。
今回はあくまで偵察なので、先輩たちには離れた場所で待機して貰っている。
ベレさんは先輩たちの護衛である。
『やはりおかしい……。ここまで接近してもクラーケンが現れない』
「どこか別の場所に行ったのではないのか?」
『いいや、気配はある。移動したわけではない』
上杉さんに悪いけど、私も同じ意見だ。
検索さんに確認して貰ったが、クラーケンはこの海域に居る。
それは間違いない。
なのにどうして姿を現さないのか?
いや……ちょっと待って。
何かが来る。
海の中から巨大な気配がせり上がってきた。
「ボルさん、今すぐこの場を離れ――」
「ジュラァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
私の声を遮るように、海の中から超巨大なモンスター――クラーケンが姿を現した。
「なっ……!?」
「大きいな……」
『ふむ……』
その容姿はまさしく巨大なイカだ。
だがそのサイズが桁違いにも程がある。
胴体は鳴門大橋の塔頂よりも高く、足の一本一本はリヴァイアサンの胴よりも太い。
そして感じる気配、強さは間違いなくベヒモスと同等かそれ以上。
ボルさんをして厄介なモンスターと言わしめるのも納得出来る。
でも、なんだろう、この感じ……?
ボルさんの言ってた通り、確かになにかおかしい。
「ァァ……アァァ、ァァァ……」
クラーケンはどこか苦しそうな声を上げた。
すると、その巨体を支える足の一本が突然切れた。
大きな水しぶきを上げながらクラーケンの足が海に落ちる。
「ァァァ……ジュラァァァアアアアアアアアアアアッッ!」
苦悶に呻くクラーケンは残った足で何かを払うように海面を叩きつけた。
衝撃で海が割れ、虹が掛かる。
今度は叩きつけた足が何かによって切り裂かれる。
「何かと……戦っている?」
うっすらとだが、『何か』がクラーケンの周りを旋回している。
速すぎて見えないが、ソレは少しずつ、だが確実にクラーケンを切り裂いていった。
「ジュラァァァ……」
僅か数秒の内にクラーケンは殆どの足を切り裂かれ、見るも無残な姿になった。
旋回する『何か』は光の線を描き、最後にクラーケンの頭上で一瞬静止したように見えた。
そして次の瞬間、クラーケンの体が真っ二つに裂けた。
「―――」
断末魔を上げる事も無く、クラーケンは消えて水色の魔石が海に落ちて行った。
一体何が起こったのだろう?
分かるのは、何か圧倒的な存在がクラーケンを倒したという事。
それは一体何なのか?
その答えはすぐに分かった。
「なに、あれ……?」
見上げると、空に一本の『剣』が浮かんでいた。
ソウルイーターよりも尚禍々しく、でもどこか神々しい白い光を放つ歪な剣が。
『まさか……そんな……。何故、アレがここに居る……?』
ボルさんが信じられないといった声を上げる。
「ボルさん、あれが何か知ってるんですか?」
『言ったであろう、あやめよ。我々は『あるモンスター』を避ける為に、わざわざ迂回してこの四国へやって来たと』
あるモンスター……?
「ッ――!」
その瞬間、私は思い出す。
そのモンスターの存在を。
『六王』に匹敵し、斬れぬモノはないと言われるモンスターを。
その名は――、
『あれがそのモンスター――『刃獣』だ』
最悪のモンスターが、私達の前に姿を現した。




