77.戦いの前にやっておきましょう
クラーケンとの決戦の舞台は鳴門大橋。
とはいえ、私達が今居るのは愛媛県の西条市だから目的地までは結構な距離がある。
「海沿いに進めば百五十キロくらいか……。うむ、走れば二時間かからないな」
「いや、無茶言わないで下さいよ……」
そんなの出来るのは、規格外のステータスを誇る上杉さんだけだ。
ほら、ボルさん達ですら呆れてるじゃないですか。
『! ミャゥー、ミャァー!』
一方で、何故かメアさんはふんすとやる気を出している。
ぺしぺしと私の足を叩きながら、自分だって出来るもんと猛アピールだ。
なんで張り合おうとしてるのさ? 可愛いけど。可愛いな。可愛いよ。
「よしよし、良い子だねー」
『フミャ……? ミャゥ~』
お腹を撫でてあげたら大人しくなった。かわゆい、かわゆい。
「みゃぁ」
「はいはい、ハルさんも可愛いねー」
「みゃぅ~♪」
ハルさんも撫でてアピールして来たので、勿論撫でてあげますとも。
らぶりー。癒されるよー。
『良い関係を築けているな。安心したぞ』
「はい。メアさんにはいつも助けられてます」
『ミャァ~』
「みゃぅー」
感謝の気持ちも込めて、私はいっぱいハルさんとメアさんをモフモフするのだった。
モフモフを堪能してリラックスしたので、早速移動を開始する。
私はメアさんに、ボルさんとベレさんはそれぞれのナイトメアに、先輩、三木さんはシェルハウスの中に、そして上杉さんは普通に走っている。息も乱れておらず、本人にとっては軽いジョギング程度らしい。控えめに言って凄い。
「……でも本当に良かったんですかね?」
「……何がだ?」
「彼女を――四季嚙 妃さんをあの町に置いて来た事をです」
「……」
私の問いに、上杉さんは答えない。
内心、かなり複雑なのだろう。
そう、私達は殺人鬼の女性――四季嚙 妃をあの町に置いて来た。
「ハルさんが彼女の持ってた同族殺しの上位スキル『大虐殺』を『治癒』に変換したことで、彼女がスキルから記憶を思い出す可能性は低くなりました。でも、絶対じゃありません。目撃者がいたかもしれませんし、何がきっかけで記憶が戻るか分からないんですよ?」
「そうだな。だが今の彼女を連れていくのが難しいのも確かだろう?」
「……はい」
目覚めた彼女は酷く動揺していた。
本当に記憶を無くしていた。
私達の事も、スキルの事も、モンスターの事も分からず、ここ数週間の記憶を全て失っていた。
「……ボルさんやベレさんの姿を見ただけで気絶しちゃいましたもんね」
目覚めた彼女はボルさん達の姿を見ただけで気絶してしまったのだ。
モンスターに酷く怯え、震える様はかつての彼女とは似ても似つかない姿だった。
(記憶が無くなるだけであんなにも変わるなんて……)
いや、あれが彼女の本来の性格なのだろう。
記憶を無くした彼女は誰かを傷つける事、殺す事、争う事に酷く忌避感を覚えていた。
レベルやスキルについて誤魔化すために私達が適当にでっち上げた説明――モンスターから生き延びる為に記憶を無くすくらい必死に戦い生き延びてきた――を聞いた時ですら顔を青ざめ、嫌悪感を抱いていたのだ。
モンスターを殺す事ですら、彼女にとっては受け入れがたい事実だったのだろう。
戦えますかって尋ねたら、顔を凄い勢いで首を横に振ってたもん。
それは記憶を無くす前の私達からすれば信じられない程の変り様だった。
「本来は争いを好まない優しい人だったんですね……」
「ああ、だからこそ、悪にも染まりやすかったのだろうな」
彼女は善人だった。善人だったからこそ、悪意に耐えられず、悪意に飲まれてしまった。
勿論、それで人を殺していい理由にはならないけど……。
するとボルさんが私の方を見た。
『彼女の影に監視役のスケルトンも忍ばせておいた。もし何かあれば、そのスケルトンを通じて私に伝わる。その時に考えればよい。今の彼女では連れて行っても足枷にしかならん。お主にはお主の目的があるだろう?』
「はい」
そうだ。私にも目的がある。
東京へ行き、家族と再会するという目的が。
彼女一人を監視する為に、ずっとここに留まる訳にはいかないのだ。
どこかで線引きをしなければ、ずるずると目的から遠ざかってしまう。
「というか、今更ですけど上杉さんも一緒に来てくれるんですか?」
「……本当に今更だな。乗りかかった船だろう? それに君たちには彼女を止めるために手伝って貰った借りがある。私の力で良ければ喜んで力を貸すさ」
「きゅいー♪」
上杉さんの言葉にリバちゃんも同調するように鳴く。
正直私達より全然強そうだ。
「ありがとうございます。頼りにさせてもらいますね」
「はは、任せろ」
「きゅー♪」
心強い仲間と共に、私達は四国最後の関門――鳴門大橋を目指すのだった。
それからしばらく移動していると、不意にボルさんが口を開いた。
『そう言えばあやめよ。ソウルイーターの修業は順調か?』
「え?」
『ぬ?』
突然の質問に思わず私は素で反応してしまう。
するとボルさんから不穏なオーラが漂ってきた。
『あやめよ、まさかとは思うがあれから何の進捗も無いのか?』
「え、いや……あれからってまだ三日しか経ってないですよ? そんなすぐに変わる事なんて――」
『この大馬鹿者!』
「ひっ」
『まだ三日だと? 三日“も”時間があっただろうが! いくら他の事に気を取られていたとはいえ、ソウルイーターの修業はお主の生存に直結する一番大事な事柄だろう! それを怠るとは何事だ!』
「す、すいません……」
怒られた。
すっごい怒られた。ぐすん……。
『この世界には男子、三日会わざれば括目してみよという諺があるのだろう? たった三日、されど三日だ。伸び代の少ない我々と違い、君たちはまだまだ可能性に満ちているのだ。それを怠るなどとんでもない』
「はい……」
ていうか、ボルさんそんな諺どこで覚えたんですか?
もしかして三日の間に、ボルさんたちも他の人たちと交流していたのだろうか?
『まあよい。クラーケンとの戦いの前にもう一度訓練を付けてやる。嫌とは言わせんぞ?』
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
クラーケンと戦う前に、レベルアップとボルさんとの訓練となった。
よし、頑張るぞ。
一応、四季嚙さんはまだ出番があります




