75.仲間が増えるよ。やったね、あやめちゃん
一瞬、そのアナウンスの意味が理解出来なかった。
≪リヴァイアサンが仲間になりたそうにアナタを見ています。仲間にしますか?≫
再び脳内に流れるアナウンス。
うん、聞き間違いじゃなかった。
……聞き間違いであってほしかった。
「えーっと、上杉さん、これはどういう――」
「まて、九条。その前に、その後ろの骸骨共はなんだ? 敵意は感じないが、大丈夫なのか?」
上杉さんは緊張した面持ちで、私の後ろに居るボルさんとベレさんを見つめている。
対するボルさんたちも、上杉さんの後ろに控えるリヴァイアサンを見て武器を構えた。
ボルさんは殺人鬼の女性を抱きかかえながらも器用に弓を持っている。
『あやめよ、何故ここにリヴァイアサンが居るのだ……?』
『はっ、まさかベヒモスに続いてリヴァイアサンにも会えるとはな! 面白れぇ、一突きにしてやらぁ!』
「きゅー♪ きゅきゅーい♪」
「九条! どういう事だ? これは一体、どういう状況なんだ?」
「えーっと、そのぉ……」
ホントにどういう状況何でしょうね……?
私が聞きたいくらいです。
「と、ともかくみんな、一旦落ち着きましょう」
何から説明したらいいのか分からず、私は頭を抱えるのであった。
ひとまず私は上杉さんにボルさん達の事を説明した。
その間、リヴァイアサンはずっと上杉さんの後ろで大人しくしていた。
「――成程、つまり彼らは九条たちが九州で共闘したモンスターで、何か事情があってこの近くに来ていたので、私達に協力してくれたと?」
「はい、そういう事です」
「成程……言葉を話せるモンスターも居るんだな……」
「きゅぃー……」
うんうん、と頷く上杉さんとリヴァイアサン。
いや、なんでリヴァイアサンまで同意してるのさ?
「その殺人鬼は本当に記憶を失ったのか?」
「まだ確認していませんが、ボルさんが言うなら間違いないと思います。後でハルさんに辻褄合わせの為にスキルを変換して貰う必要はありますが、もう彼女は脅威にはならないでしょう」
「そうか……」
上杉さんは何とも言えない表情を浮かべた。
目をつぶり、何かを考え込んだ後、ボルさん達の方へ向き合い頭を下げた。
「ボルさんとベレさん……と言ったな。……ありがとうございます。私には彼女を止める事が出来なかった。アナタ達のおかげだ」
『……人間に感謝をされるのはこれで二度目だな。なんとも奇妙な感覚だ』
『けっ』
とはいえ、まんざらでもない感じのボルさんとベレさんである。
「それで上杉さん、今度はそちらの事情を説明して貰えますか? どうしてリヴァイアサンと一緒に?」
「きゅいー?」
ちらりとリヴァイアサンの方を見れば、向こうも一緒に首を傾げている。
なんでさ?
「ああ、実は――」
上杉さんは私と別れた後の事を説明してくれた。
私と別れた後、上杉さんはリヴァイアサン相手に奮闘していたのだが、途中からどうにも相手の様子がおかしい事に気付いたらしい。
リヴァイアサンにまったく敵意を感じなかったのだ。
一体どういう事かと思っていれば、私と同じように例のアナウンスが頭の中に流れてきたらしい。
「最初は私を油断させるつもりの罠かとも思ったのだが、コイツはあろうことか仰向けになって、私に腹を見せてきたんだ。それで思ったんだ。もしかしたら、この化け物は私と戦っているのではなく、単に遊んでいるつもりだったのではないかと」
「あ、遊んでるって……」
とてもじゃないが信じられなかった。
ちらりと、リヴァイアサンの方を見れば、こくこく頷きながら、きゅいきゅいと鳴いている。……どうやら本当らしい。
というか、もしかしなくてもこのリヴァイアサン、私達の言葉を理解してるの?
『ふむ、見た感じこのリヴァイアサンはまだ幼体だ。警戒心も薄く、他の生物に興味を持ってもおかしくはないな』
「え、こ、子供なんですか? この大きさで?」
『ああ。成体ならばこの十倍はある。間違いなく子供だろう』
じゅ、十倍って……。
それってあのベヒモスよりも何倍も大きいじゃん。
リヴァイアサン、凄い……。
「きゅいー♪」
リヴァイアサンがこちらを見つめてくる。
同時に、脳内にまたあのアナウンスが流れた。
≪リヴァイアサンが仲間になりたそうにアナタを見ています。仲間にしますか?≫
『良かったではないか、あやめよ。幼体とは言え、このリヴァイアサンは相当な力を持っている。戦力になること間違いなしだ』
「いやいやいや、無理ですよ。こんな大きな体じゃ嫌でも目立ちますし、碌に町中を歩けなくなるじゃないですかっ」
「きゅいー?」
私達の目的はあくまで東京へ向かい、家族と再会する事だ。
確かにこのリヴァイアサンが仲間になれば、戦力しては凄く心強いけど、代わりに町の中で動きづらくなる。それは避けたい。
とはいえ、私達がずっと町の中を探索してる間、海岸とかに置いていくわけにもいかないし、このサイズじゃシェルハウスにも入れる事が出来ない。
「……きゅー?」
リヴァイアサンがウルウルした目でこちらを見つめてくる。
だめなの? 仲間にしてくれないの?って感じの視線だ。
あうぅ、心が痛い。しかも子供だって分かると余計に……。
「いや、まあ、その……メアさんみたいに変身できるなら話は別ですけど、リヴァイアサンって変身できるんですかね?」
『……そんな話は聞いたことがないな』
駄目だった。
じゃあ、やっぱり無理――、
「みゃぁー」
するとフードの中に隠れていたハルさんがぴょんっと飛び出してきた。
「みゃぅ、みゃぁー。みゃー」
「きゅぃ……?」
「みゃー。みゃみゃーん」
「! きゅいー!」
リヴァイアサンと会話してる。
ハルさん、どうしちゃったの?
何やら話をした後、リヴァイアサンはこくりと頷いた。
「きゅぃー!」
鳴き声と共に、リヴァイアサンの体が共に光り輝いた。
するとリヴァイアサンの体がどんどん小さくなってゆく。
光が収まるとそこには三十センチくらいのサイズまで縮んだリヴァイアサンの姿があった。
「ち、小さくなった……」
『ほう、どうやら体のサイズを自由に変える事が出来るようだな』
「そんなスキルがあるんですか?」
『何を言っている。ベヒモスも自身の肉体を巨大化させるスキルを持っていただろう。逆に体を小さくするスキルがあったとしてもなんら不思議は無かろう?』
「た、確かに……」
≪……≫
ん? なにやら検索さんの不機嫌な気配を感じた気がする。
もしかしてボルさんに解説役を取られてむくれてる? はは、流石にそれは無いか。
≪…………≫
な、ないですよね……?
≪気のせいです≫
良かった気のせいだった。
……そう思う事にします。ごめんなさい。
今度からちゃんと検索さんに確認します。
「きゅいー♪」
小さくなったリヴァイアサンは私の体を器用によじ登って、肩の上に乗っかった。
冷たくて蛇みたいだ。いや、蛇飼った事ないけど、多分こんな感じなのかな?
『ともあれ、良かったではないか。このサイズなら服の中に隠れる事も出来よう。町の中で行動するにもなんら支障は出ないだろう』
「あ……」
確かにボルさんの言う通りだ。
このサイズなら町中でも自由に動き回れるだろう。
それにメアさんも仲間に居るし、別にもう一体モンスターが仲間になったところで今更である。
「えーっと、ちょっと待って下さい。先輩や栞さんの意見も確認しないと――」
「え? 別に問題ないよ?」
「ええ、私も構わないです」
「うひゃぅ!?」
び、びっくりしたぁ。
振り向けば、後ろに先輩と栞さんが立っていた。
「せ、先輩、それに栞さんも。何時からそこに居たんですかっ」
「ついさっきかな。シェルハウスから出てきたのに、あやめちゃんったら、話に夢中で全然気付いてないんだもん。いつ気付くのかなーって、後ろでずっとそわそわしてたんだよっ」
「そ、それはすいませんでした……」
ん? いや、謝る必要あったのかな……?
「ともかく、話は聞いてたから問題ないよ。ハルちゃんや、メアさんが仲間に居るんだもん。リヴァイアサンくらい、全然オッケー…………だよ、うん……」
「先輩、最後の方、声が震えてるじゃないですか」
「きゅー?」
まあ、二人の同意も得られたし、問題ないか。
なんかどんどん感覚が麻痺してるような気がするなぁ。
私は頭の中でイエスを選択する。
≪リヴァイアサンが仲間になりました≫
≪一定条件を満たしました≫
≪職業『魔物使い』が獲得可能になりました≫
あれ? なんか新しい職業が取得可能になった。
後で検索さんに調べて貰おう。
さっそくパーティーメンバーの項目を確認する。
リヴァイアサン LV15 と表示されていた。
「君、結構レベル高いんだね。えーっと、リヴァイアサン――って呼ぶのもあれだし、何か名前つけようか?」
「きゅいー♪」
「リヴァイ……リヴァ……リバ? リバちゃんでどうかな?」
「! きゅいきゅいー♪」
どうやらオッケーらしい。
リヴァイアサン改め、リバちゃんは凄く嬉しそうに体をくねらせた。
『無事に仲間になったようだな。よし、ではあやめよ。そろそろ本題に入ろうか』
「本題……?」
『言ったであろう。我々は厄介なモンスターの気配を追って、ここに来たと』
「ええ、そう言ってましたけど……。それってリバちゃんの事じゃないんですか?」
この海域にはリヴァイアサンは一体しかいないと、検索さんは言っていた。
リヴァイアサンが他に居ない以上、他に厄介なモンスターなんて――、
「……あ」
まさか、まさか、まさか。
その可能性に気付いた瞬間、私は背中から猛烈に嫌な汗が流れるのを感じた。
縋るような気持ちでボルさんを見上げる。
頼む、間違いであってほしいと。
だがボルさんが告げたのは余りにも無慈悲な宣告だった。
『そうだ。我々が追ってきたモンスターはリヴァイアサンではない。――別のモンスターだ』
リヴァイアサン以上の化け物がこの四国には居た。
そう告げられて、私は頭の中が真っ白になった。




