72.奪う側と奪われる側
巨大な津波に乗って現れたリヴァイアサン。
え? なにあれ? どうなって――、
≪リヴァイアサンは水を生み出して、それに乗る事で陸路も移動可能です
……昨日、実際に見たはずですが?≫
あ、そうだった。
すいません、検索さん。突然の出来事に混乱してしまいました。
って、そうじゃない!
問題なのはなんでリヴァイアサンがここに居るのかってことだよ!
まさか私達を追って来たの?
なんで? なんのために?
「きゅー♪ きゅいきゅい、きゅー♪」
リヴァイアサンの方を見れば、何か嬉しそうに波の上でぴょんぴょん跳ねてる。
まるで意味が分からない。
流石の検索さんも、相手が何を考えてるかまでは検索できないし……。
「は、ははは! 運はまだ私を見捨ててないようですねっ!」
「あっ!?」
私達がリヴァイアサンに気を取られている隙に、殺人鬼は一目散にその場から逃走する。
「ちっ……九条、あの化け物は私が引きつける。お前はあの女を追え!」
「え? で、でも――」
「早くしろ! モタモタしていればまた奴を見失う! 私に索敵系のスキルは無い! お前しか奴を追えないんだ! これ以上被害者を出さないためにも頼む!」
「ッ……分かりました! 上杉さんも気を付けて下さい!」
「ああ!」
リヴァイアサンの相手は上杉さんに任せ、私は殺人鬼を追った。
絶対に逃がさない!
「ハァ……ハァ……」
一方、殺人鬼――四季嚙 妃は必死に走っていた。
追跡を捲くために、細い裏路地を縫うように進む。
この辺り一帯は彼女がもともと住んでいた地元だ。
道は知り尽くしている。地の利は彼女にあるのだ。
「追っ手の気配は……まだ大丈夫そうですね……」
初期獲得スキル欄に索敵系のスキルがあったのは本当に良かった。
おかげで相手の位置が手に取るように分かる。
十分に距離を取る事が出来た。
「潜伏を……いや、適当な人間を殺して成りすました方がいいですかね」
彼女の持つ『変装』のスキルは、触れた相手の姿を借りる事が出来るスキルだ。
レベルが低いため、自分と同じ性別の、似たような体格の人物にしか変装する事は出来ないが、追っ手の目を欺くには十分な性能である。
「……よし、近くに丁度いい人が居ますね」
スキルを使って気配を探れば、あやめとは別方向に人の気配を感じた。
気配からして女性だろう。
好都合だ。殺して成りすましてやる。
彼女はアイテムボックスから武器を取り出し、気配のする方へと向かう。
――ああ、本当に今の世界は素晴らしい。
彼女は心の底からそう思う。
今の世界には、かつての世界のような秩序も法も存在しない。
強者はどこまでも強くなり、弱者はどこまでも弱者のままだ。
その逆は無い。声が大きいだけの弱者は、この世界では生きられないのだ。
いや、権利を振りかざすだけの弱者など、さっさと駆逐されるべきだ。
かつて彼女は医療に従事していた。
一人でも多くの人を救うために、彼女は寝る間も惜しんで人一倍努力した。
患者が快調に向かえば本人やその家族に感謝され、彼女は満たされていた。
人の助けになる事が、何よりも嬉しかったから。
だがある日、彼女は一人の患者を死なせてしまう。
ほんの些細なミスだった。
普段の彼女ならしないような、それこそ一生に一度あるかないかと言えるようなミスだった。
その結果、患者は死んだ。
遺族には子細に説明した。
だが納得はしてもらえなかった。
罵詈雑言投げつけ、あろうことかマスコミを味方につけ、世間を使って彼女を糾弾したのだ。
務めていた病院も面倒事を避けるためか、責任の全てを彼女に押し付けた。
たった一度のミスで、彼女は全てを失った。
――たとえ千人の命を救っても、一人の死を世間は許さない。
それまでに彼女がどれだけ医療に貢献したかも、どれだけ高い能力を持っているかも関係ない。
事情も知らない世間からすれば彼女は患者を殺したやぶ医者で、マスコミもそう囃し立てた方が面白いからより煽る。
世間のイメージに流され、それまで担当していた患者も、彼女を避けるようになった。
自分の今までの全てが否定された。
――こんな世界は間違ってる。
彼女は復讐をした。
自分の人生を滅茶苦茶にした患者の家族の元を訪れ皆殺しにした。
そして自分も死ぬつもりだった。
だがその瞬間、頭の中に声が響いた。
≪経験値を獲得しました≫
≪シキガミ キサキのLVが1に上がりました≫
≪一定条件を満たしました≫
≪スキル『同族殺し』を取得しました≫
『これは……』
世界は変わった。
モンスターがあふれ、死があふれ、残酷で、地獄のような世界になった。
人を殺せば殺す程にレベルが上がり、スキルが手に入り、強くなれる。
『ああ、神様、ありがとうございます』
彼女は神に感謝した。
やはり自分は正しかったのだ。間違っていたのは世界の方だったのだ。
もう人助けなんてやめよう。
これから自分の為だけに生きていこう。
自分を受け入れなかった世界なんて要らない。
命を救う者ではなく、奪う者としてこの世界を謳歌しよう。
歪んだ大義名分と共に、彼女はたった数日で数えきれないほどの命を殺めた。
「――さあ、私の為に死んでください」
そして今また、新たな獲物を殺そうとして――、
「……あぇ?」
彼女はその場から動けなくなった。
腕が、足が、全くピクリともしない。
一体どうなっているのか?
「な、なんで……?」
体に痛みはない。麻痺しているわけでもない。
だが体は全く動かないのだ。
まるで『見えない何か』が、自分をその場に縫い付けているかのように。
『全く甘い奴だぜ、アイツは……。自分の同族一人を殺すのがそんなに怖いのかよ。ベヒモスなんて何倍もヤバい奴を相手にしてたってのによー』
『そう言ってやるな。甘さや優しさを捨てきれない事は悪い事ではない。だからこそ、我々も彼女を信じて手を組んだのだからな』
声が聞こえた。
なんとか視線だけを動かして、声のした方を見る。
そこには、二体の骸骨の騎士が居た。




