70.人殺し、人でなし、ろくでなし
「動かないで下さい」
「ッ……」
ソウルイーターの切先を目の前の女性に付きつける。
改めて見るとかなり顔の整った女性だ。
年齢は二十代半ばほどだろうか?
真っ黒な髪に、病的なほどの白い肌。喪服のような黒いスーツ。
そして首には斬り裂かれたような古傷が見えた。
「いやはや、参りましたよ。降参です」
女性はあっさりと両手を上げた。
ただその視線は、目の前に居る私ではなく、上杉さんに向いている。
「……追跡されるのは想定内でしたが、まさか建物ごと破壊されるとは思いませんでしたよ。素晴らしいお仲間をお持ちのようだ。いったいどんなスキルを使ったんです?」
「スキルなど使っていないぞ。ただぶん殴っただけだ」
「……は?」
上杉さん、余計な事言わないで下さい。
殺人鬼の人、「え、マジ?」みたいな顔してますから。
「じょ、冗談がお上手なようですね」
「冗談ではないぞ」
上杉さんは殺人鬼に近づくと、その足を思いっきり踏みつけた。
鈍い音が鳴った。
「ぐぁ――ぁぁぁああああああああああああああああ!?」
「う、上杉さん!?」
「騒ぐな、足を折っただけだ。また逃げられてはかなわんからな」
それはそうですけど、よく躊躇なくそれを実行できますね。
殺人鬼の顔にはびっしりと脂汗が浮いていた。
「は、ははは……いいですね、容赦がない。ですが、理解出来ませんね。なぜすぐに殺さないのですか?」
「直ぐに殺してほしいのか? ならすぐにでも殺してやる」
「いやぁ、ご勘弁願いたいですね。私は死にたくない。お願いです、殺さないで下さい」
「ッ……! 戯言を言うな! お前はそうやって命乞いをした相手を何人殺してきたんだ?」
上杉さんの拳が殺人鬼のみぞおちに命中する。
鈍い音と共に、殺人鬼は大量の吐しゃ物を地面にまき散らした。
「あが……おえ、げぇえええええええ……。はは……そうか、そうですか……ははは」
涙と鼻水で顔を歪めながらも、何故か殺人鬼は気持ちの悪い薄笑いを浮かべた。
その不気味さに私は鳥肌が立った。
「何だお前は……? 何でこの状況で笑っていられる?」
「いやぁ、とりあえず安心したので」
「……安心だと?」
「はい、殺されることはないんだと分かり安心しました」
「なに……?」
「だってアナタ、人を殺すのが怖いんでしょう? 私のような殺人鬼であっても」
「――」
上杉さんの表情が強張る。
殺人鬼は笑みを深めた。
「アナタは力を持ち、正義感に溢れてはいるがそれだけだ。こうして私を痛めつける事は出来ても、殺すことは絶対に出来ない。何故なら人を殺すのが怖いから。モンスターならいくらでも殺せるのに、人を、同族を殺す事は出来ない。自分が人殺しになるのが怖くて怖くて仕方がないのですよ」
「……黙れ」
「がはっ」
上杉さんは殺人鬼を殴る。
それでも殺人鬼は笑う。
「ははっ、人を殴った感触はどうですか? 丸太や巻き藁を殴る感覚と全然違うでしょう? 心地よくないですか? 相手の命を握っている、相手を自由にできる事に快感を覚えませんか?」
「黙れえええええええええええええええええっ!」
殴られて殺人鬼は数メートル近く吹き飛んだ。
その瞬間、彼女はその時を待っていたと言わんばかりに笑った。
「――アイテムボックス」
その瞬間、彼女の周囲に消火器が現れた。
事前に栓は抜かれていたのだろう。
ブシュゥゥ! と音を立てて周囲が白煙に包まれた。
「ぐっ――」
「これは――?」
一瞬にして塞がれる視界。
だけど殺人鬼は上杉さんに足を折られている上、負傷している。
遠くには逃げられないはず……。
「――きゃっ、なに――やめ――」
「ぐぁ……!?」
「ッ――!?」
今の声……八島先輩と栞さんの声だ。
まさか――ッ!?
煙が晴れる。
そこには先輩を人質に取り、折れたはずの足でしっかりと立つ殺人鬼の姿があった。
足元には気絶した栞さんが倒れている。
先輩の首筋にナイフを当て、栞さんを踏みつけながら、私と上杉さんを睨み付ける。
「形勢逆転ですかね」
「なっ……どうして?」
余裕の笑みを浮かべる殺人鬼。
先程上杉さんにやられた傷がどこにも見当たらない。
まさか回復系のスキル? それも骨折を一瞬で直せるレベルの?
「いやあ、流石に回復系のスキルは持ってませんよ。SPも足りませんしね、ははは」
「……どうして?」
「答えると思います?」
≪『癒しの宝珠』と呼ばれるアイテムがあります。どんな傷、呪い、状態であっても一度だけ完全に回復する事が出来ます。特定のモンスターまたはドロップボックス、ガチャのスキルオーブより一定確率で入手可能です。それを使用したと思われます≫
私の疑問に検索さんが答えてくれた。
検索さんありがとうございます。
てか、何ですかその反則アイテム。
「癒しの宝珠……」
「おや、知ってたんですか?」
殺人鬼は意外そうな顔を浮かべる。
「いや、違いますね。知ってたと言うよりも、今知ったという感じだ。んー、もしかしてアナタ、自分が疑問に思った事を調べられる固有スキルでも持ってるんですか?」
「――ッ!」
「当たりですか。私の鑑定でもアナタの固有スキルは見えませんでしたからね。しかし、そうですか。それはそれは素晴らしいスキルを持っていらっしゃる。うーむ、そうなると殺すのは惜しいですし、話は変わりますね」
「……?」
一体何を言っているのか?
殺人鬼は先輩にナイフを突きつけたまま、私の方を見つめる。
「……九条あやめさん、私と手を組みませんか?」
「は……?」
何を言っているんだ、この人は?
だが次の瞬間、頭の中にアナウンスが響いた。
≪シキガミ キサキが仲間になりたそうにアナタを見ています。仲間にしてあげますか?≫
「私と一緒に、たくさん人を殺しましょう。凄く楽しいですよ」




