68.追跡手段
あの後、私はすぐに先輩たちと合流し、病院を離れた。
あのまま病院に留まっていれば、私達にあらぬ疑いが懸けられると思ったからだ。
なにせ目撃者が多すぎた。
あの看護師とのやり取りを見ていた人たちも多かっただろう。
悔しいが、昨日ここへ来たばかりの私達と、顔が知れ渡っている看護師とでは信用が違う。
案の定、私達に疑いの眼差しを向けてくる人たちが居たのだ。
犯人じゃないという証拠がない以上、私達に向けられた疑念を払しょくする手段はない。
あらぬ疑いを掛けられ、行動を制限されてはそれこそ相手の思うつぼだ。
「……直ぐに病院を離れたのは正解だったな。少し様子を見てきたが、残された人たちの間では、もう私達の事が噂になっていたよ」
今、私たちは病院から少し離れた民家に身を潜めている。
偵察から戻ってきた上杉さんの言葉を聞いて、先輩が悔しそうな表情を浮かべた。
「……私達、なにも悪くないのに……」
「仕方ないですよ、先輩。悔しいですが、相手の方が一枚上手だったんです」
「でも……っ」
「分かってます……。ちゃんと分かってますから」
悔し涙を浮かべる先輩の頭を撫でる。
時間を掛けて彼らを説得すれば、私たちは無実だと信じさせることもできるだろう。
だがそんな時間をあの殺人鬼が与えるとは思えない。
すぐに次の手を打ってくるはずだ。
認めたくないが、あの手際は見事だった。
おそらく最初から計画していたのだろう。
奇襲と扇動、どうすれば群衆の中で優位に立ち回れるかを熟知している。
そして何より、スキルの使い方が巧みだった。
物を収納するだけのアイテムボックスをあんな風に使うなんて思いもしなかった。
本来戦闘には使えないスキルも、使い方次第では立派な武器になるのだ。
「でも厄介なことになりましたね。病院に居る人たちに危険を伝えようにも、今の私達じゃ信じて貰うのは難しいでしょう。それに……相手は姿を変えられる。もしかしたらもう別の顔で潜り込んでいるかもしれません」
「……」
三木さんの発言に、その場に重い空気が流れる。
そう、厄介――いや、最悪な点はそこだ。
病院から逃げる際中、私達は『ある死体』を見つけたのだ。
それはあの看護師の死体だった。
道路の真ん中に目立つように置かれていた。
手足は拘束され、その表情は恐怖で歪んでいた。
本当の看護師を殺して成りすましていたのだろう。
余りにも残虐で、本当に同じ人間なのかと疑いたくなるほどだった。
(奇襲、アイテムボックス、同族殺し、そして変身……)
人を殺す事に特化した様なスキル構成だ。
本当に厄介極まりない。
「あれは人ではない。人の皮を被った怪物だ。どうにかして食い止めないと被害は増す一方だ」
「そうですね……」
上杉さんの言葉に私は同意する。
どうにかしてこれ以上の被害は食い止めないといけない。
モンスターという脅威があるのに、どうしてあんな悪意のある人間が居るのだろうか?
いや、違う。こんな世界になったからこそ、あんな存在が生まれてしまったのかもしれない。
「でもどうやって探すの? 私達、索敵系のスキルなんて持ってないよ?」
「うーん……」
先輩の言葉に、私は腕を組んで唸る。
今のままではどうしても後手に回っちゃう。
相手の居場所が分かるか、変装を見破れるスキルでもあれば、先手を打てるけど、そう上手くはいかないのだ。
≪相手の位置を把握する『追跡』、変装を見破る『看破』の習得には、最低でも三日はかかります≫
検索さんからの無慈悲な通告。
時間を掛ければ、対策は立てられるし、こちらから打って出る事も出来る。
でもその間に、一体何十人の人が犠牲になるのか。
必要な犠牲と割り切るなんて出来ないよ……。
「にゃぁー」
「……ハルさん?」
するとハルさんが私の足をペしぺしと叩いていた。
その口にはあの看護師が落としたナイフが咥えられている。
ハルさんはナイフを地面に置くと、鼻をひくつかせた。
「にゃぅ、にゃぁー」
「……もしかして、そのナイフの匂いを辿って追跡できるの?」
「みゃう」
ハルさんは頷いた。
凄い、そんなこと出来るんだ。
てっきりそういうのって犬の専門分野だと思ってたよ。
三木さんは顎に手を添えて唸る。
「……確かに犬ほどではないにしても、猫も嗅覚は発達していますからね。ましてやただの猫ではなく『猫又』に進化しているのであれば、追跡も可能なのかもしれません」
なるほど、そうなんだ。
でもこれは嬉しい誤算だ。
「……ハルさん、お願いできる?」
「みゃうー」
任せろと言わんばかりに、ハルさんは走り出した。




