66.同族殺し
私は視線の主に気付かれないようにそれとなく周囲を警戒する。
「……ハルさん、メアさん、周囲を警戒して。何かあれば直ぐに教えて」
「みゃぁー」
『ミャゥ』
ハルさんは肩の上に乗りながら、メアさんは影の中からそれぞれ返事をする。
(あくまで自然体で……絶対に相手に気付かれないようにしないと……)
これだけの事を平然と行えるような人物だ。
危険なだけじゃなく、職業やスキルのレベルもかなり高いだろう。
なるべく平静を装いながら、私は先輩の元へと急いだ。
「先輩、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたの、あやめちゃん」
「とりあえずこれを見てくれますか?」
私は目立たないように指先を操作して、先輩に『メール』を送る。
一瞬、先輩は首を傾げたが、私の意図を察したのかステータスを開いてメールを確認した。そして次の瞬間、表情が変わった。
「えっ、犯人が近くに――むぐっ」
「しーっ、先輩、声が大きいです! 静かにしてください」
慌てて先輩の口を塞ぐと、先輩は落ち着いたようで指でオッケーのサインを出す。
私は先輩から手を離すと、ステータスを操作して先輩にメールを送った。
『そんな訳で犯人が近くにいるかもしれません。かなり手間かもしれませんが、今後は周囲に人がいる状況では重要な内容は出来るだけメールで会話しましょう』
『……? 何で?』
『会話が相手に盗聴される可能性があるからです。検索さんにそういうスキルがあるって教えてもらいました。メールを打つ動作も出来る限りポケットに手を入れたりして目立たないようにして下さい。不審な動きをすれば相手に勘付かれる可能性があります』
『成程、了解だよ』
先輩はこくりと頷いた。
(調べようと思えばいくらでも調べられるんだものね……)
検索さんにはその手のスキルを片っ端から検索して貰った。
盗み聞き、盗聴、聞き耳、観察、遠見、望遠等々。
周囲から情報を集めるスキルは文字通り山のようにあった。
一つ一つ効果や取得条件を確認したいけど、流石にそんな時間はない。
検索さんにはこれまでの犯人の行動から、取得している可能性の高い職業とスキルをピックアップして貰った。
(一番可能性が高いのは『密偵』かその上級職の『暗殺者』……。加えて職業スキル以外にも強力なスキルを持ってる可能性が高い……)
そうじゃなければ、百人近い人がいるこの病院で、こんな大量殺人を行うなんて不可能だ。
でも一番分からないのは、どうしてこんな事をするのかだ。
殺人をするのが楽しいから? それとも他に理由が?
≪殺人を行う事で手に入るスキルがあります≫
検索さんが私の疑問に答えてくれた。
≪スキル『同族殺し』は同族を殺すと手に入るスキルです。同族と戦う際にステータス及びスキル効果に補正が掛かり、更に経験値効率がアップします。但しデメリットとして一部の耐性スキルが取得不可能になり、LVが上がるごとに取得出来なくなる耐性スキルの数が増えます。基本的には同族を殺した際、低確率で手に入るレアスキルに分類されます≫
そんなスキルがあるんだ。なんておぞましいスキルなのだろう。
いや、今のこの世界なら間違って人を殺してしまう事もあるだろう。
低確率とはいえ、偶然でもそんなスキルを手に入れてしまった人がいるならば、同情を禁じ得ない。
≪また『同族殺し』の上位スキルとして『大虐殺』、『獅子身中』、『大逆無道』、職業として『虐殺者』、『殲滅者』、『戦争代理人』、『狂信者』、種族として『邪血人』、『滅びの徒』、『反神人』などが存在します。いずれも同族を殺した数に応じてLVが上昇し、スキル効果もより強力なものになります≫
スキルだけじゃなく職業や種族まであるんだ。種族って確かLV30になったら進化できるっていうアレだよね? 絶対なりたくない。
……ちなみにだけど、その『同族殺し』が上位スキルに上がるまでにはどれだけの人を殺す必要があるの?
≪スキル『同族殺し』はLVと同じ数の同胞を殺すことでLVを上げます≫
つまりLV2に上がるには二人、LV3に上がるには更に三人殺さなきゃいけないって事か……。
LV10まで上げるには五十五人以上殺さなきゃいけない。
そんなの人間の所業じゃない。
(でも多分……この犯人はもっと殺してる)
上杉さんの話を信じるならば、この殺人鬼はこことあの学校以外でも殺人を繰り返している。
ならば殺した人数はとっくに五十五人を超えている可能性が高い。
上位スキルの『大虐殺』、下手をすれば更にその上位スキルすら持ってる可能性が高いのだ。
――検索さん、ちなみにその同族と戦う際のステータス補正ってどれくらいなんですか?
≪『同族殺し』の場合、LV×10の数値が全ステータスに加算されます。戦闘時におけるスキル効果は30%上昇します≫
≪『大虐殺』の場合、LV×30の数値が更に全ステータスに加算されます。戦闘時におけるスキル効果は60%上昇します≫
……仮に『同族殺し』がLVマックスだった場合は、全ステータスに+100か。
上杉さんの『猛攻』や『絶戮』の上昇値がバグってる所為で少なく感じるけど、相当な脅威だ。
検索さんに色々調べて貰いながら、先輩の後をついていくと栞さんと上杉さんの姿を見つけた。
病院の人達に混ざっていろいろ手伝っているようだ。
今朝の混乱の所為でどこもかしこも集団パニックのような状態になっている。
(さっきの視線は今は感じない……)
でももし『鑑定』を使われたとしたら、向こうに私がスキルを持っている事も分かったはず。
犯人にしてみれば戦える力を持った私は厄介な相手だろう。
だとすれば、ここから引いて別の場所に行く? それとも――、
「ッ――」
その可能性を考えた瞬間、再び私はあの視線を感じた。
とんっと足元を叩いてから振り返ると、誰かにぶつかった。
「きゃっ」
「あら、ごめんなさい」
ぶつかったのは看護婦さんだった。
結構派手にぶつかったせいか、お互いに尻もちをついている。
「……」
「怪我は無いようね。ごめんなさいね、急いでいたものだから」
看護婦さんは私が大丈夫なのを確認すると、起き上がって、急いで横を通り過ぎようとする。
「待って下さい」
「え?」
私に呼び止められて、看護婦さんはこちらを向いた。
「凄いですね。こんな事をしておいて、どうしてそこまで自然に振る舞えるんですか?」
「……何の事かしら?」
看護婦さんは首を傾げる。
まるで私の質問の意味が本当に理解出来ていないかのようだ。
それが私には空恐ろしかった。
「とぼけないで下さい。人を殺そうとしておいて 、よくそんな平然としていられますね?」
カランッと私の足元に折れたナイフの刃が落ちる。
ぶつかった瞬間、咄嗟にメアさんが霧で守ってくれなければ、私は今頃脇腹を刺されていた事だろう。そう思うとぞっとする。
余りにも自然な動きで、余りにも普通に、この人は私を殺そうとした。
まるでそれが日常の一部でもあるかのように。
「あらあら」
「ッ……」
どっと背中から冷や汗が出た。心臓が恐ろしい程に脈打っていた。
まさかこんな簡単に、こんなに早く向こうから仕掛けて来るなんて思わなかった。
私は目の前の看護婦さんへ向けて『鑑定』を使う。
≪――鑑定が妨害されました≫
無機質なアナウンスが脳内に響く。
同時に、看護婦さんの顔から笑みか消えた。
「やっぱりスキル持ちは簡単には殺せないわね」
冷酷な殺人鬼がそこに居た。




