62.悪鬼の所業
一体、どれだけの人々がここで殺されたのだろうか?
ざっと、校庭を見渡しただけでも十数人。
血だまりは校舎の中にも続いているところを見ると、おそらくあの中にも地獄が広がっているのだろう。
モンスターに人が殺される光景なら何度も見たけど、これを人間が行ったなんてとても信じられない。……いや、信じたくなかった。
「あやめさん、辛いかも知れませんが、校舎の中も確認しておきましょう」
「え、どうして……?」
「生存者がいるかもしれません。助けられる命なら、助けるべきだと思います」
「ッ……!」
その言葉に、私はハッとなる。
そうだ。あまりに凄惨な光景に、私はその可能性をすっかり忘れていた。
「ハルさんとメアさんはここに居て先輩と上杉さんを見ててっ」
「みゃぁー」
『ミャゥ』
ハルさんとメアさんは了解したとばかりに頷く。
私と栞さんは急いで校舎の中へと走った。
血の匂いに何度も吐きそうになりながら、私と栞さんは生存者を探した。
――結論から言えば、生存者はいなかった。
どこもかしこも死体だらけで、誰一人生きていなかった。
自分が死んだと気付かないような表情で死んでいた者も居た。
恐怖と苦痛で醜く歪んだ表情で死んだ者も居た。
親子で寄り添うように殺されていた者達も居た。
「全部で三十五人ですか……。なんて惨い事を……」
「……」
…………私には理解出来なかった。
どうしてこんな事が出来るのだろう?
一体、なんの目的があってこんな事をしたのか。
私にはこの惨劇を作りだした人間の気持ちが欠片も理解出来なかった。
「……出来れば埋葬してあげたいですが、この状況じゃ難しいでしょうね……」
「……」
栞さんの言葉に、私は返す言葉が見つからなかった。
栞さんは無言で私の傍に座り、手を握ってくれた。
「辛いかもしれませんが、気をしっかり持って下さい。彼らの死を悼みこそすれ、飲み込まれてはいけません」
「……ありがとうございます」
栞さんは本当に精神が強い。
おかげで私も少し平静を取り戻せた。
すると背後から気配がした。
「どうやら、知ってしまったようだな。言っただろう、この町には化け物が居ると」
「上杉さん。目が覚めたんですか?」
「ああ。心配をかけてしまってすまない。しかし、どうして私は気絶してしまったんだ? どうにも途中から記憶が曖昧で……」
上杉さんは後頭部を擦る。……なんて説明しよう。
すると栞さんが手を挙げた。
「オークの生き残りが隠れていたんです。上杉さんに背後から奇襲し気絶させた後、私達で仕留めました」
「おお、そうだったのか。それはすまない。世話を掛けたな」
「いえいえ、上杉さんが無事で何よりです」
栞さんは流れるように嘘をついた。
上杉さんもあっさり信じた。うん、もうそれでいいや。
「それより上杉さん、さっきのは……?」
「ああ、この町に潜む殺人鬼……。私はそいつを探している」
「探してる……?」
「君たちもその眼で見ただろう。これは人の皮を被った化け物の仕業だ。……こんな世の中だ。不慮の事故で誰かを殺めてしまった、なんてこともあるかもしれん。だが、この惨劇を行った人物は明らかに殺人を楽しんでいる。人を傷つけることが、殺すことが楽しくて楽しくて仕方ない。これはそういう人間の仕業だ」
上杉さんは近くの子供の死体のそばによるとその目を閉じらせ、手を合わせた。
「――許しておくわけにはいかん。これ以上の犠牲者を出さないためにも」
怒りに震えた声音。
私も上杉さんと同じ気持ちだ。
こんな事を平然と行える人物がこの町に居るなんてあまりに危険すぎる。
「何か手がかりはあるんですか?」
「残念だが殆ど手がかりはない。唯一分かっているのは、ソイツが男だと言うことくらいだな」
「……何故、犯人が男だと?」
「私の世話になった避難所でも犠牲者が出たんだ。その時、現場に血の付いた服と足跡が残っていた。返り血で汚れたから処分したのだろう。サイズはどちらも男性のモノだった」
「男性……でもそれだけじゃ犯人を特定する事なんて――」
≪鑑定を使う事を推奨します≫
すると検索さんから応答があった。
鑑定を使う……?
≪はい。対象が大量殺人を行っているのであれば、『同族殺し』というスキルを取得している可能性が非常に高いです。加えて人が集まる場所を好んで襲撃しているのであれば、集団の中に潜んでいる可能性も高いと思われます。コロニーで出会う人物にしらみつぶしに鑑定を使い、『同族殺し』を持つ人物を探せば対象を絞り込めるでしょう≫
成程……『同族殺し』なんてスキルがある事にも驚きだけど、確かにその方法なら犯人を見つけ出せる可能性は高い。
私だけじゃなく先輩や栞さんも『鑑定』を持ってるし、効率よく探す事が出来るだろう。
ちらりと栞さんの方を見る。
栞さんは無言で頷いてくれた。どうやら彼女も同じ気持ちだったようだ。
「……上杉さん、この近くで避難所になっている場所ってありますか?」
「何箇所かあるが……それがどうした?」
「私達も協力します。皆が団結しなきゃいけないこの状況で、こんな事をする人物を黙って見過ごす事は出来ません」
「そうか……ありがとう。礼を言わせてもらう」
私は上杉さんの犯人探しに協力することにした。
リヴァイアサンの件もあるし、本来ならすぐにこの町を離れて次の町に向かうべきだろう。
でも何もしないままこの町を離れれば、絶対後悔すると思った。
私達は上杉さんに案内されて、次の避難所へと向かった。
一方その頃――、
「ふーん、ふふーん♪」
彼は上機嫌で街を歩いていた。
今日は気分が良い。
子供も、老人も、男も女も老若男女差別なく、すべて殺す事が出来た。
「ああ、本当にスキルとは便利ですね」
彼が選んだ職業は『暗殺者』だった。
『暗殺者』は本来『密偵』をLV10まで上げなければ就く事が出来ない上級職だが、彼は初期取得職業欄に暗殺者があったため、これを取得することが出来た。
気配を殺し、音を殺し、ターゲットに近づき命を奪う。
これが実に楽しい。
レベルもどんどん上がり、面白い便利なスキルも手に入れ、自分がどんどん強くなっていくのもゲームみたいで面白い。
世界がこうなる前よりも遥かに簡単に人を殺せるようになった。
それにこの状況ならいくら殺しても罪に問われない。
司法も警察もまともに機能していないのだ。
自分を止める事は誰にも出来ない。
「――ママ、足痛いよぅ。もう疲れたぁー」
「もう少しの辛抱よ。もう少し歩けば、避難所だから……」
ふと、上機嫌で歩く彼の視界に、一組の親子が見えた。
どうやら避難所を目指して移動中らしい。
モンスターもうろついているというのに、恐怖を押し殺して行動するその姿に彼は胸を打たれた。
安全な場所を求めてモンスターから逃げているのであれば、ぜひ協力したいと思ったのだ。
「ハァ、ハァ……頑張って、もう少し、もう少しで避難所に――ぁ?」
「……? ママ、どうしたの?」
突然、足を止めた母親を少女は不審に思う。
するとポタポタと母親から生暖かい何かが流れ落ちてきた。
「……?」
顔に付いたそれを拭うと、彼女の手は真っ赤に染まった。
驚きと同時に、彼女の母親はゆっくりと地面に倒れて動かなくなった。
「ママ、どうしたの? 何が――」
少女は母親に近づこうとして、そのまま母親の背中の上に倒れた。
彼女の背中には一本のナイフが刺さっていた。
背後から一撃で心臓を貫く見事な一撃。
きっと少女は何が起きたのかもわからず絶命しただろう。
彼はそれをゆっくりと引き抜くと、彼女の服でその血を拭う。
「大丈夫ですか? 安心して下さい。もうモンスターに襲われることはありませんよ。親子仲良く天国に行けると良いですね」
彼は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
ああ、自分はなんて優しいのだろう。
もうこの親子はモンスターに襲われる事もなく天国で仲睦まじく平和に暮らすのだ。
その手助けが出来たと思うと、彼は自分が善人であると再確認できる。
あとは母親が背負っていたリュックから食料や使えそうな物資などを拝借しておく。殺してあげた手間賃としては安いが、まあ仕方ないかと彼は自分を納得させた。
それとこの母親もずっと子供に覆いかぶさられたままでは辛いだろうと、子供の死体はその辺のどぶに投げ捨てておくことにした。アフターケアも抜かりない。
もしかしたら自分はこの世界で一番優しい人間なのかもしれない。
≪経験値を獲得しました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪同族殺しがLV9からLV10に上がりました≫
≪同族殺しのLVが上限に達しました≫
≪条件を満たしました≫
≪スキル『大虐殺』を取得しました≫
頭の中に響くアナウンス。
どうやらまた素晴らしいスキルを取得したようだ。
「さて、日も暮れてきたし、この親子が向かう予定だった避難所にでもお世話になりますか……。ああ、お腹もすきましたし、まだ食料が残っていればいいですが」
殺人鬼は次のターゲットと休憩を兼て避難所へと向かった。
モふれる補足 同族殺しについて
SPを使わない場合、十人殺すごとにLVが1上がります
LVが上がるごとに、同族と戦う際のステータス補正が上がります
LVが上がるごとに、取得できない耐性スキルが増えます




