61.一寸先は地獄
オークの群れを相手に暴れる女性を物陰から見つめる。
「……あれ、助けに入らなくて大丈夫かな?」
先輩が心配そうな視線を向けてくる。
「だ、大丈夫だと思いますよ。上位種も居なさそうですし、もう残り二匹まで減ってます」
「というか、私達が助けに入ったら逆に邪魔しそうなくらい圧倒的ですね、あの女性……」
栞さんの言ってる事は間違いじゃない。
あの女性の強さは本当に圧倒的で、まるでボルさんやベレさんを見ているかのようだった。
オークの群れは瞬く間に数を減らし、残り一匹になる。
「ゴァアアアアアアアッ!」
「ふんっ! そんな単調な攻撃当たるわけないだろう!」
女性はオークの攻撃をいなし、こめかみに裏拳を当てる。
オークはふらりとよろめくと、そのまま倒れた。
脳震盪でも起こしたのだろうか?
「ふぅ……ギリギリの勝負だった……」
いや、圧勝してたと思う。
しかもオークは一匹も死んでいない。
気絶しているだけだ。
「で、そこに隠れてる君達、無事かい?」
……気づかれてた。
ボルさんたちみたいに探知系のスキルでも持ってるのかな?
敵意も感じないので、私達は素直に姿を現す。
「うむ、怪我もないみたいだね。無事で良かったよ」
「あ、はい……」
女性はぽんぽんと私の肩を叩き、安心した笑みを浮かべる。
「ああ、自己紹介がまだだったな。私は上杉日向。君たちは?」
「九条あやめです」
「八島七未と言います」
「……三島栞です」
「ふむ、あやめちゃんに、七味ちゃんに、栞ちゃんだな。それで君たちはどこから来たんだ? 避難所を探してるって雰囲気でもないが……」
やっぱりこの人、かなり観察力が鋭い。
私達は事情を説明した。
「――成程、東京を目指して旅を、ね……。随分と思い切った事を考えるね」
「はい。でもどうしても家族に会いたくて……」
「その気持ちはよく分かるよ。私も家族が居るからね。だがそうか……そう言う事なら、早くこの町を離れて次の町に向かった方が良いな」
「……どうしてですか?」
「この町には化け物が居るんだ。出来るだけ長居しない方が良い」
化け物……それはひょっとしてあのリヴァイアサンの事だろうか?
確かにココは海沿いの町で、リヴァイアサンの巣からそう遠くない。
遭遇する可能性は決して低くないが、それでも海沿いに近づきさえしなければ遭遇する可能性はぐっと低くなるはずだ。
「だ、大丈夫だよ。どんなモンスターだって、私があやめちゃんを守るからっ」
「先輩……」
凄くカッコいいですけど、足が生まれたてのヤギみたいに震えてます。
強がらなくても、私も一緒に戦うから大丈夫ですよ。
「七味さん、強がりは駄目です。勝てない時はみんなで逃げればいいんです」
「そ、そうだよねっ。うん、勝てない時はちゃんと逃げなきゃ駄目だよね」
そして栞さんの意見ですぐに考えを改めるのもすごく先輩です。
ちょっとだけ見直した気持ちを返して下さい。
そんな私達に、上杉さんは微笑ましい視線を向ける。
「ふふ、仲がいいな君たちは」
「あはは……。と、ところで上杉さんはかなり強そうですけど、職業は何を選択したんですか? なんか無職、無職って叫んでましたけど、あれだけのオークの群れを圧倒するなんて余程すごい職業を――」
言葉は最後まで続かなかった。
上杉さんが鬼のような形相を浮かべて私の肩を掴んで居たからだ。
「……じゃない」
「えっ?」
「私は!! 無職じゃ! ないッッ!」
「え、いや、あの……」
突然どうしたんだ、この人?
「いいかい、私は無職じゃない。無職じゃないんだ。きちんと家の手伝いもしてるし、時間がある時には近所の道場で子供たちに稽古もつけているし、畑の手伝いだってしてる。確かに世間一般で言うような定職とは違うかもしれないが、それはあくまで世間一般の考えであって、私の考えとは異なっているだけなんだ。金銭的な収入は得られないが、家族や道場の子供たちに感謝されるし、立派に人の役に立っていると言える。そもそも金銭的な収入や定職だけで人を無職やニートと蔑むのは人の悪しき風習だ。考えや価値観は時代や人によって違うのだし、世間一般がそうだからと、それを他人にも強要するのは間違っていると――」
「ちょっ、上杉さんっ! 落ち着いて下さい! はな――離してっ」
急にどうしたんだこの人。
無理やり引っぺがそうとしても力が強くて引き離せない。
どんだけステータス高いんだ、この人。
「当て身」
「ぐはっ」
すると後ろから栞さんが上杉さんを殴って気絶させた。
手には金槌が握られている。どう見ても当て身じゃない。撲殺だ。
「ふぅ、危ない所でしたね」
「いや、栞さん、それ……」
「問題ありません。鑑定でステータスを確認しましたが、この程度では死にませんよ。ただ、脳と神経をきっちり揺らしたのでしばらくは目覚めないと思います」
「は、はぁ……」
殴って気絶させるって漫画やドラマだけだと思ってた……。
「料理人なら必須の技術です」
「そんな料理人がいてたまるもんですか」
思わず突っ込んでしまった。
「とりあえずオークたちに止めを刺しておきましょう」
「え、あ……はい」
栞さんはサクサクと気絶してるオークたちに止めを刺してゆく。
まあ、確かにここで仕留めておかないとまた人を襲うかもしれないし始末しておいた方がいいか。
私達は気絶しているオークたちに止めを刺して、魔石を回収する。
これだけあれば、ここに来るまでに倒した分と合わせて、シェルハウスに『窓』を設置できるかもしれない。
「そう言えば、あやめさん、この人、無職のようですね」
「そうですね。まあ、人それぞれ事情は――」
「いえ、そうではなく『職業』がですよ」
「え?」
私は首を傾げる。
「ですから、『料理人』とか『聖騎士』とかステータスに反映されている職業がです。『鑑定』で確認したから間違いありません」
「あり得るんですか、そんな事」
職業を選択せずにあの強さってそんなのあり得るのだろうか?
≪職業を選択せずにLV10まで上げた場合、その個体には職業選択の意思なしとみなされ、職業は無職になります≫
すると検索さんから反応があった。
どうやら本当に『無職』という職業は存在するらしい。
≪職業が無職になった場合、それまでに取得したJPを十倍のSPに変換し、ステータスを大幅に上昇させます。以後、LV30に上がるまでいかなる場合においても職業の取得は不可能になります≫
成程、無職になった場合、職業の恩恵が得られない代わりにSPが大量にゲット出来て、ステータスが強化されるのか。
確かに強力と言えば強力だけど、デメリットが大きすぎる。
普通に職業を取得した方がずっと強くなれると思うけど……。
「この人、なんで職業を選択しなかったんだろうね?」
「それは本人に聞いてみないと分からないですね。とりあえず、どこか避難所に向かいましょう。流石に、気絶したまま放置しておくわけにもいきませんし」
「ここから少し移動すれば近くに小学校がありますから、そこに向かいましょう」
話をいったん打ち切り、私達は小学校へと向かった。
上杉さんはメアさんに背負って貰う。シェルハウスに入れても良いけど、起きた時に暴れられると困るからね。
移動中はモンスターに遭遇する事も無く、スムーズに移動出来た。
だが、辿り着いた先で私たちは驚愕の光景を目にする。
「……なに、これ……?」
辿り着いた小学校。
そこには地獄のような光景が広がっていた。
死体、死体、死体、死体。
どこもかしこも人の死体で溢れかえっていた。
子供も、大人も、老人も、女性も、等しく死んでいる。
むせ返るような血と油と臓物の匂い。
死肉を啄むカラスや、群がる蠅の大軍に、私は眩暈を覚えた。
ここは本当に現実なのかと疑いたくなるほどの光景。
「うっぷ……」
込み上げる吐き気を必死に抑える。
「はぅ……」
先輩はその余りに凄惨な光景に気を失ってしまった。
一方で、栞さんは表情一つ変えず、目の前の光景をじっと見つめている。
本当にこの人はどんな精神力をしているのだろう。
「……あやめさん、これモンスターの仕業じゃありません」
「え……?」
そう言うと、栞さんは校庭に転がる死体の一つに近づく。
「見て下さい。心臓を鋭利な刃物で一突きにされて絶命しています。ほかに目立った外傷もありません。ゴブリンやオークも武器を使いますが、こんな殺し方はまずしないでしょう」
「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ――」
私の言葉に繋げるように、栞さんは頷く。
「これは人間の仕業です。それも恐ろしく強くて残酷な」
「ッ……」
栞さんの言葉に、私はただ絶句するしかなかった。
――この町には化け物が居るんだ。出来るだけ長居しない方が良い
上杉さんの言っていた意味が、ようやく理解出来た。
この町には化け物が居る。殺人鬼と言う名の化け物が。
二章本番
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