60.人はそれを無職と呼ぶ
リヴァイアサンから逃げ切った私たちはシェルハウスの中で一休みしていた。
一応、外にはメアさんを待機させている為、何かあればすぐに動けるようになっている。
今後も『窓』が出来るまでは順番で外の見張りを立てておいた方が良いだろう。
「……やたら揺れると思ったけど、外ではそんな事になってたんだね……」
「すいません、先輩に説明する暇もなくて……」
「いいって別に。そんな状況じゃ、私が出ても状況が悪化するだけだっただろうし。私、足遅いから」
先輩は私達の説明にあっさりと納得してくれた。
「それにしても偶然リヴァイアサンの巣にシェルハウスを置くなんて……。あやめちゃん、本当に運が無いね」
「うぅ……自分でもそう思います……」
自分の運の無さが恨めしい。
栞さんの淹れてくれたお茶を飲んで気を紛らわす。
あ、これ凄く美味しい。
「まあ、過ぎた事を言っても仕方ないですよ。海沿いに移動するのは危険だと分かりましたし、今後は出来るだけ山沿いのルートを通りましょう。と言っても本州に向かうとなると、どうしてもどこかで海沿いの町に出ちゃいますけど……」
栞さんが手持ちの地図を広げて、ルートを指でなぞる。
今、私たちが居るのは松山市の隣にある東温市だ。
ここから国道を通って西条市に向かうか、高知県に抜けて土佐市や高知市に向かうルートがある。
「あれ? ここは通れないの? ほら、この中間にある国道沿い」
先輩が指を差したのは、高知県の土佐町の周辺だ。
確かにここなら山の中だしリヴァイアサンと遭遇する可能性はかなり低いだろう。
だが栞さんが首を横に振る。
「……確かにそのルートならリヴァイアサンとの遭遇は避けれるかもしれませんが、あのデカい木で道が塞がれてたり、崩落してる可能性が高いです。山の中で回り道を何度もすれば遭難する可能性があります」
「あー、確かにそうだよね……」
「あと正直、自分もその辺のルートはあまり通らないのできちんと案内出来る自信が無いです」
栞さんは申し訳なさそうに言う。
でもそう言う事は正直に言って貰った方がこっちとしても助かる。
「それじゃあここから西条市に出て、そこからまた道なりでいいと思いますよ? 出来るだけ山沿いに行けばリヴァイアサンともかち合わないでしょうし」
「そうですね。それじゃあ、一息ついたらまた出発しましょう」
「おーっ」
ちなみに話してる間、ハルさんはずっと寝ていた。
どんな時でもマイペースなお猫様なのである。
そんなところも可愛いけどね。
外に出た私達は移動を再開した。
今まで通り栞さんがバイクで先行し、その後ろをメアさんに乗った私と先輩が追従する。
高速道路をバイクとチョ◯ボで走るのはなんか不思議な感じがした。
途中何箇所か例の大きな木で塞がれてたり、崩れていた箇所があったけど大きく遠回りをする事も無く移動することが出来た。
「……すれ違った人たち凄い顔してたね」
「ですね」
高速を移動している最中、私達は何組か移動中の人達とすれ違ったが、皆もれなく驚いた表情を浮かべていた。
「人目は避けるに越したことはないですけど、いちいち気にしてたら切りがないですしね……」
もう二度と会う事も無い人たちだろうし、声を掛けられる訳でもないので普通にスルーした。
流石にモンスターに襲われてたら助けてたかもしれないけど、それも無かったしね。
移動中は何度か休憩を挟む。
栞さんのバイクはまだしも、メアさんも走りっぱなしは疲れるだろうし。
メアさんは気にした様子も無かったけど、仲間なんだし大切にしないと。
「――先輩、お願いしますっ!」
「任せて! 火球ッ!」
移動中、何度かモンスターとも遭遇した。
と言っても、ゴブリンやオーク、マイコニドが殆どだ。
一番手こずったのはクレイジーエイプかな。
倒せば一定確率で『鑑定』スキルを取得出来る猿のモンスターだ。
大分市でも戦ったけど、今回遭遇したのは単体ではなく群れだった。
群れはクレイジー・エイプだけでなく、以前検索さんが言ってたルーフェ・エイプ、ホブ・エイプと呼ばれるモンスターも混ざっていた。
ルーフェ・エイプは『叫び』で攻撃する猿のモンスターだ。
クレイジー・エイプみたいに『狂化』は使わなかったけど、耳がキンキンして平衡感覚が狂わされる結構厄介なモンスターだった。
とはいえ、『叫び』そのものの破壊力は殆ど無く、遠距離からの先輩の火魔法で倒す事が出来た。
ホブ・エイプは見た目はオラウータンみたいな大型の猿のモンスターだ。
検索さん曰く、クレイジー・エイプやルーフェ・エイプの上位種に当たるのだと言う。
その証拠に、『叫び』、『狂化』と言った他の猿型モンスターが使ったスキルを全て使う事が出来た。
正直、かなり強いモンスターだったけど、群れのモンスターを全滅させてから動いてくれたので、以前クレイジーエイプを倒した時に使った魔剣の投擲戦法であっさり倒す事が出来た。
「最後のお猿のモンスター、なんで群れが全滅するまで動かなかったんだろうね?」
「検索さんに確認したら、ホブ・エイプは戦いを基本的に群れに任せる習性があるみたいです。なので全滅させない限りは自分から動かないとか」
「……普通に群れと一緒に戦った方が絶対勝てるよね?」
「ですよね」
まあ、その習性のおかげで事なきを得たのだから文句はない。
クレイジー・エイプの群れとの戦闘で、私はLV20に、先輩はLV13に、ハルさんは猫又LV6に、栞さんはLV10までレベルが上がった。
栞さんはレベルが低かった分、上り幅も大きいみたい。
出来る事なら先輩のように『魔物殺し』と『不倶戴天』を取得してほしいけど、流石にこれは難しいみたい。
検索さんに調べて貰ったが、周囲にスライムのような数をこなせるモンスターは居なかったのだ。
『魔物殺し』の方はまだ可能性があるので、こっちは取得出来るように頑張って調節してみよう。
「結構な数の魔石が集まりましたね」
「はい。このペースならシェルハウスに『窓』を設置できそうです」
窓が設置できれば、シェルハウス内からでも外の様子を確認することが出来る。
そうなれば今朝のリヴァイアサンのようなケースは多少は防げるようになるだろう。
周辺にモンスターが居れば、籠城して居なくなってから外に出ればいいのだから。
最悪、ずっとその場に居座られても相手の休んでいる隙に外に出て攻撃すればいい。
「あ、佐々木さんたちにも教えておこう」
九州に居る佐々木さんたちからもメールは定期的に送られてくる。
向こうも順調に活動しているそうだ。
検索さんに調べて貰ったら、大分の海水浴場にもアル・コラレは居るみたいなので、シェルハウスの情報も含めて佐々木さんたちにメールを送っておいた。
「――さて、もうすぐ西条市ですね」
「食料を調達しておきましょう。ストックはまだありますけど調味料の類が欲しいです」
「あとはシェルハウス内の雑貨もだね」
「みゃぅー♪」
順調に移動し、私達は日が暮れる前に西条市に辿り着く事が出来た。
ここでの目的はモンスターとの戦闘よりも、今後の旅路に必要な物資の補給だ。
デパートやスーパーを探さないとだね。
だが私たちはそこで驚愕の光景を目にすることになる。
「……なに、あれ?」
デパートに向かう途中の事だった。
穴だらけの家屋。
道路に空いた巨大なクレータの数々。
そしてまるでゴミかなにかのように、ボロボロにされたモンスター達の山。
魔石になっていないところを見るとギリギリ生きてはいるのだろう。
「うああああああ! ちくしょー! ちくしょー! どいつもこいつも私の事、無職、無職って馬鹿にしやがってええええええええええええええええええええ!!」
「ゴ、ゴアアアアアアッ!?」
「ゴギャー!? ギャアアアアアアアア!」
「ゴア……ァァ……アアア……」
その中心でオークの大軍を相手に大立ち回りを続けるのはたった一人の女性だった。
長身の長い髪をポニーテールのように束ねたモデル顔負けの美しい女性。
だがその顔や服はモンスターの血で赤く染まっている。
まるで神話に出てくる羅刹女のような姿だった。
「この私、上杉日向は無職じゃない! ちゃんとお爺ちゃんの畑だって手伝ってるし、お母さんの料理の手伝いや買い物だってちゃんとしてる! だから無職じゃないんだあああああああああああああああああああ!」
彼女が拳を振るうたびにオークが吹き飛び、地面のアスファルトが剥がれる。
彼女が叫ぶたびにオークが吹き飛び、家屋が破壊される。
その光景はまるで嵐だ。
圧倒的な暴力と言う名の極大の嵐が目の前で繰り広げられている。
「……あれ、人……ですよね?」
「多分、そうだと思うけど……怖いよう……」
「オークって二百キロ近く体重あるんですけど軽々振り回してますね……」
「……にゃぅ」
『みゃ、ミャァー……』ガタガタ
その光景に私達はドン引きし、先輩とメアさんは恐怖で震えまくっている。
なんか凄い人に、私達は出会った。
……どうしよう、話しかけちゃいけない人オーラが凄い……。
家事手伝いは無職じゃないんです!本当なんです!




